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株主主権では株主への利益の還元のみが重視されるが、ステークホルダー資本主義では、株主、従業員、顧客、取引先、地域社会それぞれに、企業は価値を提供することになる。株主主権を謳ってきた各国のコーポレートガバナンス・コードなども、最近は、多様なステークホルダーに配慮したものになっている。広田教授は、ステークホルダーの中でもっとも重視すべきなのは「従業員」だと語る。ただし、そのバランスは産業や企業ごとに異なるという。

「第1回:株主主権からステークホルダー主権へ」はこちら>
「第2回:資本主義の二つの顔」はこちら>
「第3回:従業員が重要である理由」
「第4回:経営理念と取締役会の役割」はこちら>
「第5回:日本企業のめざすべき道」はこちら>

変化しつつあるコーポレートガバナンス・コード

――前回、日本は「調整された市場経済(CME)」の国であり、そもそもステークホルダー型だというお話がありました。その日本が1990年代以降、株主主義に近づいたことと、第1回のお話にも出たコーポレートガバナンス改革がどのような関係にあるのか、改めてお聞かせください。

広田
2015年に東京証券取引所が公表したコーポレートガバナンス・コードは、上場企業のガバナンスのガイドラインです。その基本原則1の中で「株主の権利の確保」を謳っており、それが前面に出ています。これは、1990年代後半以降の日本における、株主重視の視点が反映されたものと言えます。しかし、基本原則2においては、「株主以外のステークホルダーとの適切な協働」も挙げているのです。2015年当時はまだ日本において株主重視の論調が強かった時期ですから、ガバナンス・コードにステークホルダーの文言が入ったことには大変驚いたのですが、この点は積極的に評価しています。

もっとも、ステークホルダー論を唱える学者の間では、「株主以外のステークホルダー『も』重要だと言っているのはけしからん」という批判がありました。私自身も、株主以外のステークホルダーは付け足しではなく、株主と同列に扱われるものだと思っています。

ただ、その後の2021年の改訂ではさらに踏み込んで、単に株主の利益というより、他のステークホルダーへの配慮やサステナビリティの課題に積極的に対応したものになっています。

なお、真偽のほどはわかりませんが、2018年に英国がコーポレートガバナンス・コードを改訂する際に、2015年の日本のコーポレートガバナンス・コードを真似て、ステークホルダーへの責任について言及したという話もあります。

画像: 変化しつつあるコーポレートガバナンス・コード

最も重要な役割を演じるステークホルダーは従業員

――世界全体の企業が、ステークホルダー型へと移行しつつあるなかで、広田先生はどのステークホルダーを重視すべきだとお考えでしょうか。

広田
ステークホルダーには、株主のほか、従業員、顧客、取引先、地域社会を含みますが、最近ではこれに地球環境まで入れて考えるようになってきています。

その中でも、私が特に重要だと考えるのは従業員です。なぜなら、従業員は社会に対して価値を創造する存在であり、そのための場と機会を企業から与えられる点において、他のステークホルダーよりも、企業との関係がより相補的だと思うからです。

第1回でも述べたように、従業員は人的資本主義における競争力の源泉です。特に、モノに関しては供給過剰の状態にある現代においては、知的生産やアイデアの創造が非常に重要です。それらを実現するのは、知識や知恵、ノウハウを持った従業員にほかなりません。そして従業員は、人生の大半の時間を仕事に費やすわけですから、やりがいや生きがい、自らのアイデンティティを企業に求めます。

画像: 最も重要な役割を演じるステークホルダーは従業員

そう考えると、企業でどんな働き方ができるのかというのは、現代人にとっては非常に重要です。実際に、世界の労働人口の約3割を占めるミレニアル世代(1980年〜1996年生まれ)ではその62%もの人が、金銭的な儲けよりも社会にプラスの影響を与えることを重視するという米国の調査結果もあります。それ以前の世代のジェネレーションX(1965年~1979年生まれ)では52%ですから、ミレニアル世代の社会貢献への意識が高いことがよくわかります。さらに下の年齢のZ世代(1997年〜2015年生まれ)の一人である、グレタ・トゥーンベリさんに代表されるように、若い世代ほど、世界市民的な視点を持ち、地球環境問題の解決に強い関心を持っているということでしょう。

どのステークホルダーを重視するか、バランスは企業ごとに異なる

――そうなると、かつての株主のように、今後はステークホルダーの中で従業員が最も大きな存在となるのでしょうか。

広田
必ずしも従業員だけを重視すればよいというわけではありません。従業員による内輪の目だけが重視されると、経営者のモラルハザードの抑止が働きにくくなるといった弊害もあります。

例えば、経営者が自らの社会的地位を高めるために必要以上に企業規模を拡大したり、経営努力を怠ったりすることがあるかもしれません。そうした際に、経営者の暴走や怠慢によって会社が潰れては困りますから、従業員や取締役会が積極的に働きかけて阻止しようとするでしょう。しかし、社内の人たちが経営を客観的に見ることができるかどうかには疑問が残りますし、社長を頂点としたヒエラルキーの中でトップを抑制するだけのパワーを持っていないことも考えられます。そんなときに、外部の株主の目は大きな意味を持ちます。株主の中でも、特に機関投資家は、世界全体の潮流や他企業の動きに明るい。広い視野を持って物を申す株主の存在は、会社経営においてとても重要な役割を担っていると思います。

つまり、ステークホルダー型では、あくまでもさまざまな関係者のバランスをとった経営が求められるということ。そして、その中で特にどのステークホルダーを重視するのかは、産業分野やそれぞれの企業の方向性によっても違ってくるということだと思います。(第4回へつづく)

(取材・文=田井中麻都佳/写真・秋山由樹)

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画像: 「ステークホルダー資本主義」をどう見るか
【第3回】従業員が重要である理由

広田真一(ひろた・しんいち)
早稲田大学商学学術院教授、Global Management Program(GMP)プログラムディレクター。1991年同志社大学大学院経済学研究科博士課程修了。博士(経済学)。摂南大学経営情報学部専任講師を経て、1998年早稲田大学商学部専任講師、2000年同助教授、2008年より同教授。2001年~2003年イェール大学経営大学院Visiting Scholar。主な著書に『株主主権を超えて――ステークホルダー型企業の理論と実証』(東洋経済新報社、2012年)。

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