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一橋ビジネススクールPDS寄付講座特任教授 楠木建氏
株主との対話が経営の規律を生むと語る楠木氏。今回は、経営者が対話すべき長期エンゲージメント株主の見極め方を提示していただく。

「第1回:規律の源泉。」はこちら>
「第2回:ターゲット株主。」
「第3回:建設的対話。」はこちら>
「第4回:みにくいアヒルから、ハクチョウへ。」はこちら>
「第5回:スタートアップの誤解。」はこちら>

※本記事は、2023年5月12日時点で書かれた内容となっています。

株主を「口うるさい厄介者」として遠ざけ、なるべくその影響を回避したい。株主との対話のゲートを自ら閉ざし、ひたすら防御の姿勢をとる――これは、企業にとっても経営者にとっても非常にもったいないことです。資本市場からの規律は確実に経営の質を上げるからです。

経営者は、株主と正面から向き合って対話すべきです。ただ、すべての株主を相手にする必要はない。「ターゲット株主」をはっきりと定めて、それを外部に対しても表明するべきです。

短期で売買を繰り返すデイ・トレーダー。短期的な利益の極大化をめざすファンド。こういう人たちは、企業の長期的なパフォーマンスや経営改革にコミットしません。ターゲット株主にはなり得ません。

このところパッシブ投資が主流になっています。特定の企業の株ではなく、市場全体を買う。インデックスファンドがその典型です。そういう株主は個別の企業の経営にはまったく関心を示しません。これもターゲットの外です。

経営者が対話すべきターゲットは、長期エンゲージメント株主です。たくさんある上場企業の中から厳選した特定の企業の株を長期的に持つことによって、リターンを獲得しようとする株主。しかも、経営者に働きかけ、対話を通じて能動的にその企業価値の向上に関わろうとする人たちです。

経営者が彼らと対話する意味は、少なくとも3つあると僕は考えています。

1つ目は岡目八目の効用です。長期エンゲージメント株主は、いろいろな業界のいろいろな経営を外から見ています。資本市場のメカニズムや投資家の生態について知悉(ちしつ※)している。自分で企業を経営していないからこそ、幅広い知識を持っている。経営者にとって補完的な知見を提供してくれます。

※ ある物事について、細かい点までことごとく知っていること。

岡目八目という意味では、外部のコンサルタントを雇うことにやや近い。ですが、長期エンゲージメント株主の場合は自分のお金を投じているので、その会社が長期利益を獲得して企業価値を上げないと損してしまう。非常に強い利害関係にあるわけです。そういう真剣な人の岡目八目は、経営に対する規律の源泉として価値があります。

2つ目は、短期志向のアクティビスト(物言う株主)から企業を守るという視点です。いまだに日本の上場企業には、アクティビストから見ると突っ込みどころ満載という会社が多い。だから防御の姿勢をとり、資本市場との対話を閉ざしてしまう――気持ちはわかりますが、買収防衛策を社内の人間だけで考えていてもあまり意味はありません。どうやったら女性にモテるかを男性だけで延々と論じているに等しい。だったら、女性に対して「どうやったらモテるの?」と聞いたほうが早い。資本市場と株主の生態をよく知っている長期エンゲージメント株主を仲間に入れたほうがよっぽど有効です。

3つ目は、経営者の長期視点の回復です。経営には、どうしても短期へと流れていってしまう「短期の誘惑」があります。その誘惑を断ち切る必要がある。

とかく、人間は短期視点に流れやすい。自分の任期や目先の四半期でなんとか苦境を乗り切ろうという短期視点に、経営者自身が陥ってしまう。近いもののほうがよく見えるし、説明できる。だから四半期決算報告がすごく大切に見えてしまう――。四半期の計画を100回繰り返したところで、長期視点を養うことができません。

将来に向けて長く儲け続けるために判断し、行動する。これが長期視点です。長期エンゲージメント株主は、長期視点から逃れられません。拠って立つロジックは複利。時間軸が長いほど複利が利き、手にするリターンが大きくなる。責任感とか倫理観ではなく、商売上、長期で考えざるを得ない。

経営者が長期エンゲージメント株主を味方に引き入れるためには、オープンな姿勢で対話を重ねていくことが大切です。投資家に使われるのではなく、使いこなす。投資家ならではの思考や技術を経営に取り込めば、経営のパフォーマンスが向上する。結果、投資家も利益を獲得できる。労働分配も進み、従業員も豊かになる。

ただ、日本の経営者には、2000年代に起きた一部のアクティビストにまつわるネガティブな記憶が刻み込まれています。海外の機関投資家が、短期で大きな利益を得ようと大暴れして、うまみをかっさらっていく。いわゆるハゲタカファンドです。そこから10年以上が経ち、さすがにそんな投資は今日の資本市場ではあまり通用しなくなっている。アクティビストの中にもターゲット株主になりうる長期投資家が相対的には増えています。

2019年、ソニーの株を買い進めていたアメリカのファンド、Third Pointが、半導体事業を分離せよという要求を経営陣に突きつけました。当時CEOを務めていた吉田憲一郎さん(※)は株主と正面から向き合いました。最終的には事業の切り離しは行わず、すべての事業を一体経営するという選択をとりました。将来を見据えた長期的な投資を、事業ごとにメリハリをつけて行うことにしたソニーは、2023年3月期に過去最高の売上高を記録します。

