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一橋ビジネススクールPDS寄付講座特任教授 楠木建氏
二流経営者の条件4つめは、「短期バランスをとろうとする」。対極にある思考として楠木氏は、有名な『論語と算盤』を挙げる。

※本記事は、2023年8月1日時点で書かれた内容となっています。

「条件1:激動期おじさん。」はこちら>
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「条件3:SDGsバッジを着けている。」はこちら>
「条件4:短期バランスをとろうとする。」
「条件5:何をしないのか決断しない。」はこちら>
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僕は競馬を見るのがスキです。馬券は買わないのですが、応援する馬を選んで競馬中継を見る。かつて「ダノンファンタジー」という競走馬を応援していたことがあります。

ヨーロッパにダノンという会社があります。言わずと知れた食品業界の巨大企業。ダノンはSDGs、サステナビリティ、ESGにおいて、ヨーロッパの中でも特に先進的な企業として手本にされています。確かにそういう意味では優れた経営でした。ただ、2021年にエマニュエル・ファベールさんという当時のCEOが解任されているんです。理由は明確で、肝心の商売がパッとしなかったから。長期利益を伴わないSDGsやESGは結局持続しない。「ダノンファンタジー」になってしまう。

ファベールさんはダノンを解任された直後、ISSB(International Sustainability Standards Board:国際サステナビリティ基準審議会)の議長に就任しています。絶対にそっちのほうが向いていると僕は思います。ISSBはNPOです。ファベールさんにはNPOのトップとして、サステナビリティへの見識で世の中を先導していただきたい。ただ、それは企業経営とは別物です。かつて「ダノンプレミアム」という競走馬がいました。商売はつねに、プレミアムのバリューをつくっていく、プロフィットを狙っていくものです。「ダノンファンタジー」ではなく「ダノンプレミアム」でないとダメなんですね。

「いや、やっぱりマルチステークホルダーのバランスが大切だ」と言う人がいます。株主だけでなく、顧客だけでもなく、従業員、社会、サプライヤー、さまざまなステークホルダーの利益を同時に満たさなくては駄目だ――だから「バランスが必要だ」となるのが二流経営者の思考です。

日本近代資本主義の父、渋沢栄一さんが書かれた『論語と算盤』という本があります。これを誤解している人がいます。――商売=資本主義=「算盤」は、ときとして暴走してしまう。だから人間の道徳=「論語」できちんとブレーキをかけなきゃ駄目だ。「論語」と「算盤」のバランスが大切だ。渋沢さんはすでにサステナビリティの時代を予見していた――こう言う人はおそらく『論語と算盤』を読んでいないと思います。

この本で渋沢さんが言っていることは「算盤だけのヤツは欲がない」。なぜなら、道徳的な商売が一番儲かるから。もし、経営者がガッツリ長期的に儲けようと思ったならば、必然的に「論語」が出てくる――これが渋沢さんの「論語と算盤」です。バランス論ではなく長期循環の論理が語られています。

仮に、商売のステークホルダーを経営者、従業員、株主の3者に単純化して、その関係を考えてみます。商売人の中には昔から、リアリズムの人がいます。「おまえ、慈善事業じゃないんだぞ」って言うのが大好きな人。「背に腹は代えられないだろう」ってよく言う人。これがある種のリアリズムなんですが、だいたいそういう経営者は短期志向です。短期リアリズムだと、経営者と従業員と株主はつねに対立する関係になります。経営者は利益を出したい。従業員は給料よこせ。わかりやすい対立です。経営者は自分の経営の自由度を保ちたい。株主は、自社株買え、配当しろ、レバレッジかけろ――対立します。

この種の対立が起きるのは、タイムフレームが短期だからです。以前にもお話ししたように、僕は、ほとんどの問題は時間軸の取り方に帰結すると考えています。長期のリアリズムを考えたとき、ステークホルダー同士の関係はトレードオフどころかトレードオンになっていきます。経営者が長期利益を追求する。実際に儲かった。長期的には労働分配が増えるので、従業員にとっても得になる。株主にしても、経営者が儲かる商売をつくれば長期的に株価は上がり、株主にとっても利益になる。何ら対立していない。

日本は内部持ち株比率が相対的に低い国です。僕は、従業員がもっと株という形で企業から報酬をもらうべきだと思います。そうすると、従業員と株主の関係が、ある意味で重なってくる。従業員が株式の報酬を取る。株価が上がれば従業員にとっても経済的な利得がある。まさに循環です。

十分に長期で考えれば、ステークホルダー間に何のトレードオフもない。論語と算盤の間に自然と好循環が生まれる。

それもこれも起点は経営者です。経営者が儲かる商売をつくらないことには何も始まりません。世の中、放っておくとどんどん短期へ短期へとみんなが流れていきます。そうした中でだれが長期視点を回復するのか。そこに経営者の本領があり、リーダーシップの本質があります。物事を短期バランスの問題として考えているうちはまだまだ二流経営者です。(第5回へつづく

「条件5:何をしないのか決断しない。」はこちら>

画像: 二流経営者の条件―その4
条件4 短期バランスをとろうとする。

楠木 建
一橋ビジネススクールPDS寄付講座特任教授。専攻は競争戦略。一橋大学大学院商学研究科修士課程修了。一橋大学商学部専任講師、同助教授、ボッコーニ大学経営大学院(イタリア・ミラノ)客員教授、一橋大学大学院国際企業戦略研究科助教授、同ビジネススクール教授を経て2023年から現職。有名企業の経営諮問委員や社外取締役、ポーター賞運営委員(現任)などを歴任。1964年東京都目黒区生まれ。

著書に『絶対悲観主義』(2022年,講談社+α新書)、『逆・タイムマシン経営論』(2020年,日経BP,共著)、『「仕事ができる」とはどういうことか?』(2019年,宝島社,共著)、『室内生活:スローで過剰な読書論』(2019年,晶文社)、『すべては「好き嫌い」から始まる:仕事を自由にする思考法』(2019年,文藝春秋)、『経営センスの論理』(2013年,新潮新書)、『ストーリーとしての競争戦略:優れた戦略の条件』(2010年,東洋経済新報社)ほか多数。

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・オープンな場なので、仕事や生活経験の具体的な中身については書きにくい
・考えごとや主張をツイートすると、不特定多数の人から筋違いの攻撃を受ける

「楠木建の頭の中」は僕のTwitterの拡張版というか裏バージョンです。もう少し長く書ける「拡張版」があれば1の問題は解決しますし、クローズドな場に限定すれば2と3の不都合を気にせずに話ができます。加えて、この場であればお読みいただく方々に質問やコメントをいただき、やりとりするのも容易になります。
不定期ですが、メンバーの方々と直接話をする機会も持ちたいと思います。
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