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株式会社 日立製作所 フェロー兼未来投資本部ハピネスプロジェクトリーダ/株式会社 ハピネスプラネット 代表取締役 CEO 矢野和男
著書『予測不能な時代』において、幸せをベースにした新たな処方箋を提案する、日立製作所フェロー矢野和男。矢野によれば幸せの概念は、3つの時間軸に分けられ、努力や学習によって獲得できる第3の「幸せ」こそが、自分が訴えている幸せになるためのスキルなのだという。いくつもの先行研究を元にたどり着いた、幸せを獲得するための実践法について聞いた。

「第1回:『予測不能な時代』に、いままでの常識を捨てるべき」はこちら>
「第2回:幸せとは『楽でゆるい状態』ではない」はこちら>
「第3回:幸せな集団に見られる『FINE』とは」はこちら>
「第4回:個人と組織にとっての幸せの本質とは」
「第5回:仕事は複利計算を意識する」はこちら>
「第6回:『易』をベースに、ウェルビーイングな1日をつくりだす」はこちら>

幸せには3つの時間軸がある

前回は、組織としてどのような振る舞いをすれば、幸せが高まるかをみてきました。ここでは、幸せを持続時間という観点から分類した3つの概念について紹介します。これは、カリフォルニア大学リバーサイド校のソニア・リュボムミアスキー教授の研究によって明らかにされました。

第1に、幸せは遺伝などの「変えにくい要因」の影響を受けます。身長や病気の確率も遺伝の影響を受けるように、われわれは、このような制約の中で生きることを受けとめる必要があります。その上で、いかに与えられた制約を前向きなものに活かすかが問われています。制約があっても、われわれには無限の可能性があるのですから。2021年のパラリンピックでも、人間が持つ制約の中での無限の可能性をまざまざと見せてくれたと思います。

第2の要因は、前記と真逆で、「変わりやすい幸せ」です。例えば、ボーナスをもらったり、宝くじが当たったりなど、外部から与えられる環境変化は、直後にはうれしくなっても、極めて短時間のうちに元のレベルに戻ってしまいます。これは極めて小さな影響しかないことが知られています。

第3の要因は、スキルや習慣として身につけられるが故に、持続的に獲得できる幸せです。その影響は無限に大きくできます。草野球の選手と大谷翔平選手のスキルには桁違いの差があるように、スキルは、限りなく高められるものです。この、3つ目の幸せに着目することが重要です。

画像: 幸せには3つの時間軸がある

内なる「HERO」を心に持とう

スキルとして身につけられる持続的な幸せの姿を、より具体的に示したのが、アメリカ経営学会の会長も務めた組織行動学の権威、フレッド・ルーサンス教授です。

それは幸せになるための4つの力HEROという概念です。

第1の力 HOPE(ホープ) 道は見つかると信じる力
・「実験と学習」により道を作る
・資源は、自ら獲得する

第2の力 EFFICACY(エフィカシー) 現実を受け止めて行動を起こす力
・すでに持っているもので始める
・慣れない人や場に臆せず交わる

第3の力 RESILLIENCE(レジリエンス)困難に立ち向かう力
・損失の覚悟を決める
・困難を学びの機会にする

第4の力 OPTIMISM(オプティミズム) どんな状況も前向きに楽しむ力
・偶然の機会や出会いを活かす
・変化の中にチャンスを見出す

ルーサンス教授は、この4つを合わせて、心の資本(Psychological Capital)と名付けました。4つの尺度の頭文字をとって、「HERO within」とも呼ばれます。「内なるHERO」という意味で、とても覚えやすく、素敵な言葉だと思いませんか。

すなわち、幸せで生産的な組織とは、お互いに相手の「心の資本」を高め合う組織であり、言い換えると、互いに相手を「HERO」にする組織だということです。なぜなら、組織の幸せは、「互いに相手の幸せを高めているか」で決まるからです。これは、組織としての能力ともいえ、マネジメントや訓練によって学習することも高めることも可能なのです。そのために取り入れてほしいのが、3回目で説明した「FINE」な組織を作ることです。これも、日本人の本来持っている資質を考えれば、どの組織でも十分に実現可能だと考えます。

画像: 内なる「HERO」を心に持とう

日本人はもともと改善が得意だった

ところで、GAFAM(グーグル・アップル・フェイスブック[現メタ]・アマゾン・マイクロソフト)のような企業が、日本に生まれないという論調をみかけますが、私はそれは正しくないと思っています。日立、トヨタ、ソニー、ホンダが生まれましたし、他にも実際に立派な企業がたくさん存在しています。

日本人には日本人ならではの大きな特徴があります。2回目に話した、日々「実験と学習」を繰り返し、昨日より一歩でも前に進んで、改善していくことは、日本人は世界で一番得意ではないかと、私は思います。「カイゼン」は世界に通用する言葉ですし。本来、得意なことをやればいいのに、それよりも計画を守るほうが大事だよ、という誤ったメッセージが出されたままでいる。いまは、そうした呪縛に影響を受けている状態なのですが、それを解くことは可能だと思います。私は、日本人の得意な「実験と学習」を当たり前に行えばいいだけの話だと思っています。ここまでなんども述べているように、その効果は、科学的にデータで検証されているのですから。

