一橋大学ビジネススクール教授 楠木建氏/株式会社日立製作所人財統括本部 ヒューマンキャピタルマネジメント事業推進センタ長 髙本真樹
楠木建氏と日立のHR変革をリードする髙本真樹による対談。楠木氏は前回の「好き嫌いテック for HR」に続き、大企業の生産性を抜本的に高める荒療治「無差別平社員化作戦」を提案。大企業が慢性的に抱える「Elephant in the Room」問題に切り込む。

「第1回:マイナスをゼロにするテクノロジー。」はこちら>
「第2回:好き嫌いテック for HR。」はこちら>

ポストは4階層で十分

楠木
ある人が大企業の経営について言っていたことで僕がなるほどなって思ったのは、「執行役員って、なんで一度就任したら辞めるまでずっと執行役員なんだろう?」と。その人曰く、例えば野球だったら、そのとき一番調子のいい、一番成果を出しそうな9人をその日の試合の先発メンバーに選ぶよねと。企業の役員もそれと一緒で、そのときの経営課題に見合った執行役員を、結構短いスパンで繰り返し選ぶべきなんじゃないのと。確かにそのとおりだなと思うんですよね。

要するに、長く続く大企業ならどこにでも、生産性の低い管理職がいるわけです。日立のようにHRテックを導入すれば会社全体の生産性は上がるでしょうけど、こうしたElephant in the Room、だれも見て見ぬふりをしている問題はそのまま温存されてしまう。

そこで、ちょっと大きなお世話かもしれませんが、この問題を解決してさらに生産性を上げるために、この際わたしが提案するのが、社員全員をいったん無差別に平社員化するという施策です。

画像: ポストは4階層で十分

まず1年間、すべての社員の職を解く。事業部門に最終責任者が一人いればいい。あとは全員平社員。肩書とかポジションとかをなくして、全員同じ給料にする。それで「せーの!」で働く。最初は混乱するにせよ、仕事の仕方は必然的に大きく変わるはず。で、成果を上げた社員にポストを与える。ポストはCEO、事業会社の社長もしくは事業部門長、マネージャー、平社員。この4階層で十分です。

それをやると、本当に仕事ができる社員だけがポストを得て、会社全体の生産性が格段に上がると思うんですよね。もちろん人間なんで、いろいろ事情はあると思います。「部長の給料を前提にローンを組んだので、平社員に戻ると家計が破綻してしまう」とか。そこはちゃんと別途埋め合わせをします。ただ、まず初期設定としては全員、平。ま、ひとつの思考実験ですけど、弥縫策(びほうさく)に終始するより、こういうことを考えたほうがいいと思っているんです。

髙本
(笑)。面白いですね。弊社はいま、年功序列の制度は結構消えつつありまして。以前は上がるだけだった職位が下がるというケースも出てきています。いまの時代というのは、仕事をする上で組織とか職位が、逆に手かせ足かせになっているケースも出てきていると思うのです。案件ごとに一番適した能力のある社員を機動的に集める「ティール型組織」を組める会社がこれからは強いのかもしれませんが、残念ながら日本式製造業モデルのなごりがまだ社内で散見されています。

楠木
新しいしくみって、結局「慣れ」なんですよね。例えばバブル崩壊後、日本には都市銀行が13社と飽和状態にあって、いずれ少数に統合されるだろうと言われていた。当の行員たちは「合併なんてありえない! 〇〇銀行と我が行は水と油だから絶対うまくいかない!」なんて言ってましたけど、その1年後には合併して、みんなわりと自然に働いてますからね。そこに強力な意図と合理性があれば、みんな結構慣れるんです。

「嫌いな仕事」は、「好きな仕事」をするための手段

髙本
以前は先生のおっしゃるスキル、つまり職能さえあれば定年退職まで駆け抜けられる時代でしたが、いまはそれが難しいですよね。年齢にかかわらず、アンラーニングしてでも常に自己成長を図らなければいけない時代になりつつある。50代後半の社員もそんな変化にうすうす気づいてはいるのですが、いまさら努力するのも大変だし、いままで十分に頑張ってきたんだから、あとはこのまま穏やかに過ごせれば……というのが彼らの本音かもしれません。

楠木
それは人間なんで、しょうがないですね。保身に走るのは。僕にしても保身の塊のような人間ですから。人間の本性です。

髙本
要するに、「みんな定年まで働けばご褒美がもらえるんだから、順番待ちなさいよ」と社員をある意味で抑え込んできたのが年功序列のシステムです。でも、どこかのタイミングで変革の舵を切らないといけない。そのためには、先生の「好き嫌い」でいうところの「嫌いな仕事」であっても、組織である以上、必要であれば少しは努力してもらわなきゃいけない。それをどうやって社員に腹落ちさせるか、いま悩んでいます。

