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株式会社 日立製作所 フェロー兼未来投資本部ハピネスプロジェクトリーダ/株式会社 ハピネスプラネット 代表取締役 CEO 矢野和男
著書『予測不能な時代』において、現代社会が直面する問題について「前向きな処方箋」を提案している、日立製作所フェローの矢野和男。インタビューの2回目は、多くの人々が誤解している、「幸せ」の本質について、最新の知見をエビデンスとともに紹介する。

「第1回:『予測不能な時代』に、いままでの常識を捨てるべき」はこちら>
「第2回:幸せとは『楽でゆるい状態』ではない」
「第3回:幸せな集団に見られる『FINE』とは」はこちら>
「第4回:個人と組織にとっての幸せの本質とは」はこちら>
「第5回:仕事は複利計算を意識する」はこちら>
「第6回:『易』をベースに、ウェルビーイングな1日をつくりだす」はこちら>

「幸せ」には2つの側面がある

この20年あまりのポジティブ心理学や、ポジティブな組織行動の研究により、予測不能な変化の中での人や組織のよりよい状態に関して重要な発見がありました。実は、幸せと仕事や健康のあいだにある因果関係は、従来の常識を覆すものだったのです。

その発見の話をする前に、そもそも「幸せ」とは何なのかについて説明しましょう。「幸せ」という言葉は、曖昧でいろいろな意味に使われています。その中でも、大きく分けて2つの側面があります。1つは、「幸せ」という望ましい状態になるための手段です。「子どもを抱いているときが一番幸せ」「気の合う人との会食が幸せ」「一心不乱に楽器を演奏する時が幸せ」……などは、幸せというよい状態の実現のために有効な手段です。こうした手段は、無限にあり、人によっても異なります。

そして、2つ目の側面は、われわれが「幸せ」という望ましい状態になった結果、経験する身体的変化に関わるものです。「子どもを抱く」など望ましいことを行うと、私たちの身体には生化学反応が起きます。血液は全身を巡っていますが、大事な発生源はかなりの部分、内臓で起きています。この主に内臓で起きている生化学反応が客観的な、しかも普遍的な「幸せ」の実態です。それを脳が感知して、安心や喜びのような感情として私たちの意識の上に乗ってきます。ですから地球の裏側でも、うれしいときには笑ったり、悲しいときは泣いたりすることも同じです。旧石器時代に大体いまと同じ人類になったとされていますが、そこで確立された人間の反応の積み重ねを経て今のわれわれがいるのです。人類が、熾烈な生き残りをかけた進化の中で生存確率を上げるために獲得した生化学的なメカニズムによる最も重要な反応のひとつが「幸せ」なのです。

画像: 「幸せ」には2つの側面がある

「仕事がうまくいくと幸せ」はまちがい

従来から信じられてきたのは、「仕事がうまくいくと幸せになる」「成功したら幸せになれる」「健康だと幸せになりやすい」というものです。そう思っている人は多いでしょう。ですが、それはどれも間違っていることがわかってきました。因果関係がぜんぶ逆だったのです。

つまり、「幸せだから、仕事がうまくいく」のです。幸せにより生産性や、創造性が高くなり、「幸せだと、病気になりにくく、もしなっても治りやすい」のです。幸せだと感じている人は、仕事のパフォーマンスが高いことが明らかになっています。具体的にいえば、幸せな人の生産性は30%程度高くて、創造性では3倍も高いという、データに基づいたエビデンスがあります。さらに幸せな人は、健康で長寿で、離婚率も低く、離職もしにくいのです。そして、幸せな人が多い会社は、そうでない会社よりも、1株当たりの利益が18%も高いのです。