日本人は「道」という考え方が内にある

もともと日本人には、「道」という考え方があります。まさに一生を通して人格を追求する概念であり、価値観です。もちろんスポーツである剣道や柔道は試合で勝ち負けをつけますが、武道としての究極は「勝つため」ではありません。3年ほど前、ポーランドの山奥の空手道場に行って、ポーランド人の世界チャンピオンだった方から指南いただく機会がありました。そのときの彼の言葉が大変印象に残っています。「空手は人に勝つためにやるんじゃない。自分に勝って、昨日の自分を超えていくためにやるのである」と。素晴らしい言葉だなと感心しました。ただ、これは日本人からみると、もともとわれわれが言ってきたことであり、教わってきたことなのです。

画像: 日本人は「道」という考え方が内にある

その道場の玄関には、日本語とポーランド語と英語で「武道とは肉体と精神の鍛錬によって人格を高めていく道である」と書いてあったんです。それをみて、日立の製造現場に掲げられている、創業期の技術者・高尾直三郎の残した「打込め魂仕事の上に」という標語を思い出しました。それとほとんど同じ精神です。仕事はべつに欲のためにやっているのではない。あなたの人生や人格を磨くためにある、という意味でしょう。それを、われわれはまったく不自然とは思わないですよね。日本人にはもともとそうした素養があると思います。あとは、われわれの中にあるこのような考え方を思い出すだけなのではないでしょうか。(第5回へつづく)

「第5回:仕事は複利計算を意識する」はこちら>

画像: 「予測不能な時代」に求められる新たな処方箋とは
【第4回】個人と組織にとっての幸せの本質とは

矢野 和男(やの・かずお)
1959年、山形県酒田市生まれ。1984年、早稲田大学大学院で修士課程を修了し日立製作所に入社。同社の中央研究所にて半導体研究に携わり、1993年、単一電子メモリの室温動作に世界で初めて成功する。同年、博士号(工学)を取得。2004年から、世界に先駆けて人や社会のビッグデータ収集・活用の研究に着手。著書に『データの見えざる手 ウェアラブルセンサが明かす人間・組織・社会』(2014年)、『予測不能の時代 データが明かす新たな生き方、企業、そして幸せ』(2021年)。論文被引用件数は4,500件にのぼり、特許出願は350件超。東京工業大学 情報理工学院 特定教授。

シリーズ紹介

楠木建の「EFOビジネスレビュー」

一橋ビジネススクール一橋ビジネススクールPDS寄付講座特任教授の楠木建氏の思考の一端を、切れ味鋭い論理を、毎週月曜日に配信。

山口周の「経営の足元を築くリベラルアーツ」

山口周氏をナビゲーターに迎え、経営者・リーダーが、自身の価値基準を持つための「リベラルアーツ」について考える。

協創の森から

社会課題の解決に向けたビジョンの共有を図る研究開発拠点『協創の森』。ここから発信される対話に耳を傾けてください。

新たな企業経営のかたち

パーパス、CSV、ESG、カスタマーサクセス、M&A、ブロックチェーン、アジャイルなど、経営戦略のキーワードをテーマに取り上げ、第一人者に話を聞く。

Key Leader's Voice

各界のビジネスリーダーに未来を創造する戦略を聞く。

経営戦略としての「働き方改革」

今後企業が持続的に成長していくために経営戦略として取り組むべき「働き方改革」。その本質に迫る。

ニューリーダーが開拓する新しい未来

新たな価値創造に挑む気鋭のニューリーダーに、その原動力と開拓する新しい未来を聞く。

日本発の経営戦略「J-CSV」の可能性

日本的経営の良さを活かしながら利益を生み出す「J-CSV」。その先進的な取り組みに迫る。

ベンチマーク・ニッポン

日本を元気にするイノベーターの、ビジョンと取り組みに迫る。

デジタル時代のマーケティング戦略

マーケティングにおける「デジタルシフト」を、いかに進めるべきか、第一人者の声や企業事例を紹介する。

私の仕事術

私たちの仕事や働き方の発想を変える、膨らませるヒントに満ちた偉才たちの仕事術を学ぶ。

EFO Salon

さまざまな分野で活躍する方からビジネスや生活における新しい気づきや価値を見出すための話を聞く。

禅のこころ

全生庵七世 平井正修住職に、こころを調え、自己と向き合う『禅のこころ』について話を聞く。

岩倉使節団が遺したもの—日本近代化への懸け橋

明治期に始まる産業振興と文明開化、日本社会の近代化に多大な影響を及ぼした岩倉使節団。産業史的な観点から、いま一度この偉業を見つめ直す。

八尋俊英の「創造者たち」~次世代ビジネスへの視点~

新世代のイノベーターをゲストに社会課題の解決策や新たな社会価値のつくり方を探る。

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