「第1回:因習と本性。」はこちら>
「第2回:リアルの価値の再発見。」はこちら>

※本記事は、2020年10月2日時点で書かれた内容となっています。

リモートワークになったことで、さまざまなデジタルテクノロジーが仕事や生活に入ってきました。しかしそのテクノロジー自体は以前からあったものばかりです。つまり、供給は変わっていないけれども、需要側での普及が一気に前倒しされたということです。従来の「因習」で普及が進まなかった技術が一気に広まり、DX(デジタルトランスフォーメーション)が進んだというのは、コロナの最大の恩恵だと思います。

行政などの公的なサービスでなかなかデジタル化が進まなかった一つの理由(というか建前)は、デジタル技術を使える人と使えない人がいるので公平なサービスがむずかしいという、俗にいう「デジタルデバイド」にありました。

これは、二重の意味で間違えていると思うんです。ひとつは、単純に「リモートでもいいですよ」という選択肢を増やせばいい。選択肢を増やすことは、サービスを提供する側も受ける側もメリットがあります。

もうひとつは、デジタルデバイドというのは、よほどの高齢者でない限り今の日本で生きている人であれば大きな問題ではないはずです。デジタルのツールやテクノロジーは、誰でも使えるということを最大の目標に開発されています。もちろん慣れ親しんでいない人はいるでしょうが、やればそう難しいことではない。スマホなら指先を動かすだけ、パソコンならマウスをクリックするだけ、こういう時代になってきているわけですから。

ひと昔前であれば、パソコンが使えるとかデジタルなコミュニケーションができるというのは、ちょっとしたスキルでした。テクノロジーというのは、つくづくスキルをコモディティ化するものです。スキルを持っているだけでは価値にならないことを実感します。

リモートワークになってくると、いよいよその人の仕事の価値はスキルではなく、センスによって左右されるようになってきます。スキルの大きな特徴は、極大化、最大化を志向することにあります。タイプライティングは、1分間に打てる文字数が多ければ多いほどいい。一方でセンスは、最適化を目的とします。つまり“maximization”ではなくて“optimization”。リモートワークという文脈でいいますと、リモートとリアルの見極め、これはセンスが問われるところだと思います。

パソコンが普及してきて、みんながパソコンのワープロソフトで文章を書くようになりました。インターネットが出てきて、ありとあらゆる文字情報が手軽に手に入るようになりました。その結果、人々の文章を書く能力が著しく劣化した。それは当たり前で、パソコンがあり、ネットがあり、コピー&ペーストし放題ということになりますと、人間の「本性」として楽をしてサクッと書くようになってしまいます。

情報の受け手である読者も、デジタルメディアの情報はつまらなければすぐにクリックして別のページに行けるので、じっくり文章を読む機会は減る一方です。最近のスマートフォンになると、限られた面積のモニターで隙間時間に見ることになるので、書くほうも文章を練り上げようとはしないし、読むほうもそれを求めてはいない。この悪循環で、どんどん文章の質が下がっていくという現象が起きています。

これと同じように、人間のコミュニケーションがリモートになっていくと、直接生身の人間同士で会ったときのリアルなコミュニケーション能力は、これから相当劣化していくのではないかと思います。リアルなコミュニケーションが得意な人の価値は、どんどん上がっていくように思います。リモートには効率の点で非常に優れた面が多々あります。これをうまく使いながら、ここ一番というときにがっちりとリアルなコミュニケーションがとれる人。そういうセンスが、これからの仕事の価値になっていくのではないでしょうか。

また、リモートが広まることで僕が懸念するのは、人間洞察です。もし経営にとってもっとも大切なものを1つだけ挙げろという無茶な質問をされたら、僕が即答するのは人間洞察です。リモートワークというのは、直接・間接、意識的・無意識のうちに人間の人間に対する洞察能力を毀損するものです。「リアルなコミュニケーション」と同じように、「人間洞察のセンス」は仕事をする上で今まで以上に大きな価値を持つようになっていくのではないかと思います。

