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「第3回:従業員が重要である理由」はこちら>
「第4回:経営理念と取締役会の役割」
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ステークホルダー型企業に求められる理念やパーパス
――広田先生はかねてより、経営理念の重要性を指摘されています。最近では、「パーパス」のキーワードとともに、経営理念への注目が集まっていますね。
広田
経営理念は企業の方向性を示すものであり、企業の目的を定めるうえで非常に重要な役割を担っています。株主主権型の企業であれば、経営理念に書くまでもなく、企業の目的は「株主利益の最大化」と決まっているので、方向性がブレることはありません。しかし、ステークホルダー型企業の場合、社会に対してさまざまな価値を生み出すことになるので、それが何であるのか、誰に対して価値を生み出すのかを、しっかりと示すことが非常に重要だと思います。しかもそれを従業員や取締役が十分に確認し、理解しておくことが大切です。
例えば、2010年に経営破綻した日本航空(JAL)が早期に再建を果たせたのは、京セラの創業者である故・稲盛和夫氏が会長に就き、新生日本航空のための経営理念を定め、そこに向かって会社全体で突き進んだ結果だと思います。さまざまなステークホルダーの期待に応えるためには、企業が存在意義や、社会にどのような価値を生み出したいかを明示し、会社全体でそれを実行していくことが不可欠です。
その際、今まさに注目されている「パーパス(企業の存在意義)」が重要になります。パーパスは経営理念、ミッションやビジョンと関連した概念ですが、いずれにせよ、パーパスがあることで、それぞれのステークホルダーを共通の目標に向かって結束させることができます。
ちなみに、ミレニアル世代など若い世代ほど、企業理念や企業の存在意義を重視する傾向があるとも言われています。
定量的評価の壁をいかに乗り越えるか――取締役会の果たす役割
――理念やパーパスを掲げるにしても、それぞれのステークホルダーに対してどのような価値を生み出すことができたのかを、定量的に示すことは難しいのではないでしょうか。
広田
まさにそこは難しいところで、さまざまな議論を呼んでいます。いくつもの指標をもとに、非財務情報を評価しようとする動きもありますが、現在のところ、決定的な方法論が確立されているわけではありません。
そうしたなか、私は取締役会の存在を特に重要視しています。それぞれのステークホルダーに与えた満足を正確に数値化することは難しいため、結局、人の主観的な判断に頼らざるを得ないからです。なお、ステークホルダー型企業では取締役は各ステークホルダーの代表の役割を担っています。内部の取締役(社内取締役)は従業員の代弁者となりますし、社外取締役に親会社、関係会社や取引先、銀行、大株主を代表する立場の人がいれば、それぞれの代弁者となります。
それらの各ステークホルダー関係者や経営陣からも独立した存在が、独立社外取締役であり、取締役会においてきわめて重要な役割を演じると考えます。ステークホルダー型の企業の取締役会において、複数のステークホルダーの利害が対立した場合、この独立社外取締役が調停やコーディネーション、レフェリーの機能を担うためです。独立社外取締役は、特定のステークホルダーの代弁者でなく、ステークホルダー全体の代表として、経営の意思決定と経営の監督を行ううえで、必要不可欠な存在なのです。
以前、ネスレの経営の話を聞いて、感銘を受けたことがあります。当時、ネスレの経営陣は、CEO以外は全員が社外取締役で、経営理念に照らし合わせてきちんと経営されているのかどうかを、社外取締役が厳しくチェックしていると聞きました。これはまさに、人の目による評価のあるべき姿です。そういう営みができるかどうかが、ステークホルダー主義の今後の大きな課題だろうと思っています。
――近年ではステークホルダーには地球環境も含まれるようになったと、前回ご指摘をいただきました。地球環境と他のステークホルダーとの違いをどのように考えればよいでしょうか。
広田
地球環境と他のステークホルダーとの決定的な違いは、地球環境は人ではないということです。環境自体が声を上げることはありませんから、世界全体で社会的なムーブメントや規制をつくっていくことが肝要です。国連の気候変動枠組条約国会議(COP)やSDGs、国の規制なども、そのための役割を担っていると思います。そしてその評価で重要な役割を果たすのも、先述の通りステークホルダーの代表である取締役会、特に、独立社外取締役の存在であると考えています。(第5回へつづく)
(取材・文=田井中麻都佳/写真・秋山由樹)
広田真一(ひろた・しんいち)
早稲田大学商学学術院教授、Global Management Program(GMP)プログラムディレクター。1991年同志社大学大学院経済学研究科博士課程修了。博士(経済学)。摂南大学経営情報学部専任講師を経て、1998年早稲田大学商学部専任講師、2000年同助教授、2008年より同教授。2001年~2003年イェール大学経営大学院Visiting Scholar。主な著書に『株主主権を超えて――ステークホルダー型企業の理論と実証』(東洋経済新報社、2012年)。
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