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一橋ビジネススクールPDS寄付講座特任教授 楠木建氏
長期エンゲージメント投資の意義と役割は、スタートアップ投資においても変わらないと喝破する楠木氏。投資に対する誤解が日本でのスタートアップの育成を妨げていると言う。

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「第5回:スタートアップの誤解。」

※本記事は、2023年5月12日時点で書かれた内容となっています。

前回までのお話は、上場企業にとっての長期エンゲージメント株主の意義と役割でした。経営者と株主の対話の重要性は、未上場企業でもまったく同じです。その典型が、スタートアップに対する投資家のエンゲージメントです。

日本取締役協会にスタートアップ委員会という組織があります。経営共創基盤 IGPIグループ会長の冨山和彦さんが委員長で、僕が副委員長を務めています。今年4月、スタートアップ委員会として「我が国のベンチャー・エコシステムの高度化に向けた提言」というレポートを発表しました。スタートアップを対象にした投資について、株主と経営者の新しい関係をつくっていくべきだという提言です。

そもそもレポートをまとめるに至った背景は、こうです。――スタートアップが日本の経済成長のエンジンとして重要だと言われている。ほかの国と比較すると、経済成長にインパクトを与えるスタートアップが日本には足りないとずっと言われ続けて現在に至っている。なぜこうした状況が続いているのか。スタートアップの経営者とその育成を支援する投資家の役割分担について、根本的な誤解があるのではないか――。

スタートアップのビジネスは不確実性が高い。だから、だれかがリスクをとる必要がある。起業家こそがリスクテイカーだというのが日本の多くの人が持っている認識です。

実際はそうではありません。本来、起業家はたいしたリスクをとっていない。やりたいことがあるから、やろうとしているだけ。本当にリスクをとっているのは投資家です。イノベーションについての論説を初めて著したJoseph Schumpeterがこう言っています――リスクをとる役割は銀行家にある。起業家が持つべきは、野心とか、独自の技術や視点とか、将来の社会に対する洞察とか、既存の産業に対する挑戦とか情熱。リスクをとるのはあくまでも資金提供者だ――。

日本では、スタートアップのビジネスとは熱狂的な情熱がドライブしていくもので、既存の体制を破壊するユニークな存在であり、何から何まで独自であるべき。スタートアップの経営者は人の言うことを聞かない、それがかっこいい――そういうイメージがあります。大間違いです。何から何まで独自だったら、投資家は相手にしてくれません。金融のエコシステムにおいては、スタートアップもまた標準的な手法を取るべきです。そうでないとリスクをとる投資家には理解されません。つまり、投資の対象となり得ない。スタートアップだからこそ、普通の金融のルールに乗ることが大切です。

かつて日本でもてはやされた、熱狂的で破天荒なイメージを世間に持たれていたスタートアップは、コンシューマー向けのアプリとか企業向けのSaaSとか、わりと軽くてローカルなサービス業が多かった。だから、従来の金融ルールに則らなくても資金を調達できた。ですが、近年世界的に注目されている代替エネルギーとか脱炭素、ヘルステック、フードテック、産業材のように、最先端の技術を使ったシリアスかつ市場がグローバルな領域では、何から何までユニークにやっていたら資金を調達できません。

グローバルマーケットで戦わなくてはいけないスタートアップをレポートでは「G型スタートアップ」と呼んでいます。日本発のG型スタートアップが世界標準のエコシステムの中に入っていくことが先決だ――こういう視点で示しています。

要するに、起業家が足りないとか、若者が挑戦しないとかいうことが一義的な問題なのではなく、株主と経営者の関係とか、スタートアップ取締役会のあり方に問題がある。

スタートアップと投資家との関係の中で改善されるべき問題はいくつもあります。異能とか異彩とかユニークとか独創とか言われる能力を持っている人材が日本に出てこい!――そう言われ続けて25年経ちます。問題はそこではなく、金融資本のエコシステムのほうにある。

「我が国のベンチャー・エコシステムの高度化に向けた提言」については、5月24日にEFOで開催した緊急オンラインイベントでもお話ししています。日本でスタートアップが育たない問題点や現状を打開するためのアイデアを、一緒にレポートを書いた富山和彦さんやSozo Ventures 共同創業者/マネージングディレクターの中村幸一郎さんとともに解説しているので、ぜひ記事を読んでみてください。

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画像: 長期エンゲージメント株主の意義と役割―その5
スタートアップの誤解。

楠木 建
一橋ビジネススクールPDS寄付講座特任教授。専攻は競争戦略。一橋大学大学院商学研究科修士課程修了。一橋大学商学部専任講師、同助教授、ボッコーニ大学経営大学院(イタリア・ミラノ)客員教授、一橋大学大学院国際企業戦略研究科助教授、同ビジネススクール教授を経て2023年から現職。有名企業の経営諮問委員や社外取締役、ポーター賞運営委員(現任)などを歴任。1964年東京都目黒区生まれ。

著書に『絶対悲観主義』(2022年,講談社+α新書)、『逆・タイムマシン経営論』(2020年,日経BP,共著)、『「仕事ができる」とはどういうことか?』(2019年,宝島社,共著)、『室内生活:スローで過剰な読書論』(2019年,晶文社)、『すべては「好き嫌い」から始まる:仕事を自由にする思考法』(2019年,文藝春秋)、『経営センスの論理』(2013年,新潮新書)、『ストーリーとしての競争戦略:優れた戦略の条件』(2010年,東洋経済新報社)ほか多数。

楠木特任教授からのお知らせ

思うところありまして、僕の考えや意見を読者の方々に直接お伝えするクローズドな場、「楠木建の頭の中」を開設いたしました。仕事や生活の中で経験したこと・見聞きしたことから考えたことごとを配信し、読者の方々ともやり取りするコミュニティです。
この10年ほどTwitterを使ってきて、以下の3点について不便を感じていました。

・140字しか書けない
・オープンな場なので、仕事や生活経験の具体的な中身については書きにくい
・考えごとや主張をツイートすると、不特定多数の人から筋違いの攻撃を受ける

「楠木建の頭の中」は僕のTwitterの拡張版というか裏バージョンです。もう少し長く書ける「拡張版」があれば1の問題は解決しますし、クローズドな場に限定すれば2と3の不都合を気にせずに話ができます。加えて、この場であればお読みいただく方々に質問やコメントをいただき、やりとりするのも容易になります。
不定期ですが、メンバーの方々と直接話をする機会も持ちたいと思います。
ビジネスや経営に限らず、人間の世の中について考えることに興味関心をお持ちの方々のご参加をお待ちしております。DMM社のプラットフォーム(月額500円)を使っています。

お申し込みはこちらまで
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ご参加をお待ちしております。

楠木健の頭の中

シリーズ紹介

楠木建の「EFOビジネスレビュー」

一橋ビジネススクール一橋ビジネススクールPDS寄付講座特任教授の楠木建氏の思考の一端を、切れ味鋭い論理を、毎週月曜日に配信。

山口周の「経営の足元を築くリベラルアーツ」

山口周氏をナビゲーターに迎え、経営者・リーダーが、自身の価値基準を持つための「リベラルアーツ」について考える。

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