株式会社日立製作所 人財統括本部シニアエバンジェリスト 髙本真樹/一橋ビジネススクール教授 楠木建氏
日立は2021年4月からジョブ型雇用を導入する方針を打ち出した。今、「人に仕事を割り当てる」従来の雇用形態から「仕事に人を割り当てる」ジョブ型雇用への転換の動きが一部の企業で起きている。2021年最初のEFOビジネスレビューでは、2019年8月にも登場した日立のHRテック推進をリードする髙本真樹を迎え、ジョブ型雇用をはじめとする新しい人財マネジメントのあり方をテーマとした楠木教授との対談を4回にわたってお送りする。

日立が「ジョブ型」を採り入れる、のっぴきならない理由

髙本
楠木先生、今日もよろしくお願いします。

楠木
こちらこそよろしくお願いします。日立が2021年春にジョブ型雇用にシフトすることはニュースとしては知っていましたし、いくつかの大企業でも同様な導入の動きが出ていますが、おそらく「ジョブ型雇用」の意味するところは各社それぞれ異なるはずです。経営というものは、個別性が非常に高いですからね。今日は、日立のジョブ型雇用とはいったい何なのかを、ぜひお伺いしたいなと。そもそも、日立のような日系の大企業がジョブ型雇用の導入に踏み切るまでに、きっと外部からはわからない紆余曲折があったはずだと思うのですが。

髙本
お察しのとおりで、実はジョブ型雇用はこのコロナ禍で急に導入を決めたものではなく、コロナ禍以前から数年かけて導入の準備をしてきたものです。背景の1つは、弊社のグローバル化の本格的な進展です。今、日立の事業判断の主体は完全に、海外も含めマーケットに最も近い場所に移りつつあります。例えば、鉄道事業はもともと山口県の笠戸にある工場を主体に進めてきましたが、この10年で大きく変わり、2014年には最も市場がホットである欧州に軸足を置くべく、ロンドンに本社機能を移しています。

このように世界中に拠点やグループ会社を置き、地球規模でますます社員が行き来する時代になってきたことで、グローバルで統一された人事ルールが必要なのではないかという議論が社内で重ねられ、グループ・グローバルでの統一された人事制度への移行や人事系のプラットフォームの統一を進めてきました。その集大成として2021年春から「ジョブ型人財マネジメント」という雇用スタイルへの移行を決め、数年前から準備を進めてきていたのが実情なのです。

画像: 日立製作所 髙本真樹

日立製作所 髙本真樹

楠木
なるほど、そういうことだったのですね。ちなみに、ジョブ型の前は何型と言っていたのですか。

髙本
「メンバーシップ型」と言われていました。要するに、就“職”ではなく就”社”ですね。特に日本の製造業で多く見られた雇用のスタイルで、高度経済成長期には「速く・安く・大量に」製品をつくればある程度のシェアが取れて利益を生み出せたので、社員に同じ仕事を繰り返してもらうことで生産性が上がり、同時に経験値を活かすこともできましたから、年功序列の賃金制度もそれなりに一理あったわけです。

ただ、今のように変化の激しいVUCAの時代になると、これまでの経験がむしろ意識改革のバイアスになってしまったり、これまでの成功体験に固執して意思決定のスピードがどんどん遅くなったりという弊害が生じかねません。一番のネックは、中高年層の社員のペイ・フォー・パフォーマンスが割に合わなくなることです。でも、恵まれた待遇に安住してラクしたいと思うのは人間の基本的なサガでもありますから、そこの変化へ向けた意識改革こそが難しいところなのです。

楠木
わたしもしかりですよ、それは。

髙本
そこをどうするかが課題だと我々は捉えまして、日立は役割や職責の大きさに応じて椅子(ポスト)に値段を付ける、いわゆるグローバルグレーディング制度を導入して、賃金の下方硬直性はかなり除外されつつあります。ポストに見合う成果が出せなくなると、そのポストから外れていただきダウングレードになるケースも実際にもう出てきています。部長の人がその立場を離れたら給与が下がることだってありうる。だから別に年齢が問題ではなくて、期待される成果と報酬が合わなくなることが問題なのです。ここを放置しておくとやっぱりいつかは会社の経営が傾きますよね。

その次のステップとして、ポストに求められる役割をよりクリアにした上で、その役割を果たせる能力がある人に、年齢に関係なくその役割を担っていただく組織体への深化を図るべく、グローバルでは当たり前になっているジョブ型雇用制度への移行を決めたのです。日本以外の組織ではそういった雇用契約を社員と結んできたので、社内のグローバル化が本格的に進んだ今、日本だけローカライズするわけにもいかない。そういった経緯もありました。

