※本記事は、2023年8月1日時点で書かれた内容となっています。
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戦略とは違いをつくることです。他社とのいろいろな違いを、長期利益に向けてつなげていく。これが「ストーリーとしての競争戦略」です。
いろいろな経営者から「今度こういう戦略で行こうと思う。どう思う?」と聞かれる機会があります。で、出てきた戦略なるものを見るとだいたいの場合、箇条書き大作戦になっている。商品の仕様、価格、市場導入時期、ターゲットセグメント、生産拠点、テクノロジー、販売チャネル、プロモーション方法――大切なことは全部決まっている。ですが、その一つひとつがどうつながって長期利益が生まれるのか。聞いている僕にわからない。「話になっていない」んですね。
優れた戦略は、静止画の羅列ではなく動画としてイメージできるものです。「この戦略なら儲かります」「なんで?」「他社と比べてWTPが上がるから」「なんで?」「弊社しかそのサービスを提供できないから」「なんで?」「弊社の顧客にはこういう特徴があるから」「なんで?」「弊社はこれまでこんな取り組みをしてきたから」――要素が因果関係の論理でつながっている。
戦略は組み合わせではなく、順列です。2つの違いは、時間軸が入っているかどうか。こうなると、次にこうなる――論理はつねに時間を背負っています。
戦略をつくりましょうと言うと、すぐ「シナジー」という言葉を連発する経営者がいます。「シナジーで相乗効果を追求しよう!」。こういう人を私的専門用語で「シナジーおじさん」と呼んでいます。
ビンタしてから抱きしめるのと、抱きしめてからビンタするのとでは意味が違います。順列が論理の違いをつくっているからです。ところがシナジーおじさんの場合、戦略=組み合わせなので、「ビンタ」「抱きしめる」という2つの要素の組み合わせでしか考えない。
シナジーおじさんは戦略の要素を全部箇条書きします。で、旬の「飛び道具」を探しに行く。以前「逆・タイムマシン経営論」で、「飛び道具トラップ」という「同時代性の罠」のお話をしました。新規性とか即効性がありそうなものほどトラップになる。
例えば、サブスクリプション。「これからはサブスクだ」みたいな話は、華々しい成功事例とセットです。サブスク初期の成功事例がAdobeの戦略転換です。もともとパッケージソフトの売り切り商売だったAdobeがサブスクに移行し、ユーザー数が増加。売上も上昇、利益も右肩上がり、時価総額もめでたしめでたし。さあ、これからはサブスクの時代だ――。
確かにAdobeの戦略は優れています。ですが、そもそもAdobeの商売はPhotoshopとかIllustratorといったデザインツールです。サブスクに移行するずっと前から、Adobeはその商売の強みに磨きをかけてきました。Adobeにおけるサブスクの成功は、Adobe固有の文脈、戦略ストーリーの中で起きたものです。サブスクという販売形態が優れているわけではなく、Adobeの戦略ストーリーがあっての成功なんです。
Adobeが成功した一番の要因は、粘着性の高さです。クリエイティブ業界の求人広告を見ると、「条件:Adobe Photoshopが使えること」みたいな感じでジョブが定義されています。Adobeの製品が、クリエイティブにおける“業界標準のソフトウエア”を超え、もはや“業界のインフラ”になっている。ユーザーにとってスイッチングコストが非常に高い状態をつくり上げた上で、サブスクに移っている。だから成功したんです。
当然、解約率も非常に低い。売り切りだった頃は最初に支払うお金が高額だったため、若い人の中には海賊版を使う人も多くいたはずです。サブスクになると1回に支払うお金が少なくすむので、若い人でも使える。新規顧客も獲得できて売上も伸びる――これもAdobeに固有の戦略ストーリーの中で起きたことです。
サブスクを飛び道具と捉えているシナジーおじさんの場合、戦略のストーリーを無視して、箇条書きにした要素の1つとしてサブスクに飛びつきます。これは「手段の目的化」です。放っておくと手段が目的化していく中で、本来あるべき目的と手段の関係を取り戻していく――これが本当のリーダーです。