画像: リモートワーク雑感-その3
リモートのトレードオフ。

楠木 建

一橋ビジネススクール教授
1964年東京生まれ。幼少期を南アフリカで過ごす。一橋大学大学院商学研究科博士課程修了(1992)。一橋大学商学部専任講師、一橋大学商学部助教授、一橋大学イノベーション研究センター助教授、ボッコーニ大学経営大学院(イタリア・ミラノ)客員教授、一橋大学大学院国際企業戦略研究科准教授、2010年より現職。
著書に『室内生活 スローで過剰な読書論』(2019、晶文社)、『すべては「好き嫌い」から始まる』(2019、文藝春秋)、『「好き嫌い」と才能』(2016、東洋経済新報社)、『好きなようにしてください:たった一つの「仕事」の原則』(2016、ダイヤモンド社)、『「好き嫌い」と経営』(2014、東洋経済新報社)、『戦略読書日記』(2013、プレジデント社)、『経営センスの論理』(2013、新潮新書)、『ストーリーとしての競争戦略:優れた戦略の条件』(2010、東洋経済新報社)などがある。

「第4回:リモートは形容詞。」はこちら>

楠木教授からのお知らせ

思うところありまして、僕の考えや意見を読者の方々に直接お伝えするクローズドな場、「楠木建の頭の中」を開設いたしました。仕事や生活の中で経験したこと・見聞きしたことから考えたことごとを配信し、読者の方々ともやり取りするコミュニティです。
この10年ほどTwitterを使ってきて、以下の3点について不便を感じていました。

・140字しか書けない
・オープンな場なので、仕事や生活経験の具体的な中身については書きにくい
・考えごとや主張をツイートすると、不特定多数の人から筋違いの攻撃を受ける

「楠木建の頭の中」は僕のTwitterの拡張版というか裏バージョンです。もう少し長く書ける「拡張版」があれば1の問題は解決しますし、クローズドな場に限定すれば2と3の不都合を気にせずに話ができます。加えて、この場であればお読みいただく方々に質問やコメントをいただき、やりとりするのも容易になります。
不定期ですが、メンバーの方々と直接話をする機会も持ちたいと思います。
ビジネスや経営に限らず、人間の世の中について考えることに興味関心をお持ちの方々のご参加をお待ちしております。DMM社のプラットフォーム(月額500円)を使っています。

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ご参加をお待ちしております。

楠木健の頭の中

シリーズ紹介

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破壊の先にある創造へ――。「グレート・リセット」後に求められる社会とビジネスのあり方を、各界の有識者の言葉から探ります。
※グレート・リセット:2021年夏に開催される予定の次回世界経済フォーラム年次総会、通称ダボス会議におけるテーマ

楠木建の「EFOビジネスレビュー」

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山口周の「経営の足元を築くリベラルアーツ」

山口周氏をナビゲーターに迎え、経営者・リーダーが、自身の価値基準を持つための「リベラルアーツ」について考える。

八尋俊英の「創造者たち」~次世代ビジネスへの視点~

八尋俊英日立コンサルティング社長を導き手とし、新世代のイノベーターをゲストに社会課題の解決策や新たな社会価値のつくり方を探る。

新たな企業経営のかたち

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経営戦略としての「働き方改革」

今後企業が持続的に成長していくために経営戦略として取り組むべき「働き方改革」。その本質に迫る。

ニューリーダーが開拓する新しい未来

新たな価値創造に挑む気鋭のニューリーダーに、その原動力と開拓する新しい未来を聞く。

日本発の経営戦略「J-CSV」の可能性

日本的経営の良さを活かしながら利益を生み出す「J-CSV」。その先進的な取り組みに迫る。

ベンチマーク・ニッポン

日本を元気にするイノベーターの、ビジョンと取り組みに迫る。

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マーケティングにおける「デジタルシフト」を、いかに進めるべきか、第一人者の声や企業事例を紹介する。

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全生庵七世 平井正修住職に、こころを調え、自己と向き合う『禅のこころ』について話を聞く。

岩倉使節団が遺したもの—日本近代化への懸け橋

明治期に始まる産業振興と文明開化、日本社会の近代化に多大な影響を及ぼした岩倉使節団。産業史的な観点から、いま一度この偉業を見つめ直す。

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