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現在、世界の多くの企業がステークホルダー型へ向かうなか、日系企業は、どのように競争優位を見いだしていけばよいのだろうか。広田教授は、競争優位をめざすのではなく、企業が社会課題を見いだし、その解決によって社会に新たな価値を生み出すことが重要だと語る。そのための旗印が経営理念やパーパスだ。国や文化を超えて理念の下に集まった人たちと、同じ価値観を共有しながら社会課題を解決していく未来の姿に希望を託している。

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「第5回:日本企業のめざすべき道」

競争優位をめざすよりも社会価値の創造を

――もともとステークホルダー型企業が多いとされる日系企業は、世界全体がステークホルダー型へと向かうなか、今後、いかに競争優位を見いだしていけばよいのでしょうか。それでなくても、日本は「失われた30年」などと言われ、経済の低迷が危惧されているわけですが。

広田
そもそもの前提として、この十年間、日本企業の経営が本当にうまくいっていなかったのかというと、そうとは言えないと思います。東証上場企業の利益の合計を見ると、2010年代に急激に増え始め、2020年には2010年の約3倍もの利益を上げています。アメリカのS&P 500の企業でも利益は10年で2倍弱にしかなっていませんし、ヨーロッパの企業(EURO STOXX 50)の利益は10年間横ばい状態です。実際に日本の企業の多くが儲かった利益をもとに配当を増やしたり、自社株買いをしたりしているのです。日本企業は単に、「うちは儲かっています」とアピールしてこなかっただけだと思います。

にもかかわらず、日本経済が低迷しているのはなぜか。それは、日本企業の利益に、海外であげている利益が多く含まれていることからわかります。つまり、日本企業の海外での事業のウエイトが上がっているのです。海外での事業拡大は日本国内の景気には貢献していないし、日本のGDPにも反映されていない。また、その利益をもとに配当を増やしたところで、今や日本企業の株式の約3分の1は海外投資家が保有していますからね。

しかし実は、経済が低迷しているのは日本に限った話ではありません。多くの先進国において、人口の停滞とともに、経済成長率が鈍化しています。そうなると、「競争優位」という考え方自体を見直す必要があるように思います。経済が成熟する前の、物的資本主義を前提にした競争で優位をめざすよりも、むしろ、それぞれの企業が社会のさまざまな問題を発見し、それを企業の活動を通して解決し、社会に貢献していく視点のほうが重要だと思います。つまり、社会に新たな価値を生み出すということ。その過程で利潤が生じる、というビジネスモデルを築くべきでしょう。

「(社会)問題解決を通じて利益を生み出す」ことは、世界的に著名な経済学者であるオックスフォード大学のコリン・メイヤー教授や、ロンドン・ビジネススクールのアレックス・エドマンズ教授なども強調しています。

画像: 競争優位をめざすよりも社会価値の創造を

「協力」や「長期的視野」という特色を生かす

――それぞれの企業がどういう価値を生み出すか、というところが差異化につながるわけですね。

広田
社会に価値を生み出す際に重要なのは、その国の文化的な特徴を生かすことだと思います。もともとアジアの国々には、「競争」よりも「調和・協力」、「短期」よりも「長期」的な視野を重んじる価値観があり、日本の雇用や商取引の慣行にも見られる特徴です。例えば、製造業であれば、製品の品質が優れているだけでなく、その後もきちんとメンテナンスをすることで高い信用を得てきた。日本企業が育んできた協力や長期的視野というものを、これからも大切にしていくべきだと思います。

ただ、協力や長期的視野が、組織の馴れ合いや身内主義、ぬるま湯文化を生み出してきたことも否めません。各ステークホルダーの多様な意見、異質な人たちの考えをぶつけ合うことは非常に重要です。さまざまな意見が出てくるとまとまらなくなることもあるでしょう。そのときの拠り所が取締役会であり、経営理念やパーパスになるわけです。

画像: 「協力」や「長期的視野」という特色を生かす

理念を明示することで共感の輪を広げる

――それぞれの国の文化を生かすことが大事ということですが、グローバル化が進むなかで、日系企業が世界各地での現地法人の経営を行う際に何に配慮すべきでしょうか。

広田
やはり経営理念の共有に尽きると思います。文化や宗教、人種が違う人と仕事をするわけですから、自社がどういう形で社会に価値を生み出すのかを、言葉にして従業員と共有することがきわめて重要です。そうすることで、従業員は「自分たちは何のためにこの会社で働いているのか」「何を期待されているのか」を理解するわけですね。

ここまでお話ししてきたように、それぞれの地域や国によって資本主義の姿も企業経営の形も違っています。ただし、世界にはさまざまな人がいて、同じように社会課題解決をめざそうとする意識の高い人はたくさんいます。今後さらに、世界中の人たちと意見を交換する機会が増えるにつれ、同じ方向性を持つ人や理念に賛同する人と容易につながることができるようになるでしょう。異なる国の人たちとも同じ価値観を持つことができれば、世界をよりよくしながら、企業を成長させることもできるはずです。今後、ステークホルダー型の企業がさらに増えることで、そうした明るい未来へつながっていくことに期待しています。

(取材・文=田井中麻都佳/写真・秋山由樹)

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「第5回:日本企業のめざすべき道」

画像: 「ステークホルダー資本主義」をどう見るか
【第5回】日本企業のめざすべき道

広田真一(ひろた・しんいち)
早稲田大学商学学術院教授、Global Management Program(GMP)プログラムディレクター。1991年同志社大学大学院経済学研究科博士課程修了。博士(経済学)。摂南大学経営情報学部専任講師を経て、1998年早稲田大学商学部専任講師、2000年同助教授、2008年より同教授。2001年~2003年イェール大学経営大学院Visiting Scholar。主な著書に『株主主権を超えて――ステークホルダー型企業の理論と実証』(東洋経済新報社、2012年)。

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