組織など要らなくなってしまう、「からっから」のジョブ型

楠木
おそらく「メンバーシップ型」全盛の時代でも、それがうまくいっている会社とそうでない会社があったはずで、メンバーシップ型が駄目でジョブ型が良いという単純な二軸の話ではないですね。わたしが思うに、ジョブ型がこの先、本当にうまくいくかどうかを左右するのは、「ジョブ」をどう定義するかではないかと。そこに会社の意思がありますね。

髙本
ええ。そこに会社の意思が入っていないとうまくいかないのではないかと我々も思っています。

楠木
私見では、「からっから」のドライで形式的なジョブ型になってしまえば、組織はそもそもの存在理由を喪失すると思います。社内で飛び交っている言葉が、「〇〇の経験があります」「〇〇ができます」といった、職務経歴書に書いてあることだけ。「会計ができます。こういう資格持っています。ただ管理会計は専門外で、財務会計のスペシャリストです」。そういった情報だけで、その人がどのポストに配置されるかが決まり、財務会計に特化したKPIが会社から与えられて、達成すればこのくらいの給料がもらえる……。要するに、ジョブ・ファンクション(職務権限)。こういう会社は、求める要件を満たす人を労働市場から調達してくればいいわけで、究極的には組織の形態をとらなくても成り立ってしまう。

髙本
ご指摘のとおり、一人ひとりのジョブがあまりにはっきり区別されてしまうと、野球に例えれば「今までならだれかが拾っていた三遊間のゴロ、これからはだれが拾うのでしょうか?」といった問題がきっと発生するでしょう。

それから、ジョブ型が当たり前になっているアメリカなどの労働市場は社会にセーフティネットが張られていて、今いる会社でのジョブがなくなったらポンとスピンアウトできてまた新しい会社を探せるといった雇用の流動性を当たり前とする文化がありますが、日本も同じようになれるかというと現状ではまだまだ難しいのが実情です。日本では整理解雇の4要件(※)が法律で厳しく定められており、雇用のセーフティネットは実は大半を企業が担っているので、「君は、居場所がなくなったから退職していただきます」とは簡単に言えない。そういった矛盾も抱えながら前に進もうとしているのが、今、日立が進めようとしているジョブ型人財マネジメントの実態です。

※ ①人員整理の必要性、②解雇回避努力義務の履行、③被解雇者選定の合理性、④解雇手続の妥当性。

楠木
大事なことは、「ジョブ」の定義に労働市場の言葉ではなくその会社固有の言葉をどう入れ込むかだと思います。Aさんという社員があるポストに就くときに、上司との間で「こういう成果を出してほしい」「あなたに期待しているのはこういう役割だ」「わたしはこういうことが得意なのでこういうふうに仕事をしていきたい」といった個別的な話し合いがなされているはずです。それを横で聞いて初めて「あ、この会社で言うジョブ型ってこういうことなのか」が理解できると思うのです。

髙本
そう思います。確かにいろいろな会社がジョブ型への移行を標榜していますけれども、その点に関しては会社によっておそらく全然違う会話がなされているのが実態だと思っています。

画像1: 対談 「ジョブ型雇用」とこれからの人財マネジメント
その1 「ジョブ型雇用」の定義

楠木建(くすのきけん)

一橋ビジネススクール教授
1964年東京生まれ。幼少期を南アフリカで過ごす。一橋大学大学院商学研究科博士課程修了(1992)。一橋大学商学部専任講師、一橋大学商学部助教授、一橋大学イノベーション研究センター助教授、ボッコーニ大学経営大学院(イタリア・ミラノ)客員教授、一橋大学大学院国際企業戦略研究科准教授、2010年より現職。

著書に『逆・タイムマシン経営論』(2020,日経BP社)、『室内生活 スローで過剰な読書論』(2019、晶文社)、『すべては「好き嫌い」から始まる』(2019、文藝春秋)、『「好き嫌い」と才能』(2016、東洋経済新報社)、『好きなようにしてください:たった一つの「仕事」の原則』(2016、ダイヤモンド社)、『「好き嫌い」と経営』(2014、東洋経済新報社)、『戦略読書日記』(2013、プレジデント社)、『経営センスの論理』(2013、新潮新書)、『ストーリーとしての競争戦略:優れた戦略の条件』(2010、東洋経済新報社)などがある。

画像2: 対談 「ジョブ型雇用」とこれからの人財マネジメント
その1 「ジョブ型雇用」の定義

髙本真樹(たかもとまさき)

