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日本の企業経営を観察し研究を進めるなかで、ステークホルダー型企業への考察を深めていった広田教授。その過程で、一括りに資本主義と言っても、その姿は地域や国によって違いがあることに気づいたと語る。大きく分類すると、英国・米国に代表される株主主権の資本主義と、大陸ヨーロッパや日本に代表されるステークホルダー型の二種類に分かれるという。なぜそうした違いが生まれてきたのか。その背景と特色について伺った。

「第1回:株主主権からステークホルダー主権へ」はこちら>
「第2回:資本主義の二つの顔」
「第3回:従業員が重要である理由」はこちら>
「第4回:経営理念と取締役会の役割」はこちら>
「第5回:日本企業のめざすべき道」はこちら>

資本主義の姿は一様ではない

――株主主権論が主流だった頃から、広田先生はなぜ、ステークホルダー型企業に着目されるようになったのでしょうか。

広田
1990年代の終わり頃からコーポレートガバナンスの研究を手掛けていたのですが、そのベースにある「エージェンシー理論」に違和感を覚えたためです。エージェンシー理論では、企業の所有者は株主であり、その代理人(エージェント)である経営者は株主の利益を最大化するように行動すべき、ということが前提となっています。そのうえで、株主による経営者の規律づけ(経営者の報酬や取締役会の構造)について議論します。

ところが、日本の経済や企業経営を観察してみると、どうもうまく当てはまらない。そもそも日本の場合、個人の金融資産のうち約半分が預貯金で、株式の割合は10%ほどしかありません。一方、米国では確定拠出年金の運用などが進んだため、個人の金融資産に占める株式の比率は(年金・投信を通じた株式保有を含めると)50%を超えており、株主利益の最大化という考えは、世間一般にまだ受け入れられやすい。日本の場合は、会社の経営理念を見ても、「社会のため」「顧客第一」「従業員の幸せ」などと謳う企業がほとんどです。

また、企業を動かしているのは本当に経営者だけなのか、という疑問もありました。トップダウン的な要素が強いアメリカならいざ知らず、ボトムアップ経営が主流の日本企業ではどうか。従業員を無視した経営はできないのではないか。そこで、日本企業の経営者層にインタビューをしたところ、やはり株主だけでなく、従業員や取引先といったさまざまなステークホルダー間でバランスをとって経営していることがわかりました。

そしてさらに研究を進めるなかで、大陸ヨーロッパやスカンジナビア諸国などの企業もステークホルダー型だということがわかってきたのです。実はそうしたことは以前から言われていました(一例をあげれば、フランスの実業家アルベール氏による、個人の成功と短期的利益を重視する「アングロサクソン型」と、集団での成功と長期的利益を重視する「ライン型」の分類など)。

この資本主義の型を社会経済制度と関連させて考察したのが、社会経済学者のホール氏とソスキス氏らの「資本主義の多様性」(Varieties of Capitalism)の研究です。彼らは、世界各国の資本主義を、英国・米国・カナダに代表される「自由な市場経済(Liberal Market Economies:LME)」と、ドイツ、フランスなどの大陸ヨーロッパ諸国、スウェーデン、ノルウェーなどの北欧諸国、そして日本、韓国などのアジア諸国に代表される「調整された市場経済(Coordinated Market Economies:CME」の二種類に分類しました。

画像: 資本主義の姿は一様ではない

経済を市場で動かすか、組織で動かすか

――それぞれ、どのような違いがあるのでしょうか。

広田
LMEとCMEの違いは、その国の経済を市場で動かすか(LME)、企業・政府などの組織で動かすか(CME)にあります。LMEでは、企業には株主利益の最大化が期待され、株主の権利を保障する法制度が整備されています。企業のパフォーマンスも短期的な利益や株価で測られる傾向が強い。そして従業員に対しては、企業側が比較的自由に解雇できる仕組みがあります。いわゆる株主第一主義の企業が多いわけです。

一方、CMEの国では「ステークホルダー主義」の企業が多く、企業は共同体であり、企業のパフォーマンスも長期的な存続・成長や、ステークホルダーに利益や満足を生み出しているかどうかで評価されます。また、政府の介入の程度が大きく、労働者を保護する法律が整い、企業には従業員の権利を守ることが期待されています。その証拠に、もし日本で、Eメール1本で従業員の20%を解雇するなどと通知したら、大騒ぎになりますよね。

