「第1回:因習と本性。」はこちら>
「第2回:リアルの価値の再発見。」はこちら>
「第3回:リモートのトレードオフ。」はこちら>

※本記事は、2020年10月2日時点で書かれた内容となっています。

コロナの感染が広がる以前に話題になっていたAI(artificial intelligence)。AIのAというのは形容詞であって、主語はIです。人間の仕事がなくなるといったAの話題ばかりになっているのですが、形容詞の前に人間の知能とは何かを考えるのが先決なのではないか、と思っていました。

人工知能の研究者である松田雄馬さんの『人工知能はなぜ椅子に座れないのか』という本があります。松田さんは「AIというのは人間の知能とはそもそも何なのか、その本質を考え直す機会を提供してくれるものだ」と言います。まったくその通りです。

彼の本で知ったのは、AIという概念が出てきたごくごく初期に、アメリカの哲学者のジョン・サールという人が、「強いAI」と「弱いAI」という議論をしていたということです。「強いAI」というのは、われわれが漠然とイメージするAIで、人間に取って代わるような存在です。つまり、人工知能自体が意図や意思、目的意識や自己認識、極端にいえば精神を持つ、それが「強いAI」です。「弱いAI」というのは、あくまでも人間がやることをサポートする存在だという分類をした哲学者がいた。

結論としては、「強いAI」というのは実際のところはないということです。AIが出現して、AIという鏡を通してみると、意図や目的、自己認識、精神といったものこそ、もともとの知能の本質であるということが分かってきた。AIが出てきたことで、人間の知能を考え直す機会が生まれたということなのです。

これはリモートワークについてもあてはまると思います。昨今のリモートワークの話題は、「リモート」という形容詞ばかりが注目を集めるわけですが、これはそもそもワークとは何だろう、仕事の本質とは何かを考え直す機会なのではないか。

仕事というのは、自分以外の誰かに価値を提供してはじめて仕事になるわけです。自分のためではなく、誰かの役に立ってこそ仕事である。そうした仕事の価値について、リモートワークはあらためて考える機会を提供してくれていると思います。

僕もそうなのですが、仕事の話になると、今自分がやっている仕事を前提にしてしまいがちです。リモートワークというとオフィスワーカーを思い浮かべる人が多い。リモートワークの議論を熱心にしたがる人の多くはオフィスワーカーでしょう。

しかし最近のコロナで注目されている医療従事者は、リモートワークでは仕事にならない。工事現場で仕事をしている人、工場の生産現場で仕事をしている人、われわれの生活のインフラを支えている物流で仕事をしている人、お店で仕事をしている人たちというのは、もともとリモートでは仕事が成立しません。極端な例だと、「リモートワークの消防士」では火は消せない。あるいはリモートの警察官が常駐している交番とか…。当たり前ですが、リモートでは仕事にならない仕事というのは世の中にすごく多いわけです。これからはリモートワークだと言われたときに、その範疇に入る仕事というのは、世の中の仕事の何割ぐらいなのか。僕を含めたオフィスワーカーがイメージしているより、ずっと小さいのではないかと思います。

考えてみれば、完全にリモートで完結する職業というのは、実際にはほとんどないのではないでしょうか。あるとしたら、小説家とか、フリーランスのソフトウェアエンジニアとか、かなり限定された仕事だと思いますが、この人たちはコロナのずっと前からもともと「リモート」なわけです。

前にもお話したように、僕の仕事は極端にリモートワークと親和性が高い。一人で部屋の中で考えたり書いたりしているのが大半ですから、リアルもリモートも変わらない。それが、僕が若い頃から希求してきた仕事です。もともと組織の中でうまく機能できない、チームワークまっぴらごめんという人間が、一人でできる仕事を追い求めた結果として今の僕があります。

こういう仕事は例外的です。組織に属するオフィスワーカーは、みんなでアイデアを出し合ったり、チームでお互いを補い合ったりしているのでしょう。僕の仕事と比較すると、人間同士のインタラクションで生まれる価値こそが肝であり、知的な仕事というのはとりわけそういう面があると思います。

僕の想像するこれからの変化でいいますと、オフィスワーカーの新しいカテゴリーみたいなものが出てくるかもしれません。これまでもオフィスワーカーは、総合職と一般職というカテゴリー分けがありましたし、金融機関などではフロントオフィスとバックオフィスといったカテゴリー分けがありました。同じように、リアル職とリモート職というカテゴリーが出てきて、これが労働市場のボキャブラリー――求人広告とかで使われる言葉――になるかもしれません。「リアル職募集」とか、「この仕事はリモート率70%です」とか、何かそういうことになっていくような気がします。

リモートワーク雑感ということで今感じていることを話してきましたが、言いたいことは、リモートワークの最大の意味は、自分のこれまでの仕事をあらためて再考する機会を提供していることにあるということです。リアルからリモートになったことで、自分が提供できる価値にどれだけ差が出たのか。それを考えると、自分の仕事の価値の本質が見えてくるはずです。「リモートワークをうまくやるためには」といった話が盛んですが、このせっかくの機会に、ぜひ一度立ち止まってご自身の仕事の価値の正体について、お考えになることをお勧めします。

画像: リモートワーク雑感-その4
リモートは形容詞。

楠木 建

一橋ビジネススクール教授
1964年東京生まれ。幼少期を南アフリカで過ごす。一橋大学大学院商学研究科博士課程修了(1992)。一橋大学商学部専任講師、一橋大学商学部助教授、一橋大学イノベーション研究センター助教授、ボッコーニ大学経営大学院(イタリア・ミラノ)客員教授、一橋大学大学院国際企業戦略研究科准教授、2010年より現職。
著書に『室内生活 スローで過剰な読書論』(2019、晶文社)、『すべては「好き嫌い」から始まる』(2019、文藝春秋)、『「好き嫌い」と才能』(2016、東洋経済新報社)、『好きなようにしてください:たった一つの「仕事」の原則』(2016、ダイヤモンド社)、『「好き嫌い」と経営』(2014、東洋経済新報社)、『戦略読書日記』(2013、プレジデント社)、『経営センスの論理』(2013、新潮新書)、『ストーリーとしての競争戦略:優れた戦略の条件』(2010、東洋経済新報社)などがある。

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思うところありまして、僕の考えや意見を読者の方々に直接お伝えするクローズドな場、「楠木建の頭の中」を開設いたしました。仕事や生活の中で経験したこと・見聞きしたことから考えたことごとを配信し、読者の方々ともやり取りするコミュニティです。
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八尋俊英日立コンサルティング社長を導き手とし、新世代のイノベーターをゲストに社会課題の解決策や新たな社会価値のつくり方を探る。

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