株式会社 日立製作所 フェロー兼未来投資本部ハピネスプロジェクトリーダ/株式会社 ハピネスプラネット 代表取締役 CEO 矢野和男
人と組織の「ハピネス」を研究し、2021年に『予測不能な時代』を上梓した日立製作所フェローの矢野和男。今回は前向きな仕事のアプローチについて聞いた。矢野の主張は常にシンプルである。検討はほどほどに、「実験と学習」を繰り返すこと。そして、毎週必ず、先週よりも2%だけ新たな仕事を行うことである。

「第1回:『予測不能な時代』に、いままでの常識を捨てるべき」はこちら>
「第2回:幸せとは『楽でゆるい状態』ではない」はこちら>
「第3回:幸せな集団に見られる『FINE』とは」はこちら>
「第4回:個人と組織にとっての幸せの本質とは」はこちら>
「第5回:仕事は複利計算を意識する」
「第6回:『易』をベースに、ウェルビーイングな1日をつくりだす」はこちら>

検討はほどほどに、行動する

前向きな個人と組織を作るためにはどのようなアプローチが有効であるかについてご説明します。1回目でも触れましたが、私は44歳のときに半導体事業からの撤退に伴い、いわば20年培ってきたことが使えなくなりました。それまで培ってきた研究成果や人脈も含めて、ゼロからのスタートを余儀なくされました。

それまでの私が教わってきたあるべき仕事のやり方は、次のようなものでした。

・目標と現実のギャップを埋めようと考える
・準備が整ってから進み始める
・目的成功の合理的説明が可能な場合のみ動く
・損失が出ないように、責任範囲を限定する

しかし、私の積み上げてきたものはなくなり、先の見えない中で、次のような仕事のやり方を取り入れざるをえなくなりました。

・既に持っているもので始める
・検討はほどほどにして行動(実験と学習)する
・仕事の資源と権限は、実績によって獲得する
・成功に必要なことは臆せず何でもやる

これはやむをえず始めたことでしたが、その結果、今回お話しているような成果が出てきました。そしてこのアプローチは、私のチームの内なる「HERO」を高めてくれたのです。

画像: 検討はほどほどに、行動する

先週よりも2%だけ超える仕事をしよう

そんな取り組みを始めるにあたりぜひ意識してほしいのは、常に前向きに毎週の行動を複利計算するように成長させることです。

例えば、先週100個の仕事をやり今週も同じ仕事をやっている人と、先週わかったことを元に今週新たな工夫をして2%でも先週を超えた人がいるとします。1年は52週なので、この2%を1年間続けると1.02の52乗で3倍になります。つまり、300%の伸び率になり、それを2年間続けると900%、現在の9倍になります。

直近の成果という観点からは、2%なんて“ゴミ”かもしれません。いろいろなノイズ、景気、お客さんの状況などによる変化もありますので、ほとんど見えないことも多いでしょう。でも、複利計算は、恐ろしいものです。有名なムーアの法則も複利計算ですが、その最初の2%だけならごくごく小さくみえますが、長期でみると指数関数的にものすごく大きな差になっていくのです。

毎週2%、新たなことを行うだけで驚くべき結果が得られるのです。つまり先週やってみて新たに気づいたことに対し今週アクションするのです。一方、先週と変わりなく、もともと想定できたことを今週行っても、先週と今週の仕事の足し算にしかなりません。上記のような複利計算にはなりません。しかし新しい何かをやってみることで、次の課題が見つかり、さらに次の行動を起こしていく。これを毎週繰り返すと、ものすごい成長につながります。やることは、実は小さくていい。たったの2%でいいのです。これが人生も仕事も劇的に変えるのです。

ガントチャートを使って仕事を計画・管理している人は多いと思います。しかしガントチャートは、始める前にその仕事で想定できる結果を管理する手法です。従ってガントチャートで管理できる仕事を積み重ねても、やったことの足し算にしかならず、これは福利計算をはなから諦めていることなのです。成長のためには、ガントチャートで管理できることだけをやっていてはダメです。ガントチャートで管理できる仕事は、成長できない仕事です。企業を、そして日本を成長させるには、ガントチャートで計画・管理できる仕事を減らす必要があります。

