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ロボットの普及は突然やってくる?
八尋
内閣府の戦略的イノベーション創造プログラム(SIP)のプロジェクトの一つで、慶應義塾大学病院などが中心となって進めている「AIホスピタル」という診断や治療に人工知能(AI)を活用する次世代医療システムの取り組みがあります。先日、この「AIホスピタル」を見学する機会を得たのですが、そこで、病気のお子さんやお年寄りにとっては、活発で疲れを知らないようなスーパー医師や看護師さんよりも、少し間の抜けたやり取りをしてくれるロボットのほうが親しみやすい存在になり得る、という話を伺いました。
ある金融機関の方も、窓口業務については、人間よりもむしろロボットの方が、何度同じような質問をされてもつねに丁寧な受け答えができるので適任だとおっしゃっていました。いずれにせよ、今後はコミュニケーションにロボットが介在するようになっていくでしょうし、それによって社会も変わっていくことになるのでしょうね。
高橋
そうした変化はいずれ訪れると思いますが、徐々にそうなるというよりも、誰かがつくった製品やサービスがきっかけとなって、一気に変わると思っています。つまり、スマートフォンの普及に似ているだろう、と。スマホの場合、すでに技術やサービスの基盤があって、ちょうど良いタイミングでそれを絶妙にパッケージ化したことで普及へとつながりました。
ロボットも同様で、すべての人の日常生活に入り込むためには、突出した製品やサービスを生み出すイノベーターの存在と潤沢な資金が不可欠だと思います。
壁を乗り越えられるイノベーターの条件
八尋
90年代の終わりに、私がソニーに在籍していた頃、音楽配信をしたり、情報を表示したりという、いまでいうスマートフォンのさきがけのようなモバイル端末を開発して、社内で実験が行われていました。もちろん、まだ音楽も途中で途切れてしまうし、映像もカクカク動くような感じでしたが、当時としては画期的な取り組みをしていたのです。しかし、その頃はCDもDVDもまだよく売れていて、その後、無線技術がここまで進化するとは予測できず、残念ながらビジネスに結びつけることはできませんでした。
さらに、2004〜2005年頃、スティーブ・ジョブズがスマホでiTunesをやりたいと、ソニーに提携の話を持ちかけたという報道がありましたが、結果としてはビジネスには至っていません。本来なら、スマートフォン的なものの一番近くにいたはずなのに、結局は壁を飛び越えられなかったわけです。そういう深い壁や溝は、当然、ロボットにもあると思いますが、それを乗り越えられる、突出したイノベーターとはどのような存在であるべきなのでしょうか?
高橋
やはり壁を乗り越えられるのは、本当の天才で、変人で、ある意味ホラ吹きで、博打打ちで、独裁的なイノベーターだけだと私は思っています。まさにスティーブ・ジョブズとかイーロン・マスクですよね(笑)。
八尋
高橋さんは、そうはなれないと?
高橋
僕は善人すぎるかな、と(笑)。最低限の常識も社会性もあると思ってます、自分では。凡人が壁を打ち破るのはなかなか難しい。ましてや大企業の社長などは、既存の事業を抱えているわけで、そこまでのリスクは負えないでしょう。失うものがない人にしか、壁は乗り越えられないように思います。
八尋
やはり、強烈なイノベーターを輩出するためにも、大企業も兼業を認めるべきだし、組織を超えた協創を可能にしたり、多彩なイノベーターを受容したりしていく社会のしくみづくりをしていく必要がある、ということなのでしょうね。
イノベーションの敵を打ち破るために
高橋
一方で、いま多くの企業でガバナンスが重視され、コンプライアンス強化に取り組まれていますが、それ自体がイノベーションの障壁となっている。また、倫理の問題や働き方改革、個人情報保護といった昨今のさまざまな取り組みが、イノベーションどころか、事業そのものの足を引っ張っています。もちろんガバナンスは重要ですが、そのなかでいかにイノベーションを起こしていくのか、非常に難しい問題だと思います。
しかも、日本は周回遅れで欧米のしくみを取り入れていて、それが自らの経営を苦しめる悪循環に陥っている。組織の中に、突出した発想を持つ変人を受容することがますますできなくなっています。
八尋
なるほど。企業のコンプライアンスは本来、社員が安心してイノベーションを育む基盤となるはずだし、多彩な人財を受け入れようとするルールも広がってはきているものの、過度に厳密な運用が求められると、結果的にほとんど機能しなくなるように思います。
高橋
国の科学研究費助成事業(科研費)にしても、すでに成果を上げている人にどんどん追加で予算がついていく。イノベーションの種を探そうとしながらも、選択と集中を進めてきたことが、そうした矛盾を生んできたわけです。