画像: 「仕事がうまくいくと幸せ」はまちがい

そこで導き出された結論とは、その人が幸せであるかどうかが、仕事の成否に決定的な影響を与えるということです。予測不能な変化の中では、ビジネスパーソンのこれからの仕事は、大きな目的やミッションにこだわり、絶えざる実験と学習を通して道を見つけ、既存のルールや計画を乗り越えることが求められます。そこには大きなエネルギーが必要です。また、あなたを阻止する人も現れるでしょう。そんな人たちと対峙するにも、精神的なエネルギーが必要です。それらのエネルギーの原資となるのが「幸せ」なのです。「いや、それでもビジネスの世界や実社会は競争も激しいし、ノルマもあれば株価も気にしなければいけないし、“幸せ”のような楽しいものではない」と疑問を持つ人もいます。これこそがまちがっています。

幸せは訓練で身につけることができるスキル

幸せはビジネスとは関係ないと思っている人は、幸せを「楽でゆるい状態」だと思っています。そうした考えこそ、すべての誤解の元です。これまでの研究とデータで裏付けられた幸せの本質とは、「前向きなこと」です。積極性を持って仕事に取り組んでいることが幸せなのです。逆に、前向きさを失った人は、周囲や未来に対して不信感や、不安、懐疑心を抱いている、後ろ向きの状態です。それが不幸な状態です。

そして、前向きに働いている人と、後ろ向きに働いている人を比較して、どちらが、仕事がうまくいくか?健康でいられるか?前向きな前者のほうが有利なのは当たり前の話ですよね。すべての誤解のもとは、「幸せ=楽でゆるい状態」という勘違いだったのです。

さらに、データの蓄積によって以下のような事実が浮かび上がってきました。幸せで生産的な集団の特徴は、前向きな人が、周りをも前向きにしていること。自分も周りも幸せな状態をつくっていることです。一方、不幸せで生産的でない集団の特徴は、前向きな人が、周りを後ろ向きにしていることです。幸せは、前向きな状態ですが、周囲との関係性が大変重要なのです。

これまでの研究から幸せについて4つのことがわかっています。
(1)幸せは、生産性や創造性を高め、心身を健康にし、離職を防ぎ、株価を高める。
(2)幸せとは、楽な状態ではなく、前向きな状態である。反対に不幸せは、後ろ向きの状態である。
(3)幸せは、訓練で身につけられるスキルである。
(4)幸せは、テクノロジーで計測して、改善できる。

画像: 幸せは訓練で身につけることができるスキル

特に、3番目については驚かれる方も多いと思います。「幸せ」とは、スキルとして身につけることができるのか、と。多くの研究で検証されていることですが、「幸せはスキル」であり、練習をすれば誰でも自動車が運転できるように、訓練で身につけられるスキルです。ですから、「私は後ろ向きな性格なので」とか、「周りに後ろ向きな人が多いので」とおっしゃるような人は、単に練習不足にすぎないのです。そこで私は、前向きさというスキルを日々の仕事や人生の中で高めるための訓練の場を、デジタルを通じて提供しています。

では、どのような形で幸せな集団が作られるのかを、次の回で説明をしたいと思います。(第3回へつづく)

「第3回:幸せな集団に見られる『FINE』とは」はこちら>

画像: 「予測不能な時代」に求められる新たな処方箋とは
【第2回】幸せとは「楽でゆるい状態」ではない

矢野 和男(やの・かずお)
1959年、山形県酒田市生まれ。1984年、早稲田大学大学院で修士課程を修了し日立製作所に入社。同社の中央研究所にて半導体研究に携わり、1993年、単一電子メモリの室温動作に世界で初めて成功する。同年、博士号(工学)を取得。2004年から、世界に先駆けて人や社会のビッグデータ収集・活用の研究に着手。著書に『データの見えざる手 ウェアラブルセンサが明かす人間・組織・社会』(2014年)、『予測不能の時代 データが明かす新たな生き方、企業、そして幸せ』(2021年)。論文被引用件数は4,500件にのぼり、特許出願は350件超。東京工業大学 情報理工学院 特定教授。

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