しかも、毎週2%、新たな工夫を取り入れることは、人の熱意を高めます。人が充実感や楽しさを感じ、幸せになるためには、背伸びしてジャンプして、「やっと手が届く」ような仕事が必要なことが、心理学ではよく知られています。難しすぎると不安になり、簡単すぎると退屈になり、いずれもストレスがかかり熱意が高まりにくい状態となるのです。ただ、実際に与えられる仕事は、ちょうど「やっと手が届く」ものになることは少ないと思います。そこで難しすぎるときには段階を踏んでちょうどよい難しさにしましょう、逆に簡単すぎるときには、工夫して付加価値を付けましょう、というコミュニケ―ションを周りと取り合うことが必要です。つまり、難しさを調整するコミュニケーションを行うことが当然だと全員が理解している状態が前向きな組織の基本条件です。これにより、毎週継続して2%の小さな工夫を行う継続性が実現されるのです。

画像: 先週よりも2%だけ超える仕事をしよう

なぜ前向きな1日のために「易」が有効なのか

このような継続性を実現するには、変化に前向きであることが求められます。これには、3000年前に原型ができたとされる古典中の古典、「易」に書かれた変化への向き合い方が、現代にこそ大いに有効だと考えています。

「易」とは、この社会や人生、幸せが、常にたゆまず生成発展しているものという動的な世界観を論じた古典です。英語では「ブック・オブ・チェンジズ」と訳されるように、その中心のテーマは変化への向き合い方です。まさに予測不能な未来に体系的に処することができることを説く「易」は、現代においてますます意義深くなっています。その「易」を私は15年に渡って実践してきました。

画像: なぜ前向きな1日のために「易」が有効なのか

きっかけは、人の計測データを使って本人に役立つフィードバックができないか、という研究でした。私は、理論物理学が専門で、複雑なものを統一的に体系づけることに強い興味を持っていて、そのとき出会った「易」はまさに、何千年も前によくぞ作ったなと感心するほど、社会の万物を統一的かつ数学的に美しく体系化したものでした。

「易」は2進法の原理で成り立っており、実は、易が2進法のオリジンともいえるのですが、社会のあらゆることを6ビット、すなわち64個のパターンに区分しています。そして、そのパターンすべてにシンボリックな名前がつけられていて、人生のあらゆる変化に対して、このパターンでは、こうしたほうがいいというストーリーが語られています。その64個のパターンがぜんぶ頭に入った「易」を身につけた人こそ、雨の日も風の日も人生のあらゆる困難や試練に正しい態度で向き合える人であったわけです。

「易」は占いの手段として発達しました。近代まで、世界中で占いが使われてきたことには、理由があると思います。人間は弱いもので、一旦うまくいくとそのパターンを繰り返したくなる誘惑に陥ります。その結果、同じところばかり耕作し、土地が痩せてしまったり、昨日獲物が捕れたからと、もう獲物がいない場所に繰り返し行ってみたり、となりがちです。一方占いは、判断にランダムな選択を活用します。そのため、人々は上記の誘惑に打ち勝てたのではないでしょうか。そうした文化を、大切にし続けた人たちが、結局はこの地球で生き残ったのではないかと考えています(※)。(第6回へつづく)

※ 『文化が人を進化させた:人類の繁栄と<文化-遺伝子革命>』ジョセフ・ヘンリック(白揚社)

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画像: 「予測不能な時代」に求められる新たな処方箋とは
【第5回】仕事は複利計算を意識する

矢野 和男(やの・かずお)
1959年、山形県酒田市生まれ。1984年、早稲田大学大学院で修士課程を修了し日立製作所に入社。同社の中央研究所にて半導体研究に携わり、1993年、単一電子メモリの室温動作に世界で初めて成功する。同年、博士号(工学)を取得。2004年から、世界に先駆けて人や社会のビッグデータ収集・活用の研究に着手。著書に『データの見えざる手 ウェアラブルセンサが明かす人間・組織・社会』(2014年)、『予測不能の時代 データが明かす新たな生き方、企業、そして幸せ』(2021年)。論文被引用件数は4,500件にのぼり、特許出願は350件超。東京工業大学 情報理工学院 特定教授。

シリーズ紹介

[特集]ポストコロナの社会とビジネス

破壊の先にある創造へ――。「グレート・リセット」後に求められる社会とビジネスのあり方を、各界の有識者の言葉から探ります。
※グレート・リセット:2021年夏に開催される予定の次回世界経済フォーラム年次総会、通称ダボス会議におけるテーマ

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