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一橋ビジネススクールPDS寄付講座特任教授 楠木建氏
二流経営者の条件、8つ目は「マクロ環境他責」。夏に「暑い暑い」と言わない経営者こそ、一流である――そう語る楠木氏の真意とは。

※本記事は、2023年8月1日時点で書かれた内容となっています。

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「逆・タイムマシン経営論」でお話しした「同時代性の罠」の1つに「遠近歪曲トラップ」があります。遠いものほど良く見えて、近いものほどアラが目立つ――思考バイアスの一種です。日系企業は近くにあるので、いろいろと問題点が見えてくる。だから「日本的経営は崩壊する」と言う人が出てくる。ですが、「シリコンバレーで経営が悪い会社」の話は聞きません。実際には、ひどい経営をしている会社はいっぱいあります。つまり、物理的な距離での遠近歪曲が起きている。

時間的な距離でも遠近歪曲は起こります。昔のことほど良く見えて、今は問題が山積しているように見える。典型が人口問題です。――今、日本の国力が衰退しつつある。人口減少が諸悪の根源だ。思い返せば、人口ボーナスで追い風が吹いていた高度成長期、日本は元気だった――。

ちょっと待てよ、と。明治維新から1980年頃まで、日本最大の課題は人口増大でした。人口さえ増えなければあらゆる問題は解決し、素晴らしい国になる――百何十年もの間、これが国家的コンセンサスだったんです。国土の約7割が森林。こんなに狭い国にこんなに人がいるのは問題だとずっと言い続けてきたんです。

明治期から第二次世界大戦中までは、人口増大に対処するソリューションは移民でした。すなわち人口の移転です。国家事業として、国が全部コストを負担し、専用の移民船を神戸や横浜から出航させていました。行き先はハワイ、アメリカ本土、カナダ、ブラジルやペルー、メキシコなどの中南米、東南アジア、そして旧・満州でした。

日本の移民のやり方には世界に類例がない特徴があります。全村移民です。1つの村が丸ごと、例えばパラグアイに移住する。なぜならシンプルに、食えないから。明治維新後のとんでもない人口爆発で、村民の頭数が増えすぎて食糧が足りなくなったためです。

大正期に入ると、海外興業株式会社という会社が国の移民事業の業務代理人となります。キャッチコピーが、「さあ行かう一家をあげて南米へ」。その延長上に満州の開発があり、さらに太平洋戦争の大失敗がある。元をただせば、人口が多過ぎたことが問題でした。

戦後、「産めよ殖やせよ」の時代が終わるとGHQの指導で日本は民主化され、女性が被選挙権を持ちます。婦人解放運動家の加藤シヅエさんという方が最初の総選挙で衆議院議員となり、女性の社会進出や働き方改革を訴えます。彼女が旗印にした政策が産児制限でした。今とは真逆です。

高度成長期になると住宅難、交通戦争、受験地獄、公害という問題が出てきます。全部、人口が多過ぎることが原因。1970年代後半の一時、田中角栄の日本列島改造計画という政策が世の中から支持されていました。地方を開発して新幹線を通し、溢れかえる人口を平準化しないと、日本は破滅してしまうというわけです。

そして今、明治以来の国家的宿願であった人口減少が現実のものになりました。本来であれば人口減少祝賀国民総集会が開かれるところです。ところがいざ本当に人口が減り出すと、「人口減少が諸悪の根源だ」と言う人が出てくる。昔は良かった。人口ボーナスで市場が増大した。今、生産人口が減り、少子高齢化、市場縮小が進んでいる――。人口は減っても増えても「諸悪の根源」扱いされます。

夏になるとだれもが「暑い暑い」と言います。冬になると、同じ人が「寒い寒い」と言っている。人間、そういうものかもしれない。ですが、経営者まで一緒になって暑いの寒いの言ったってしょうがないじゃないか――これが僕の言いたいことです。

円安になると、「もう駄目だ」と言う人がいます。そういう人は多分、円高のときにも「もう駄目だ」と言っていた。

マクロ環境を問題視することは、他責です。「御社の何が問題ですか」と問われて、「経営が悪い」と答える経営者はあまりいません。

昭和の頃、ガード下の焼き鳥屋で会社や上司の悪口を言う――これ、めちゃめちゃ楽しかったんです。今それを気持ち良くやっていると、「じゃあ転職すれば?」という話になる。責任が自分に戻ってくるので、気分が悪い。その点、マクロ環境は他責性能が抜群にイイ。「日本が駄目だ」「時代が悪い」――ハタから見ると、気持ち良く思考停止しているだけです。

僕はそういう経営者にこう聞きます。「じゃあいつの時代、どこの国ならいいんですか?」。中国で企業経営するの、めちゃめちゃ大変ですよ。共産党との交渉、キツイらしいですよ。世界最大市場のアメリカならいいのでしょうか。社会は不安定で、労働市場の流動性が行き過ぎている。日本にはないような困難が待ち受けていますよ――。

冒頭でもお話ししたように「高度成長期の日本は元気だった」と言う人がいます。「本当にそう思いますか?」と。高度成長期って、ありとあらゆる矛盾が横行していた、生きにくくてしょうがない時代だったと思うんです。映画『三丁目の夕日』の登場人物が見ていないところで、今の基準からすれば結構ひどいこと――例えば、人がバンバン殴られるという理不尽が日常的にまかり通っていたはず。多くの人が自分の欲得しか考えずに行動していたわけです。

優れた経営者からすれば、全面的に良い国や時代なんかない。いつでもどこでも、「行って来い」でチャラ。夏にみんなが「暑い暑い」と言っているときに、「いや、寒くないじゃないか」。冬にみんなが「寒い寒い」と言っているときは、「少なくとも、暑くはないよね。だからこういうことができるんじゃない?」――こう言える経営者こそ一流です。(第9回へつづく

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画像: 二流経営者の条件―その8
条件8 マクロ環境他責。

楠木 建
一橋ビジネススクールPDS寄付講座特任教授。専攻は競争戦略。一橋大学大学院商学研究科修士課程修了。一橋大学商学部専任講師、同助教授、ボッコーニ大学経営大学院(イタリア・ミラノ)客員教授、一橋大学大学院国際企業戦略研究科助教授、同ビジネススクール教授を経て2023年から現職。有名企業の経営諮問委員や社外取締役、ポーター賞運営委員(現任)などを歴任。1964年東京都目黒区生まれ。

著書に『絶対悲観主義』(2022年,講談社+α新書)、『逆・タイムマシン経営論』(2020年,日経BP,共著)、『「仕事ができる」とはどういうことか?』(2019年,宝島社,共著)、『室内生活:スローで過剰な読書論』(2019年,晶文社)、『すべては「好き嫌い」から始まる:仕事を自由にする思考法』(2019年,文藝春秋)、『経営センスの論理』(2013年,新潮新書)、『ストーリーとしての競争戦略:優れた戦略の条件』(2010年,東洋経済新報社)ほか多数。

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「楠木建の頭の中」は僕のTwitterの拡張版というか裏バージョンです。もう少し長く書ける「拡張版」があれば1の問題は解決しますし、クローズドな場に限定すれば2と3の不都合を気にせずに話ができます。加えて、この場であればお読みいただく方々に質問やコメントをいただき、やりとりするのも容易になります。
不定期ですが、メンバーの方々と直接話をする機会も持ちたいと思います。
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