楠木
そうですね。確かに、働いている7時間の1秒1秒、常に好きなことをしているわけにはいかない。嫌いなことだってちょくちょく入ってきますよね。でもなぜそんな仕事をしなきゃいけないかというと、自分が好きなことをやるために必要な手段なんですよね。手段と目的の対応関係、そこを腹落ちさせる必要がある。それを根本的に解決するのが、無差別平社員化作戦ですよ。どうですか? 御社で。

髙本
あっははは! ものすごいことになるでしょうね(笑)。

楠木
これ、やればいまより絶対よくなるんですよ。でも、まだどこもやってない。日立ほどの規模と歴史がある会社が、「無差別平社員化で生まれ変わりました!」となれば、相当な注目度です。ビジネス誌は特集打つわ、セミナーやったら満員だわで、収益2兆円ぐらいいけるんじゃないかと。

髙本
非常に大胆な発想ですけど、弊社では難しいでしょうねぇ……。

楠木建はなぜ自己認識力が高いのか

髙本
楠木先生が書かれた『すべては「好き嫌い」から始まる』やこの「EFOビジネスレビュー」を拝読して毎回圧倒されるのですが、先生はなぜそんなに自己認識力が高いのですか。

楠木
それこそ好き嫌いで、僕は言語的に物事を理解するのが大好きなんですね。

髙本
それもあるのでしょうけど、人間って自分のことがよくわからなかったり、都合の悪い部分には敢えてフタをして見なかったりするじゃないですか。

楠木
いや、自分なりにバイアスはかかっているのでしょうけど……理屈としては、谷崎潤一郎が言うところの「我という人の心はただひとり 我より外に知る人はなし」(*)で、やっぱり自分のことは、24時間いつも一緒にいる自分自身が一番よくわかっている。

では、なぜ言語的な理解をするのが好きなのか。おおもとにあるのは、世の中や人生に対する悲観だと思います。性格と言えばそれまでなんですけど、物事は絶対に自分の思いどおりに行かないというのを初期設定にするわけですよ。そうすると非常につらいことが多い。仕事でも、プライベートでも。結婚して違う人間同士が一緒に住むって、もうつらいことばっかりなんですよ。やりきれない。

髙本
コメントしにくいですね(笑)。

画像: 楠木建はなぜ自己認識力が高いのか

楠木
「なんでこの人はこういう行動をとるんだろう?」と思ってしまう出来事が日常的に起きる。そういうのを言語的に理解する行為が、自分を一番楽にしてくれるんです。だから、言語化は僕にとってものすごく実用的なもので、実生活上の切実な要請に迫られてやっていることなんです。

僕は小学校4年まで南アフリカ共和国で過ごしたのですが、日本に帰ってきたときにすごくミスマッチを感じて。みんなが楽しいって言ってるときに自分は全然楽しくない。これはなぜだ? と。その後もことあるごとにミスマッチを感じていました。「体育祭、最高!」……そうか?「打ち上げ、盛り上がるぞ!」……何が楽しいの?

そういう疑問を持ったときに、やっぱり言語的な理解を必要としていたのでしょうね。谷崎潤一郎先生にはホントに救われました。

* 谷崎潤一郎『雪後庵夜話』より引用。

画像1: 対談 「好き嫌い」と、新しいHRの在り方
その3 無差別平社員化作戦。

楠木 建

一橋大学ビジネススクール教授
1964年東京生まれ。幼少期を南アフリカで過ごす。一橋大学大学院商学研究科博士課程修了(1992)。一橋大学商学部専任講師、一橋大学商学部助教授、一橋大学イノベーション研究センター助教授、ボッコーニ大学経営大学院(イタリア・ミラノ)客員教授、一橋大学大学院国際企業戦略研究科准教授、2010年より現職。著書に『「好き嫌い」と才能』(2016、東洋経済新報社)、『好きなようにしてください:たった一つの「仕事」の原則』(2016、ダイヤモンド社)、『「好き嫌い」と経営』(2014、東洋経済新報社)、『戦略読書日記』(2013、プレジデント社)、『経営センスの論理』(2013、新潮新書)、『ストーリーとしての競争戦略:優れた戦略の条件』(2010、東洋経済新報社)などがある。

画像2: 対談 「好き嫌い」と、新しいHRの在り方
その3 無差別平社員化作戦。

髙本真樹(たかもとまさき)

1986年、株式会社日立製作所に入社。大森ソフトウェア工場(当時)の総務部勤労課をはじめ、本社社長室秘書課、日立工場勤労部、電力・電機グループ勤労企画部、北海道支社業務企画部を経験。都市開発システム社いきいきまちづくり推進室長、株式会社 日立博愛ヒューマンサポート社社長などを経て、現在システム&サービスビジネス統括本部 人事総務本部 担当本部長を務め、人財統括本部 ヒューマンキャピタルマネジメント事業推進センタ長を兼任。全国の起業家やNPOの代表が出場する「社会イノベーター公志園」(運営事務局:特定非営利活動法人 アイ・エス・エル)では、メンターとして出場者に寄り添い共に駆け抜ける"伴走者"も務めている。

「第4回:採用のミスマッチを防ぐには。」はこちら>

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