「良し悪し族」対「好き嫌い族」-その3
“残念です”を多用する「ヨ族」。
「第1回:「ヨ族」と「ス族」の価値基準。」はこちら>
「第2回:「ヨ族」が増殖する理由。」はこちら>
以前ここでお話をしたことでもあるのですが、僕は、その人に固有の価値基準で考えて、自分なりの基準、価値観を定めることが教養そのものだと考えています。教養というのは、そういう意味でかなり個人の「好き嫌い」に近いものです。ただ単に、天丼が好きっていうのは教養とは言えません。しかし、なぜ自分はそう思うのかというところまで含めた「好き嫌い」こそ、教養の正体じゃないかなと思うんです。
自分の価値観、「好き嫌い」に照らし合わせて、社会と向き合う。何か出来事があったら、それについて自分なりの意見を持つと...