だからこそ私自身は、たくさんの書類を書いて、厳正な審査を経て、やっと得られるような予算をあまりあてにしていません。それを待っていたら、自分の番はなかなか来ないし、何だか自分自身が卑しくなってしまいそうで。
書類を書くかわりに、僕は手を動かします。自分自身でモノをつくれることが、最大の強みですから。結果として、さまざまな人に広くアピールすることができ、いちいち御用聞きをしたり、営業をしたりしなくても、向こうから声をかけてもらえる。そういうやり方をしてきたことは非常に良かったと思っています。
八尋
やはり、自ら明確なビジョンを提示できるというのが、イノベーターにおいて非常に重要な要素なのでしょうね。
(取材・文=田井中麻都佳/写真=Aterui)
八尋俊英
株式会社 日立コンサルティング代表取締役 取締役社長。中学・高校時代に読み漁った本はレーニンの帝国主義論から相対性理論まで浅く広いが、とりわけカール・セーガン博士の『惑星へ』や『COSMOS』、アーサー・C・クラークのSF、ミヒャエル・エンデの『モモ』が、自らのメガヒストリー的な視野、ロンドン大学院での地政学的なアプローチの原点となった。20代に長銀で学んだプロジェクトファイナンスや大企業変革をベースに、その後、民間メーカーでのコンテンツサービス事業化や、官庁でのIT・ベンチャー政策立案も担当。産学連携にも関わりを得て、現在のビジネスエコシステム構想にたどり着く。2013年春、社会イノベーション担当役員として日立コンサルティングに入社、2014年社長就任、現在に至る。
高橋智隆
ロボットクリエーター。株式会社ロボ・ガレージ代表取締役社長。東京大学先端科学技術研究センター特任准教授。大阪電気通信大学情報学科客員教授。ヒューマンアカデミーロボット教室アドバイザー。グローブライド株式会社社外取締役。1975年生まれ。2003年京都大学工学部卒業と同時にロボ・ガレージを創業し京都大学学内入居ベンチャー第1号となる。代表作にロボット電話「RoBoHoN(ロボホン)」、ロボット宇宙飛行士「キロボ」、デアゴスティーニ「週刊ロビ」、グランドキャニオン登頂「エボルタ」など。2004年から2008年まで、ロボカップ世界大会5年連続優勝。開発したロボットによる4つのギネス世界記録を獲得。米TIME 誌「 Coolest Inventions 2004 」、ポピュラーサイエンス誌「未来を変える33人」に選定される。
シリーズ紹介
楠木建の「EFOビジネスレビュー」
一橋ビジネススクール一橋ビジネススクールPDS寄付講座特任教授の楠木建氏の思考の一端を、切れ味鋭い論理を、毎週月曜日に配信。
山口周の「経営の足元を築くリベラルアーツ」
山口周氏をナビゲーターに迎え、経営者・リーダーが、自身の価値基準を持つための「リベラルアーツ」について考える。
協創の森から
社会課題の解決に向けたビジョンの共有を図る研究開発拠点『協創の森』。ここから発信される対話に耳を傾けてください。
新たな企業経営のかたち
パーパス、CSV、ESG、カスタマーサクセス、M&A、ブロックチェーン、アジャイルなど、経営戦略のキーワードをテーマに取り上げ、第一人者に話を聞く。
Key Leader's Voice
各界のビジネスリーダーに未来を創造する戦略を聞く。
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今後企業が持続的に成長していくために経営戦略として取り組むべき「働き方改革」。その本質に迫る。
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ベンチマーク・ニッポン
日本を元気にするイノベーターの、ビジョンと取り組みに迫る。
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マーケティングにおける「デジタルシフト」を、いかに進めるべきか、第一人者の声や企業事例を紹介する。
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私たちの仕事や働き方の発想を変える、膨らませるヒントに満ちた偉才たちの仕事術を学ぶ。
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全生庵七世 平井正修住職に、こころを調え、自己と向き合う『禅のこころ』について話を聞く。
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明治期に始まる産業振興と文明開化、日本社会の近代化に多大な影響を及ぼした岩倉使節団。産業史的な観点から、いま一度この偉業を見つめ直す。
八尋俊英の「創造者たち」~次世代ビジネスへの視点~
新世代のイノベーターをゲストに社会課題の解決策や新たな社会価値のつくり方を探る。