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育成には、自動詞と他動詞がある
髙本
いまでこそ「日立人財データ分析ソリューション」をお客さまに提供している弊社ですが、そこに至るまでは紆余曲折がありました。HRテックを用いた施策はもともと、情報通信部門だけでローカルに始めた取り組みでした。我々人事は本来コスト部門ですから、「事業化も進めます」と言うと社内では「出る杭は打たれる」ような立場だったんですけど、この取り組みは絶対にいい! と信じてぐいぐい進めてきました。その結果、少しずつ社外からもご評価をいただきソリューションとして社外に提供できるようになり、さらには情報通信部門だけでなく、今年からは全社的にも展開しようという動きにつながってきたという経緯があります。
楠木
初めは会社の中で使うものとして開発したHRテックが、そのままビジネスになった。素晴らしいですよね。結局のところ、儲かるっていうのは人間にとって普遍的なモチベーションなんですよ。会社というのは、要するにゲンキンなものです。儲かる、売り上げになると分かればガンガンやる。
髙本
確かに営業面でも大きな武器になっています。通常、お客さま先を訪問する場合、お会いできるのは調達部門かIT部門の方が多いんですよ。ところがこのソリューションは人事部門の、それも役員クラスの方とお話しできる機会もいただけるんですね。いまは働き方改革が旬の話題ですし、どこのお客さまにとっても大きな経営課題になっています。そうした背景もあるなか、お客さまの会社全体のさまざまな課題も広くお伺いできるので、とてもありがたい状況です。
楠木
「日立が自分たちのためにつくったソリューションだから、きっといいものなんだろうな」と顧客は思うのでしょう。説得力がありますよね。
髙本
社員の採用や配置配属の課題についてはHRテックで改善しつつあるものの、社員の育成という面でどんな手を打てばよいのかがわたしの悩みでした。今日は先生の「好き嫌いテック」のお話を伺って、少しその霧が晴れたような気がします。
楠木
育成には自動詞と他動詞があると思うんです。他動詞の「育てる」にはいろんな限界がある。やっぱり育成の本質は自動詞のほう、自分で「育つ」ということなんですね。だとすると、人が育つ土壌をどう耕すかが大事になってくる。
髙本
同感です。いまわたしが頭のなかで描いているHRテックの次の使い方としては、社員一人ひとりに寄り添って伴走者的な役割を果たすようなモノを用意してはどうかと。つまり、先生がおっしゃる一人ひとりの「好き嫌いのツボ」も踏まえて、社員の成長をタイミングよくサポートする。すると社員が自発的に必要な勉強をして、ドンドン育っていく……。そんなイメージを持っています。
業務経歴からは見えないこと
髙本
いま、実は会社のなかで一生懸命キャリア教育が行われているのですが、わたしはその内容に違和感を覚えていまして。そこで論じられているのは、要するに楠木先生がおっしゃった市場機能から見たキャリア意識なんですよね。「日立で〇〇業務を10年やりました」というような。わたしがそれよりも大事だと思うのは、日立で働いた10年間のうち、例えば「9年半はものすごくご機嫌に仕事をすることができました」という社員がいたら、その9年半でものすごく成長しているはずだと。こうした見方で企業が一人ひとりのキャリアを捉えることができたら、例えば転職市場だったらまるで変わりますよね。
楠木
間違いなく変わるでしょうね。
髙本
肩書だけでその人の能力をイメージするのは非常に危険だと思うんです。実は本人は嫌々ながら仕事をしていて、家では家族に当たり散らしているかもしれない。もしそんな人を採用したら大変なことになっちゃうかもしれませんからね(笑)。
楠木
要するに、社員と企業とのミスマッチが起きてしまうと。そうならないように、僕が提案する「好き嫌いテック for HR」も仕事の成果どうこうではなく、その手前の段階で個々人を測らなきゃ駄目ですよね。
髙本
そういったキャリアの見方と、先生のおっしゃる「好き嫌いのツボ」とを掛け合わせることで、仕事に従事しているときの「幸せ密度」みたいなことをうまく計測できないかと、我々うっすら思ってるんですよ。言い換えれば充実度ということになるかもしれません。それが高まる方向にもっていかないと、そもそも会社はよくならないんじゃないかと思います。弊社には、「ハピネス」について研究している矢野和男という者がいまして。
楠木
ええ、存じ上げています。以前、国分寺の中央研究所で対談させていただきました。
髙本
そうでしたね! いま、彼ともいろいろと連携して取り組みを進めています。
HRテックを用いた施策はまだ始まったばかりですので、この先どう花ひらいていくのかわかりませんが、ただ言えるのは、まったくアナログだった人事の時代ではわからなかった社員の内面や職場の実態が見えてくることで、人事という仕事の高付加価値化だけでなく、社員や経営者に対しても間違いなく何かしらプラスになるんじゃないかという思いでやっています。
楠木
僕が思うに、人事でいうデジタルとアナログというのは配分の問題じゃないんだろうなと。昔は100%アナログだったのを40%まではデジタルにしようということではなくて、日立がやってらっしゃることを見ると、デジタル化が進めば進むほどアナログの施策も濃厚になるということなんでしょうね。
髙本
ええ。まさにトレードオフではないと感じています。
楠木
僕が言う「個人の好き嫌い」なんかは、昭和の人事よりもある意味さらにアナログなところに突っ込んでいくわけですが、それは結局、デジタルのツールを必要とする。デジタルな知見が進めば、アナログにも手を突っ込みやすくなる。
髙本
まさにそうだと思います。
楠木
僕は個人的には「好き嫌いテック for HR」が商売として儲かるんじゃないかと思っているわけですが、一番その需要があるのは、これまで仕事をしたことがない人。そういう人が「こんな仕事がしたい」と思って就職しても、ラーメンを食べたことがない人によるラーメン屋ランキングみたいなもので、ものすごいミスマッチが起こるのは目に見えている。
特に日本は、採用活動の中で新卒採用が占めるウェイトが多い国なので、非常にいいマーケットだと思うんです。100億円は通過点、1,000億円とは言いませんが3桁億円を射程にできる商売なんじゃないかと。――もちろん利益ベースですよ。
髙本
ははは! 楠木先生、本当に面白い発想をお持ちですよね。
日本企業にもよいところがある
楠木
ところで、HRテックでいろいろな問題が解決されて、自分ではわからなかった自身のこともデータで見れるようになると、どんどん社内の物事が改革されて会社全体の生産性が上がるじゃないですか。そうすると、さっき僕が挙げたElephant in the RoomのまさにElephant、つまり生産性の低い管理職の人が温存されるってことになりません?