私はこの二つのタイプをさらに詳しく比較研究をしているのですが、一長一短があります。例えば、LMEのほうがベンチャーを中心にラディカルな(急進的な)イノベーションが起こりやすい。やはり新しい発明においては、ベンチャーキャピタルによる資金提供も含め、資本が大きな力を持ちます。一方、CMEでは大企業の中長期の研究開発をベースに、インクレメンタルな(漸増の)イノベーション、すなわち既存の製品の改良・改善に長けています。

産業構造による違いもあって、前者はバイオやIT、金融が強いし、後者は自動車や機械、化学などの産業に強みを持っています。

文化や宗教、国民性の違いを反映した資本主義

――LMEとCMEに分かれる要因はどこにあるのでしょうか。

広田
複数の理由があります。一つは国民性や文化の違いによるものです。LMEの国々では、個人主義的な文化を持ち、リスクを恐れない人が多い傾向にあります。一方、CMEの国々は共同体主義的で堅実・安定を好む文化を持ちます。

宗教の影響もあるでしょう。LMEの米国や英国はプロテスタントの国であり、職業は神が与えた天職であって、その務めを果たして利潤を得ることに何も恥じることはない、という考えがベースにあります。一方、CMEに多いカトリックの国々では、企業は社会に責任を持ち、利益を上げるだけでなく、人々の幸福を考える義務があるという考えに基づいています。

さらに、法律体系の違いも大きい。英国や米国はコモン・ロー(英米法、判例法主義)を、大陸ヨーロッパや日本などはシビル・ロー(大陸法、成文法主義)を採用しています。コモン・ローは株主の権利を強く保護し、シビル・ローは労働市場を規制する傾向があります。この法律の違いによって株主を保護するのか、労働者を保護するのか、企業の行動も変わってくるわけですね。

画像: 文化や宗教、国民性の違いを反映した資本主義

実際に私が、1970年代から現在までのフォーチュン・グローバル500企業のデータで分析した結果、いつの時代をとっても、両者には株主資本利益率(ROE)に差があり、LMEの国の企業のほうが利益率が高いことがわかっています。ただし、LMEの企業では「大規模な雇用削減をする確率」が高く雇用の安定性が低い。また、「10年以内に他企業に買収される確率」も高い、つまり企業の存続年数が短い。一方、CMEの企業はその逆で、利益率は低いけれど、雇用の安定性が高く、存続年数も長い傾向があります※。

ただ、ここ10年はCMEの企業の利益率が上がってきているのに対して、LMEの企業の雇用の安定性が上がってきている。つまり、両者が近づいてきており、多くの国の多様な産業において、株主を含めたステークホルダー全体の利益を考える人的資本主義へと収斂してきていると言えます。

実はこうした「株主重視に向かう動き」と「ステークホルダー重視に向かう動き」は、長い歴史で見ると常に起きていて、振り子のように振れているのです。LMEの代表的な国である米国ですら、1960〜1970年頃には、従業員の雇用と福祉に配慮して大企業の経営が行われていた時期があります。それが株主重視になったのは、1980年代のレーガン大統領の市場重視の政策や機関投資家の台頭などの影響によるものです。

このように、その時代の政治・政策・経済の状況に応じて、「株主重視」と「ステークホルダー重視」のバランスは変わります。そして21世紀の今、これまで株主主権を貫いてきた国々も、ステークホルダー型へ傾きつつあると言えます。(第3回へつづく)

※詳しい調査研究結果については、広田真一「株主第一主義か、ステークホルダー主義か」『証券アナリストジャーナル』2020年11号などに掲載。

(取材・文=田井中麻都佳/写真・秋山由樹)

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画像: 「ステークホルダー資本主義」をどう見るか
【第2回】資本主義の二つの顔

広田真一(ひろた・しんいち)
早稲田大学商学学術院教授、Global Management Program(GMP)プログラムディレクター。1991年同志社大学大学院経済学研究科博士課程修了。博士(経済学)。摂南大学経営情報学部専任講師を経て、1998年早稲田大学商学部専任講師、2000年同助教授、2008年より同教授。2001年~2003年イェール大学経営大学院Visiting Scholar。主な著書に『株主主権を超えて――ステークホルダー型企業の理論と実証』(東洋経済新報社、2012年)。

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