どんな人が「飛び道具トラップ」にハマりやすいのか。1番目は、下手に情報感度が高く勉強熱心な人。2番目は、忙しい人。現象なり要素なりの背後にある文脈や論理まで目が向かない。パッと目についたものだけザッピングしていく。3番目は、せっかちな人。「すぐに成果を出したい」と考えている。ですが、すぐに役立つものほどすぐに役立たなくなる――これ、商売の鉄則です。4番目が、行き詰まっている人。飛び道具っぽいものが出てくると、一撃で局面を打開する希望の光に見えてしまい、ついつい手が出てしまう。
昨年の飛び道具界無差別級チャンピオンは「DX」でした。今年も間違いなく防衛するでしょう。
DXはもちろん大切。ただ、その目的はあくまでも長期利益の獲得です。なぜDXが重要か――今、利益を獲得する手段として非常に使い出があるからです。デジタル化するとコストが下がる。新しい売上獲得の導線ができる。WTPが上がる。単純な話です。
まずは、儲かる戦略ストーリーをつくることが経営者の役目です。そのストーリーの文脈に居続けて初めて、DXが意味を持つ。手段の1つに過ぎない「DX推進」が目的になってしまうようでは、二流経営者です。(第7回につづく)
楠木 建
一橋ビジネススクールPDS寄付講座特任教授。専攻は競争戦略。一橋大学大学院商学研究科修士課程修了。一橋大学商学部専任講師、同助教授、ボッコーニ大学経営大学院(イタリア・ミラノ)客員教授、一橋大学大学院国際企業戦略研究科助教授、同ビジネススクール教授を経て2023年から現職。有名企業の経営諮問委員や社外取締役、ポーター賞運営委員(現任)などを歴任。1964年東京都目黒区生まれ。
著書に『絶対悲観主義』(2022年,講談社+α新書)、『逆・タイムマシン経営論』(2020年,日経BP,共著)、『「仕事ができる」とはどういうことか?』(2019年,宝島社,共著)、『室内生活:スローで過剰な読書論』(2019年,晶文社)、『すべては「好き嫌い」から始まる:仕事を自由にする思考法』(2019年,文藝春秋)、『経営センスの論理』(2013年,新潮新書)、『ストーリーとしての競争戦略:優れた戦略の条件』(2010年,東洋経済新報社)ほか多数。
楠木特任教授からのお知らせ
思うところありまして、僕の考えや意見を読者の方々に直接お伝えするクローズドな場、「楠木建の頭の中」を開設いたしました。仕事や生活の中で経験したこと・見聞きしたことから考えたことごとを配信し、読者の方々ともやり取りするコミュニティです。
この10年ほどTwitterを使ってきて、以下の3点について不便を感じていました。
・140字しか書けない
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・考えごとや主張をツイートすると、不特定多数の人から筋違いの攻撃を受ける
「楠木建の頭の中」は僕のTwitterの拡張版というか裏バージョンです。もう少し長く書ける「拡張版」があれば1の問題は解決しますし、クローズドな場に限定すれば2と3の不都合を気にせずに話ができます。加えて、この場であればお読みいただく方々に質問やコメントをいただき、やりとりするのも容易になります。
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経営戦略としての「働き方改革」
今後企業が持続的に成長していくために経営戦略として取り組むべき「働き方改革」。その本質に迫る。
ニューリーダーが開拓する新しい未来
新たな価値創造に挑む気鋭のニューリーダーに、その原動力と開拓する新しい未来を聞く。
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日本的経営の良さを活かしながら利益を生み出す「J-CSV」。その先進的な取り組みに迫る。
ベンチマーク・ニッポン
日本を元気にするイノベーターの、ビジョンと取り組みに迫る。
デジタル時代のマーケティング戦略
マーケティングにおける「デジタルシフト」を、いかに進めるべきか、第一人者の声や企業事例を紹介する。
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全生庵七世 平井正修住職に、こころを調え、自己と向き合う『禅のこころ』について話を聞く。
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明治期に始まる産業振興と文明開化、日本社会の近代化に多大な影響を及ぼした岩倉使節団。産業史的な観点から、いま一度この偉業を見つめ直す。
八尋俊英の「創造者たち」~次世代ビジネスへの視点~
新世代のイノベーターをゲストに社会課題の解決策や新たな社会価値のつくり方を探る。