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一橋ビジネススクールPDS寄付講座特任教授 楠木建氏
競争戦略とは何か。意思決定とは何か。そもそも経営者が果たすべき役割とは。楠木氏が明晰な論理で喝破する。

※本記事は、2023年8月1日時点で書かれた内容となっています。

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僕は競争戦略論という分野で仕事をしています。競争戦略の本質を一言で言えば、「違いがあるから選ばれる」。競争相手に対して違いをつくる、これに尽きます。

ポイントは「違い」には違いがあるということです。2つのタイプの「違いのつくり方」があります。1つは、「どっちがベターか」という違い。どっちが品質が優れているか、リードタイムが短いか、ブランドロイヤルティが高いか――つまり、物差しがある違いです。もう1つが、「ディファレント」。例えば、男と女の違いです。「僕のほうがあなたよりも85%男性です」ということは普通、ありえません。つまり、違いを指し示す物差しがない。

経営者の役割は、ディファレントなポジションを取ることにあります。これが戦略的な意思決定の正体です。ベターなことはだれにとってもベター。ですから、物差しが見えた瞬間にいたちごっこになりがちです。長期利益のために違いをつくろうとしているのに、違いの賞味期限が短くなってしまい、せいぜい短期利益にしかならない。これがベターで違いをつくることの限界です。まずは経営者がディファレントなポジションをつくる。そのあとで、そのポジションで必要となる何かをベターにしていく。戦略的思考においてはこの順番が大切です。

戦略ストーリーの古典的傑作が、サウスウエスト航空です。1970年代の半ばにこの会社が思いついた戦略が今で言うLCCの原型となりました。その3でお話しした「WTP-C」の式に当てはめると、Low Cost Carrierというぐらいですから、サウスウエスト航空の意図した競争優位は戦略が低コストにあったことは明らかです。

ただし、です。航空業界は、コストを下げたくてしょうがない人々の集まりです。サウスウエスト航空の場合、最終的には「他社よりコストが安い」=ベターを実現したのですが、それ自体は戦略ではありません。結果です。その原因をつくっているのが戦略です。

サウスウエスト航空は、競合他社とはディファレントな活動を選択しました。ハブ空港を使わない。機体は1機種、ボーイング737しか使わない。旅行代理店に依存せず直接乗客に発券する。座席指定をしない。機内食を出さない。短距離路線しかやらない。当時、その一つひとつが競合他社とはディファレントで、そうして得たポジションが低コストをもたらしてきた。非常にハッキリとした戦略です。

当時サウスウェスト航空の経営者だったハーバート・ケレハーはさまざまな戦略的意思決定を下しました。その1個1個を見ると、「何をするか」ではなく「何をしないか」を決めている。何をしないかを決めてはじめて他社と違うポジションが明確になります。戦略的な意思決定の正体は、「何をするか」ではなくて「何をしないか」にあります。逆に、二流経営者は何をしないかの意思決定が甘い。その結果、ベターに流れるという成り行きです。

二流経営者の条件の2つ目として、「掛け声をかける」を挙げました。例えば「新しい資本主義」。これは「新しい」という形容詞に逃げています。つまり、対概念がない。「新しくない資本主義とはこういうものです」と対概念が明らかになって初めて、「こういうことはしない。だからこれをする」という意思がはっきりする。

何をしないかを決められない二流経営者が掛け声に流れるのは必然です。二流経営者は「ここをめざしていこう」という話ばかりする。これは掛け声と紙一重です。ピリッとした戦略がある人なら、こう言うはずです。我々は南にも東にも西にも行かない(つまりは、北に行くのだ)――。

あっさり言うと、戦略とはトレードオフの選択です。正しいことと間違っていることの間の選択であれば、正しいほうを取るのがイイに決まっている。事前に良し悪しを判断する物差しがあれば、そもそも意思決定や経営は要りません。本当の意味での意思決定は「良いこと」と「良いこと」のどちらを取るのかにほかなりません。

「何をしないか」を決断できない二流経営者が好きなフレーズの1つが、「一理ある」。何を聞いても「うん、一理あるな」。僕はそういう人にこう言います。「いや、人間の世の中、一理もないことなんて1つもありませんよ」――異なる理のどちらを選ぶのか。そこに経営者の仕事があります(第6回へつづく

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画像: 二流経営者の条件―その5
条件5 何をしないのか決断しない。

楠木 建
一橋ビジネススクールPDS寄付講座特任教授。専攻は競争戦略。一橋大学大学院商学研究科修士課程修了。一橋大学商学部専任講師、同助教授、ボッコーニ大学経営大学院(イタリア・ミラノ)客員教授、一橋大学大学院国際企業戦略研究科助教授、同ビジネススクール教授を経て2023年から現職。有名企業の経営諮問委員や社外取締役、ポーター賞運営委員(現任)などを歴任。1964年東京都目黒区生まれ。

著書に『絶対悲観主義』(2022年,講談社+α新書)、『逆・タイムマシン経営論』(2020年,日経BP,共著)、『「仕事ができる」とはどういうことか?』(2019年,宝島社,共著)、『室内生活:スローで過剰な読書論』(2019年,晶文社)、『すべては「好き嫌い」から始まる:仕事を自由にする思考法』(2019年,文藝春秋)、『経営センスの論理』(2013年,新潮新書)、『ストーリーとしての競争戦略:優れた戦略の条件』(2010年,東洋経済新報社)ほか多数。

楠木特任教授からのお知らせ

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・オープンな場なので、仕事や生活経験の具体的な中身については書きにくい
・考えごとや主張をツイートすると、不特定多数の人から筋違いの攻撃を受ける

「楠木建の頭の中」は僕のTwitterの拡張版というか裏バージョンです。もう少し長く書ける「拡張版」があれば1の問題は解決しますし、クローズドな場に限定すれば2と3の不都合を気にせずに話ができます。加えて、この場であればお読みいただく方々に質問やコメントをいただき、やりとりするのも容易になります。
不定期ですが、メンバーの方々と直接話をする機会も持ちたいと思います。
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