※ 現・ソニーグループ株式会社取締役代表執行役会長CEO

Third Pointからすれば要望がはねつけられた格好ですが、株主と経営者の対話が、経営の質を上げるという結果をもたらした。ソニーにとっても、自社の存在意義を資本市場の視点から見つめ直す機会となりました。投資家の視点を経営に取り込むことで、投資家からも評価される経営へと進化したわけです。

企業に適切な規律を継続的に与えて経営の質を改善するためには、株主が長期的に株を保有した上で、経営に関与し続ける。このスタンスが大切です。(第3回へつづく)

「第3回:建設的対話。」はこちら>

画像: 長期エンゲージメント株主の意義と役割―その2
ターゲット株主。

楠木 建
一橋ビジネススクールPDS寄付講座特任教授。専攻は競争戦略。一橋大学大学院商学研究科修士課程修了。一橋大学商学部専任講師、同助教授、ボッコーニ大学経営大学院(イタリア・ミラノ)客員教授、一橋大学大学院国際企業戦略研究科助教授、同ビジネススクール教授を経て2023年から現職。有名企業の経営諮問委員や社外取締役、ポーター賞運営委員(現任)などを歴任。1964年東京都目黒区生まれ。

著書に『絶対悲観主義』(2022年,講談社+α新書)、『逆・タイムマシン経営論』(2020年,日経BP,共著)、『「仕事ができる」とはどういうことか?』(2019年,宝島社,共著)、『室内生活:スローで過剰な読書論』(2019年,晶文社)、『すべては「好き嫌い」から始まる:仕事を自由にする思考法』(2019年,文藝春秋)、『経営センスの論理』(2013年,新潮新書)、『ストーリーとしての競争戦略:優れた戦略の条件』(2010年,東洋経済新報社)ほか多数。

楠木特任教授からのお知らせ

思うところありまして、僕の考えや意見を読者の方々に直接お伝えするクローズドな場、「楠木建の頭の中」を開設いたしました。仕事や生活の中で経験したこと・見聞きしたことから考えたことごとを配信し、読者の方々ともやり取りするコミュニティです。
この10年ほどTwitterを使ってきて、以下の3点について不便を感じていました。

・140字しか書けない
・オープンな場なので、仕事や生活経験の具体的な中身については書きにくい
・考えごとや主張をツイートすると、不特定多数の人から筋違いの攻撃を受ける

「楠木建の頭の中」は僕のTwitterの拡張版というか裏バージョンです。もう少し長く書ける「拡張版」があれば1の問題は解決しますし、クローズドな場に限定すれば2と3の不都合を気にせずに話ができます。加えて、この場であればお読みいただく方々に質問やコメントをいただき、やりとりするのも容易になります。
不定期ですが、メンバーの方々と直接話をする機会も持ちたいと思います。
ビジネスや経営に限らず、人間の世の中について考えることに興味関心をお持ちの方々のご参加をお待ちしております。DMM社のプラットフォーム(月額500円)を使っています。

お申し込みはこちらまで
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ご参加をお待ちしております。

楠木健の頭の中

シリーズ紹介

楠木建の「EFOビジネスレビュー」

一橋ビジネススクール一橋ビジネススクールPDS寄付講座特任教授の楠木建氏の思考の一端を、切れ味鋭い論理を、毎週月曜日に配信。

山口周の「経営の足元を築くリベラルアーツ」

山口周氏をナビゲーターに迎え、経営者・リーダーが、自身の価値基準を持つための「リベラルアーツ」について考える。

協創の森から

社会課題の解決に向けたビジョンの共有を図る研究開発拠点『協創の森』。ここから発信される対話に耳を傾けてください。

新たな企業経営のかたち

パーパス、CSV、ESG、カスタマーサクセス、M&A、ブロックチェーン、アジャイルなど、経営戦略のキーワードをテーマに取り上げ、第一人者に話を聞く。

Key Leader's Voice

各界のビジネスリーダーに未来を創造する戦略を聞く。

経営戦略としての「働き方改革」

今後企業が持続的に成長していくために経営戦略として取り組むべき「働き方改革」。その本質に迫る。

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新たな価値創造に挑む気鋭のニューリーダーに、その原動力と開拓する新しい未来を聞く。

日本発の経営戦略「J-CSV」の可能性

日本的経営の良さを活かしながら利益を生み出す「J-CSV」。その先進的な取り組みに迫る。

ベンチマーク・ニッポン

日本を元気にするイノベーターの、ビジョンと取り組みに迫る。

デジタル時代のマーケティング戦略

マーケティングにおける「デジタルシフト」を、いかに進めるべきか、第一人者の声や企業事例を紹介する。

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私たちの仕事や働き方の発想を変える、膨らませるヒントに満ちた偉才たちの仕事術を学ぶ。

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さまざまな分野で活躍する方からビジネスや生活における新しい気づきや価値を見出すための話を聞く。

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全生庵七世 平井正修住職に、こころを調え、自己と向き合う『禅のこころ』について話を聞く。

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明治期に始まる産業振興と文明開化、日本社会の近代化に多大な影響を及ぼした岩倉使節団。産業史的な観点から、いま一度この偉業を見つめ直す。

八尋俊英の「創造者たち」~次世代ビジネスへの視点~

新世代のイノベーターをゲストに社会課題の解決策や新たな社会価値のつくり方を探る。

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