1986年、株式会社日立製作所に入社。大森ソフトウェア工場(当時)の総務部勤労課をはじめ、本社社長室秘書課、日立工場勤労部、電力・電機グループ勤労企画部、北海道支社業務企画部を経験。都市開発システム社いきいきまちづくり推進室長、株式会社 日立博愛ヒューマンサポート社社長などを経て、現在株式会社日立製作所人財統括本部シニアエバンジェリストを務め、ヒューマンキャピタルマネジメント事業推進センタ長を兼任。全国の起業家やNPOの代表が出場する「社会イノベーター公志園」(運営事務局:特定非営利活動法人 アイ・エス・エル)では、メンターとして出場者に寄り添い共に駆け抜ける "伴走者"も務めている。

「第2回:ジョブディスクリプションからは見えてこない『ジョブ』」はこちら>

楠木教授からのお知らせ

思うところありまして、僕の考えや意見を読者の方々に直接お伝えするクローズドな場、「楠木建の頭の中」を開設いたしました。仕事や生活の中で経験したこと・見聞きしたことから考えたことごとを配信し、読者の方々ともやり取りするコミュニティです。
この10年ほどTwitterを使ってきて、以下の3点について不便を感じていました。

・140字しか書けない
・オープンな場なので、仕事や生活経験の具体的な中身については書きにくい
・考えごとや主張をツイートすると、不特定多数の人から筋違いの攻撃を受ける

「楠木建の頭の中」は僕のTwitterの拡張版というか裏バージョンです。もう少し長く書ける「拡張版」があれば1の問題は解決しますし、クローズドな場に限定すれば2と3の不都合を気にせずに話ができます。加えて、この場であればお読みいただく方々に質問やコメントをいただき、やりとりするのも容易になります。
不定期ですが、メンバーの方々と直接話をする機会も持ちたいと思います。
ビジネスや経営に限らず、人間の世の中について考えることに興味関心をお持ちの方々のご参加をお待ちしております。DMM社のプラットフォーム(月額500円)を使っています。

お申し込みはこちらまで
https://lounge.dmm.com/detail/2069/

ご参加をお待ちしております。

楠木健の頭の中

シリーズ紹介

[特集]ポストコロナの社会とビジネス

破壊の先にある創造へ――。「グレート・リセット」後に求められる社会とビジネスのあり方を、各界の有識者の言葉から探ります。
※グレート・リセット:2021年夏に開催される予定の次回世界経済フォーラム年次総会、通称ダボス会議におけるテーマ

楠木建の「EFOビジネスレビュー」

一橋ビジネススクールの楠木教授の思考の一端を、切れ味鋭い論理を、毎週月曜日に配信。

山口周の「経営の足元を築くリベラルアーツ」

山口周氏をナビゲーターに迎え、経営者・リーダーが、自身の価値基準を持つための「リベラルアーツ」について考える。

八尋俊英の「創造者たち」~次世代ビジネスへの視点~

八尋俊英日立コンサルティング社長を導き手とし、新世代のイノベーターをゲストに社会課題の解決策や新たな社会価値のつくり方を探る。

協創の森から

社会課題の解決に向けたビジョンの共有を図る研究開発拠点『協創の森』。ここから発信される対話に耳を傾けてください。

新たな企業経営のかたち

パーパス、CSV、ESG、カスタマーサクセス、M&A、ブロックチェーン、アジャイルなど、経営戦略のキーワードをテーマに取り上げ、第一人者に話を聞く。

Key Leader's Voice

各界のビジネスリーダーに未来を創造する戦略を聞く。

経営戦略としての「働き方改革」

今後企業が持続的に成長していくために経営戦略として取り組むべき「働き方改革」。その本質に迫る。

ニューリーダーが開拓する新しい未来

新たな価値創造に挑む気鋭のニューリーダーに、その原動力と開拓する新しい未来を聞く。

日本発の経営戦略「J-CSV」の可能性

日本的経営の良さを活かしながら利益を生み出す「J-CSV」。その先進的な取り組みに迫る。

ベンチマーク・ニッポン

日本を元気にするイノベーターの、ビジョンと取り組みに迫る。

デジタル時代のマーケティング戦略

マーケティングにおける「デジタルシフト」を、いかに進めるべきか、第一人者の声や企業事例を紹介する。

私の仕事術

私たちの仕事や働き方の発想を変える、膨らませるヒントに満ちた偉才たちの仕事術を学ぶ。

EFO Salon

さまざまな分野で活躍する方からビジネスや生活における新しい気づきや価値を見出すための話を聞く。

禅のこころ

全生庵七世 平井正修住職に、こころを調え、自己と向き合う『禅のこころ』について話を聞く。

岩倉使節団が遺したもの—日本近代化への懸け橋

明治期に始まる産業振興と文明開化、日本社会の近代化に多大な影響を及ぼした岩倉使節団。産業史的な観点から、いま一度この偉業を見つめ直す。

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