「第1回:コロナ禍を契機に変わる日本社会」はこちら>
「第2回:米中対立における日本の立ち位置」はこちら>
「第3回:産業資本主義からデータ資本主義へ」はこちら>
「第4回:産業構造の転換に備え、戦い方も転換を」はこちら>
ポテンシャルのある領域でイノベーションを起こすために
八尋
前回、ホスピタリティやアニメ・伝統工芸に見られる繊細な手技などが日本の強みだというお話がありました。これらは、他の産業の強みにもなり得ると思うのですが、どうやって横につなげていけばよいのでしょうか。
関口
ファシリテーションやモデレーション、プランニングといった機能が必要だと思います。こうした機能は役所が担っているかもしれませんが、むしろ民間ベースでかまわないので、スマートシティやモビリティ、宇宙、ライフサイエンスといった、開発の余地がある分野で、デジタル技術を活用し協業しながら日本の強みを発揮していくべきでしょう。
2021年度からスタートする第6期科学技術基本計画は、名称に「イノベーション」が加えられ、「科学技術・イノベーション基本計画」となります。その中で特に議論されているのが、AIや量子コンピューター、ロボットなどに代表される最新のデジタル技術であり、日本のポテンシャルが期待される領域です。すでに周回遅れではありますが、それを挽回する意味でも、第6期の基本計画が果たす役割は重要です。AIや自動運転などを実現するには技術だけでなく、法制度などの整備も必要です。そこで今回の基本計画では、自然科学者だけでなく、社会科学や倫理学、哲学など人文系の人たちへの支援も対象としました。彼らの知見も交えながら、どのような社会の姿をめざすのか、具体的なデザインを描いていかなければなりません。
八尋
日立は現在、京都大学と共同で設立した日立京大ラボにおいて、「ヒトと文化に学ぶ基礎と学理の探究」をテーマに、人文系も含めた研究者とともに新たな社会イノベーションの研究を進めているのですが、まさに同じような考えに基づいていると言えます。例えば、福井県が幸福度ランキングで連続1位となる一方で、県民には実感が乏しいという問題意識からスタートした、福井新聞『未来の幸せアクションリサーチ』では、AIを活用して幸せの実感が高まる社会づくりのための行動を提言し、住民の自発的な運動のきっかけとなっています。
日本は鉄腕アトムを生み出した国でもあり、AIやロボットとの付き合い方についても、新しいアイデアを示すなど、世界に貢献できる面がありそうですね。
データ駆動型社会へ向けた基盤整備を
八尋
ところで、AIの進展にはビッグデータが欠かせませんが、今後のデータ駆動型社会の進展に向けて、データをどのように、誰が所有するのが良いとお考えですか?
関口
そこが一番悩ましいところです。中国はデータを国家が預かっています。アメリカはGAFAなどの民間企業が預かっていて、政府もそれを認めています。これに懸念を表明しているのがEUで、2018年にはEUの一般データ保護規則(GDPR)を施行し、違反者には非常に高額な制裁金を科すなど、厳しい規制を設けました。では、日本はどうする必要があるのでしょうか。
これにはNTTグループが明確な方針を打ち出しています。NTTは、データはユーザ、あるいは地方自治体が持つべきであるというわけです。政府でも特定の巨大IT企業でもなく、ユーザがデータの主体となることで、その利活用を促そうとしています。実際に、この発想が受け入れられ、米ラスベガス市ではNTTが地元のスマートシティプロジェクトの開発支援企業に選ばれました。
八尋
その実現のためには、人財育成も不可欠ですね。
関口
はい、日本はAI人財が圧倒的に不足しています。現在、AIに携わる優秀な研究者やエンジニアは全世界で50〜60万人と言われていますが、うち、約18万人がアメリカに集中しています。日本は10位にも入れず、非常に少ない状況です。滋賀大学や横浜市立大学、武蔵野大学などでデータサイエンス学部を新設する動きが見られますが、今後はより大規模に最先端のデータサイエンティストを育成できる環境をつくっていかなければなりません。国内外の優秀な人財を集められるベンチャー企業への支援制度も必要だと思います。
デジタル庁への期待
八尋
9月にはデジタル庁が発足することから、データ駆動型社会の実現に弾みがつきそうです。
関口
デジタル庁に期待することの一つは、コロナ禍で露呈した日本のIT政策の縦割りの弊害を是正することにあります。現状では情報は経産省、通信は総務省が管轄していますが、まずはこの融合をめざすべきでしょう。
もう一つの期待は、政府のシステム調達の一元化です。データ連携のためにも、仕様を統一し、一括で調達することができれば、コストも下がるし、使い勝手も良くなる。人財育成も含めて、デジタル庁には大いに期待しています。
日本社会・経済が変わるために必要なこと
八尋
今、絶え間ない経済成長をめざす社会の限界が指摘される中で、第三の選択として、成長に期待しない、成熟した社会を生きる道もあると思うのですが、その点についてはいかがですか?