髙本
(笑)。可能性はゼロじゃないですね。
楠木
ですから、どこかでElephant in the Room問題に手を突っ込まないと。
髙本
そうですよね。「わたしはこんなに頑張ってるのに、なんであんなにサボってる人があのポジションにいるんだろう?」ってみんなから思われてしまうような社員が万が一増えてしまうと、やっぱり組織風土は悪くなっていくと思います。そういう社員にはデータを示して「自分ももう少し頑張らなきゃいけないな」と、アンラーニングや意識改革の必要性に気づいてもらえるようにしていきたいと考えています。
楠木
そうしないと、もはや悪循環というか、掛け算で状態が悪くなっていきますよね。
髙本
ええ。ある意味で社内の牽制が利くように組織の透明度を上げていくこと、それが大事な時代だとも思います。
アメリカの生産性が日本より高いというデータもありますが、わたしは実態とは違うんじゃないかと思っているんですよ。いわゆる「高プロ」のホワイトカラーの労働時間なんかそこにはきっと含まれていない。おそらく彼らはホームワークをたくさんやって高額の年収を稼いでいる。データを鵜呑みしてアメリカの生産性が高いと決めつけるのは間違いだと思うんですよ。
楠木
日本の企業でいう「ぶら下がり問題」なんて、アメリカにはないわけですしね。
でも実にアメリカンな、どうしようもなく悪いところもアメリカの企業にはあって。経営トップのなかには、会社のことなんかどうでもよくて、自分さえ金儲けができればよいという人もいる。そういう人のいざとなったときの無責任さ、躊躇ないトンズラぶり、面従腹背は日本とは桁違いです。
髙本
ああ。よく聞きますよね。
楠木
どんなに日本の組織が駄目だといっても、そんな経営者はなかなか出てこないですよ。やっぱり責任感の平均値が高い。そこは日本のよいところだと思います。
髙本
逆になぜ向こうではそんな人でもトップに選ばれるのか、疑問ですよね。
楠木
いや、だから、有能だということなんですよ。機能言語だけでその人のキャリアを表すと。
髙本
なるほど。そういう悲劇を招かないためにも「好き嫌いテック」が有効だと。
楠木
ええ。ぜひ「無差別平社員化作戦」と併せて、御社にはボロ儲けしていただきたいですね。で、給料を上げてください。好循環が起きて、ますます生産性は上がります。
髙本
わかりました(笑)。先生のご提案の趣旨を、少しでも次期開発に活かしていければと思います。本日はどうもありがとうございました。
楠木 建
一橋ビジネススクール教授
1964年東京生まれ。幼少期を南アフリカで過ごす。一橋大学大学院商学研究科博士課程修了(1992)。一橋大学商学部専任講師、一橋大学商学部助教授、一橋大学イノベーション研究センター助教授、ボッコーニ大学経営大学院(イタリア・ミラノ)客員教授、一橋大学大学院国際企業戦略研究科准教授、2010年より現職。著書に『「好き嫌い」と才能』(2016、東洋経済新報社)、『好きなようにしてください:たった一つの「仕事」の原則』(2016、ダイヤモンド社)、『「好き嫌い」と経営』(2014、東洋経済新報社)、『戦略読書日記』(2013、プレジデント社)、『経営センスの論理』(2013、新潮新書)、『ストーリーとしての競争戦略:優れた戦略の条件』(2010、東洋経済新報社)などがある。
髙本真樹(たかもとまさき)
1986年、株式会社日立製作所に入社。大森ソフトウェア工場(当時)の総務部勤労課をはじめ、本社社長室秘書課、日立工場勤労部、電力・電機グループ勤労企画部、北海道支社業務企画部を経験。都市開発システム社いきいきまちづくり推進室長、株式会社 日立博愛ヒューマンサポート社社長などを経て、現在システム&サービスビジネス統括本部 人事総務本部 担当本部長を務め、人財統括本部 ヒューマンキャピタルマネジメント事業推進センタ長を兼任。全国の起業家やNPOの代表が出場する「社会イノベーター公志園」(運営事務局:特定非営利活動法人 アイ・エス・エル)では、メンターとして出場者に寄り添い共に駆け抜ける"伴走者"も務めている。
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