自分のひと声が、みんなの何時間になっているか意識したことがありますか
白河
私はこれまで女性活躍や少子化についてのさまざまなフィールドワークを通して、その基本ともいえる働き方の問題にずっと取り組んできました。日立さんが女性活躍についていろいろと取り組まれているのも存じております。私の経験から、女性の活躍支援にいちばん効くのは労働の柔軟化と労働時間のコントロールで、この二つが揃うと、女性活躍と言わなくても自ずと活躍するようになります。
今回の政府の働き方改革のポイントもそこにあって、女性だけでなく、男女含めて「一億総活躍社会」実現の柱になっているということです。これまで男性は家庭参画しにくいとか、女性は20代にバリバリ働いていても、30代になると働き方を変えようとか、辞めようと思っている人が結構多くて、とくにバリキャリほど多いですね。
一方、企業にとっても、今回、日本で初めて労働時間の上限が法的罰則の付いた条件で決まったことで、経営者の方たちがすごく敏感になっています。生産現場を持っている企業は労働時間に対してもともと意識が高くて敏感なのですが、ホワイトカラーの生産性向上という観点も含めてさまざまな影響と課題も出てくるでしょうし、これから社会が大きく変わっていくのかなあと思っています。
中島
私は一年前に三井物産から移ってきた転社組ですが、日立は働き方に対する意識が高いと思っています。女性も、外国人も、みんなが活躍できる場を作っていく。みんなにイーブンにチャンスが与えられて、みんなが能力を発揮する場を会社が提供できるようにするかどうかによって競争力は随分違ってきます。そういう意味では、先程製造業は敏感だとおっしゃいましたが、日立はとくに敏感だと思います。たとえば、女性の離職は非常に少ないですし、とくに結婚とか出産を契機に離職する比率は低いですね。しかし、そこで立ち止まっていてはいけない。たとえば、我々の目的は仕事の成果を出すことで、9時から5時まで会社にいることじゃないと考えると、ITなどのツールをさらに活用していく新しい工夫も必要になります。また、どうしてもこれまでの男性社会のなかで物事を考えがちですが、それを是としないで、まったく違う視点から全体のルールを作っていくことも大事だと思います。
白河
すばらしいお考えですね。私はテレワークなどの働き方に対するIT投資が進まなかったのは、やはり労働時間を無限に使えると思っていたせいだと考えています。労働時間の制限や柔軟な働き方があると、IT投資は進むので、IT業界のみなさんにとってもチャンスだと思っています。
中島
私は管理職として、自分のひと声がみんなの何時間になっているのかをすごく意識する必要があると思っていて、みんなの負担を軽くするには早くデシジョンを下すしかない。しかし、そのためにはどのような情報が必要かを明確にしなければいけません。そこにIT投資の必要性があると思っています。私が三井物産に入社した頃には携帯電話も、もちろんコンピュータも机の上には無かったわけで、担当者一人にアシスタントが付いていただけです。
白河
自分のひと声を意識する…すばらしいですね。分かります。私も住友商事にいましたので。
中島
それがいま、私にも秘書がいますが、何の気なしに依頼していることも、実はITを自分で使えれば、頼まずともできることがある。そこは甘えてはいけないと思っています。
白河
労働時間への規制が厳しくなり、今後何が起きるかいうと、あまり意識の高くない会社では「気をつけてください」と、指令が飛ぶはずです。すでにいまも起きていますが、大手広告会社で若手社員が亡くなった先般の事件以来、若い人は早く帰ってしまう。それで、残業代が“見える化”されていないシステムになっていますから、結局、管理職が自分で引き受けて労働時間が長くなるというシワ寄せが起きています。
中島
働き方改革にはマインドセットが非常に大事で、それは上から示していく必要がありますし、その責任はものすごく大きいと思います。また、仕事のスピードが昔よりはるかに速くなっていますので、どうしても早く答えを出さなくてはいけない。そこにITをまったく導入せずに従来の方法で取り組んでいたら、それはもう大変な負荷になってしまいます。
日立のなかにはその解決策として、自分たちで積み上げてきたものがあります。それをITサービスのビジネスとしてというよりは、むしろ社会に還元するという意味でいろいろなところで紹介していますし、役立てていただければと思っています。