関口
これまで、国の豊かさを測る指標としてGDPを用いてきましたが、そうしたところも見直していかなければならないと考えています。現在のGDP統計では、モノとしてカウントされない価値は評価されません。ソフトウエアなど目に見えないもの、インタンジブルなものに対する評価軸を持つことが重要で、そうした新しい価値をGDPの中に組み入れていく必要があります。海外でもブータンでは、GDPではなく、人々の幸福感や満足度などから国の豊かさを測ろうとしています。
日本政府の補助金は、ホテルや観光産業でも、従来は箱をつくらなければお金が落ちない仕組みでした。具体的な形が見えるハード開発に対する支援が進められてきましたが、今後はおもてなしなどソフトの方にもっと重点を置いていく必要があります。その意味では、ソフトの部分を定量的に測れる指標をつくっていくことが重要になるでしょう。
八尋
おっしゃる通りだと思います。しかし、変革は大変です。今、我々コンサルタントの現場も、変わりたくないシニア世代と、変わろうとしている現場との板挟みで苦労しています。ただ、変わろうとしている勢力も確実に増えてきていて、その流れが大きな流れになることを期待しつつ取り組んでいます。流動性が高まる中、若い世代の意見を尊重しなければ、簡単に転職してしまいます。経営トップは、そういう危機感を持って臨まなければなりませんね。
関口
いい方向に向かうためには、やはり世代交代が重要です。そういう意味で言うと、ここへきて、日本がバブル経済だった80年代後半に海外でMBAを取った世代が経営トップを務めるようになりつつあります。そうしたデジタル技術にも詳しい新しい世代が経営に携わるようになってきたことで、日本の産業界のデジタル変革に拍車がかかると期待しています。
八尋
本日は、示唆に富むお話をしていただきまして、ありがとうございました。
(取材・文=田井中麻都佳)
関口和一
株式会社MM総研 代表取締役所長/元日本経済新聞社論説委員。1982年一橋大学法学部卒、日本経済新聞社入社。88年フルブライト研究員としてハーバード大学留学。89年英文日経キャップ。90~94年ワシントン特派員。産業部電機担当キャップを経て、96年より編集委員を24年間務めた。2000年から15年間は論説委員として主に情報通信分野の社説を執筆。2019年に株式会社MM総研代表取締役所長に就任。法政大学大学院客員教授、国際大学グローコム客員教授を兼務。NHK国際放送コメンテーター、東京大学大学院客員教授なども務めた。
八尋俊英
株式会社 日立コンサルティング代表取締役 取締役社長。中学・高校時代に読み漁った本はレーニンの帝国主義論から相対性理論まで浅く広いが、とりわけカール・セーガン博士の『惑星へ』や『COSMOS』、アーサー・C・クラークのSF、ミヒャエル・エンデの『モモ』が、自らのメガヒストリー的な視野、ロンドン大学院での地政学的なアプローチの原点となった。20代に長銀で学んだプロジェクトファイナンスや大企業変革をベースに、その後、民間メーカーでのコンテンツサービス事業化や、官庁でのIT・ベンチャー政策立案も担当。産学連携にも関わりを得て、現在のビジネスエコシステム構想にたどり着く。2013年春、社会イノベーション担当役員として日立コンサルティングに入社、2014年社長就任、現在に至る。
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一橋ビジネススクール一橋ビジネススクールPDS寄付講座特任教授の楠木建氏の思考の一端を、切れ味鋭い論理を、毎週月曜日に配信。
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