なぜ出世したがらない女性が多いのか
白河
ところで、中島さんは三井物産にいらっしゃったということですが、海外にはどれくらいの期間駐在されていたのですか。
中島
イギリスに10年、アメリカに3年半、韓国に2年で15年以上になります。イギリスから日本に戻っていちばん感じたのは、日本の会議はなぜ男ばかりなんだろうと。イギリスやアメリカでの会議だと、半々といえば語弊がありますが、必ずそれなりに女性の人数はいますし、人種についても日本より多様です。いろいろな意味でダイバーシティが進むということが働き方改革や新しい視点にもつながるので、そこは欧米の経験でいうと、日本はもうちょっとドライブをかける必要があると思いますね。
白河
私は住友商事の後、外資系の会社で働いていたことがあるので、だいぶ昔の話ですが、日本企業と外資系企業の女性の活躍度合いには格段の差があるのはよく分かります。いまの会社組織の昇進システムは男性向けにできているところがありますが、それにしても女性は管理職にならない、なりたがらない人が多い。その理由を、ある会社の社長さんが「女性は冷静に考えている」とおっしゃったんですね。少しお給料が増えても、こんなに時間をとられるのはたまらないと思ってしまう。それともう一つ、なぜ管理職にならないのかといったワークショップでの面白い話があります。「そもそもそこまでしてお金を稼ぐ必要がない、それは男性の役目」だとか、「夫より出世すると面倒くさいことになる」といった意見もあって、自分から手をあげて出世したい人は少ないと思います。ただ女性の場合、周りに迷惑をかけたくないという気持ちと同時に、みんなの役に立ちたいという気持ちが強くあるので、そこをうまく刺激するといい管理職になってくれるのではないかと見ています。あくまで意識の問題ですが。
中島
それでは、女性が出世したくなる条件というのはなんでしょうか。
白河
昇進できるような環境づくりが先だと思います。もう一つは、実際に従来の働き方を変えるアクションチェンジですかね。この両方がないとダメだと思っていますが、やはり働き方があまり限定されていると、どうしても無理だなと思ってしまうんですよね。だからまずは環境整備だと。ただ環境整備をしたからといって、それはあなたに甘くしているわけではないと説明することも大事です。あなたが必要で、活躍してもっと上をめざして欲しいから、こういう環境なんだということを言えば分かってくれます。あとは見せるというか、管理職になったら裁量が利くので、ある女性は管理職じゃなかったら子育てできなかったかもしれないというようなことを紹介して、管理職になって見たときの景色が違うということを理解してもらうことです。それから、ほとんどの女性は、時間の裁量がなくものすごく働いている男性の管理職みたいにはなりたくない、と思っていますから、自分らしい管理職って何?というようなアクションチェンジもあってよいのかなと思います。まだそこを示せている女性のロールモデルはあまりいませんが、男性、女性に関係なくこの人のここの部分は素敵と思う部分を取り入れてもよいですね。
中島
そういうふうに言われると、僕はどちらかというと女性の考え方に近いのかもしれませんね。実は、あまり偉くなりたいと思ったことはありません。一方で、同等のコミットメントを求めるようなところがあります。たとえば、酒の飲み会でこの時間にこの場所に来ない奴は仲間じゃないというような雰囲気には抵抗があります。人にはそれぞれの事情があって、そこに配慮することが平等のチャンスを与えるということですよねと。仕事に対するコミットメントは時間の長さや対応力だけではなく、貢献したいという気持ちが大事なのであって、そこはもしかしたら何かの事情でその時間だけは割けないかもしれないという理解がみんなに無いと、すごく狭いところで戦うようになってしまうと思います。ですので、その時間は都合がつかないけれど家からだったら電話で参加できるなど、いろいろな可能性を高めることが実は工夫部分として必要になってくる。マインドセットとツールの両方が必要だと思います。
「第2回:『自由な働き方』は、実は『厳しい働き方』」に続く >
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