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※本記事は、2020年10月2日時点で書かれた内容となっています。

面倒は避けたい、楽をしたいというのが人間の本性ですから、リモート化はどんどん加速していきます。そこで気づいたことは、リモートとリアル、この見極めが大切だということです。

リモートがいいかリアルがいいか、その仕分けの基準というのは人によって違うと思いますが、ごく公式的、事務的な会議というのはどう考えてもリモートが良いと思います。僕の場合でいうと、大学の教授会のようなミーティングは、リモートという選択肢ができて本当にありがたい。

仕事を進める上で必要な普通のミーティングはどうなのか。これも最近分かってきたことですが、先方がちょっと説明をしておきたいとか、こちらから事前に説明をしておきたいという、どちらかがどちらかへ一方向的な話をするミーティングであれば、これはリモートでそれほど不都合はありません。リアルでなくても、損なわれるものは少ない。

しかし、もう少しインタラクティブなやりとりが必要なミーティングは、リアルのほうがいいと思うようになりました。双方向のやりとりになってくると、リモートは「効率」はいいのですが、「効果」のロスが大きくなるというのが僕の実感です。

例えばメディアの取材というのは、大体僕からお話をすることになるので、インタラクティブ性がそれほど高いわけではないのですが、リモートでやるとこちらの頭が回りにくいんです。そこに実在する人、インタビューをする相手がいる場合といない場合を比べると、どうも脳の動きがリモートだと緩くなるみたいなのです。

実際に対面でやった場合と比較すると、結果としてできあがった記事のクオリティーも落ちているという感覚があります。たぶん、取材されるメディアの方々もそういう実感をお持ちなのか、最近は「できればリアルでお願いします」という依頼が増えてきています。

講義や講演に関しては、これまで散々リモートを経験した結果、断然リアルのほうがいいというのが結論です。リモートで講義や講演をするようになってすぐに分かったのは、長時間だとものすごく疲れるということです。疲れるどころか、はじめの頃は気分が悪くなるということも経験しました。リモートでずっと画面を見ながら一生懸命に講義や講演をするというのは、人間としてかなり不自然な行為なのでしょう。

リモートの場合、頭の疲労だけではなく、相手からの反応がないということも決定的な問題だと思います。今年7月16日、約4か月ぶりにリアルで講演を行う機会がありました。僕のキャリアの中で、こんなに長い間人前で話をしなかったことはなかったのですが、実際に講演してみて、目の前に聞いてくれる人がいるということが、こんなにありがたいものなのかということを痛感しました。

ビジネススクールの講義も、僕の教えているEMBAのプログラムでは、新年度の9月から教室でリアルな講義ができるようになりました。体を動かす量というか消費するカロリーでいえば、当然リアルでの講義のほうがずっと大きくなるわけで、久々にやってぐったりと疲れましたが、この疲れが非常に心地良く感じました。

僕はファーストリテイリングのお手伝いもしています。その中で、年に2回『ファーストリテイリング・コンベンション』というマネジャー層全員を集めて行われる大きなイベントがあります。場所も横浜みなとみらい大ホールという大きな会場に数千人が集まり、そのステージでいろいろな方と議論をしたり、ディスカッションのファシリテーションをしています。今年の3月はリアルでは開催できず、事前収録したものを流すという形になりました。これが9月のイベントは、人数こそ絞られましたがいつものホールで実際に開催されました。この時も、自分のフィールドに戻ってきたという実感がありまして、リアルの良さというものをあらためて感じました。

「実演」の中で、おそらくいちばんリモートに向いてないのは音楽コンサートだと思います。クラシックが好きな人がずっとコンサートに行けなくて、久しぶりにコンサートホールで生のオーケストラの演奏を聴いた時、最初の音が流れてきた空気の感じ、もうそれだけで涙が出たそうです。やっぱりこういうものは、リアルで体験しないと本来の価値が伝わらないのかなと思います。

音楽コンサートほどではないにしても、講義や講演にもそれと似た面がありまして、リモートでもツールを使えばインタラクティブなディスカッションはできますが、久しぶりにリアルな講義や講演をやってみると、ディスカッションの乗りがまったく違うわけです。たぶんこれは、どんなにモニターの性能が上がったり、一覧性が上がったり、音声その他のインタラクティブ性が上がっても解決されない問題でしょう。

僕のこうしたリモートワークの雑感は、あくまでも供給側からの話です。それに対して、受け手の人たちはどう思っているのか。便利だし、移動もしなくていいし、もうリモートでいいです。わざわざ来るまでもない、リモートでやってくれ、ということになれば、結局自分の提供価値がその程度のものだったということです。僕の仕事にどれぐらいの価値があるのか、このコロナ禍のリモートワークであらためて試されているような気がしています。

画像: リモートワーク雑感-その2
リアルの価値の再発見。

楠木 建

一橋ビジネススクール教授
1964年東京生まれ。幼少期を南アフリカで過ごす。一橋大学大学院商学研究科博士課程修了(1992)。一橋大学商学部専任講師、一橋大学商学部助教授、一橋大学イノベーション研究センター助教授、ボッコーニ大学経営大学院(イタリア・ミラノ)客員教授、一橋大学大学院国際企業戦略研究科准教授、2010年より現職。
著書に『室内生活 スローで過剰な読書論』(2019、晶文社)、『すべては「好き嫌い」から始まる』(2019、文藝春秋)、『「好き嫌い」と才能』(2016、東洋経済新報社)、『好きなようにしてください:たった一つの「仕事」の原則』(2016、ダイヤモンド社)、『「好き嫌い」と経営』(2014、東洋経済新報社)、『戦略読書日記』(2013、プレジデント社)、『経営センスの論理』(2013、新潮新書)、『ストーリーとしての競争戦略:優れた戦略の条件』(2010、東洋経済新報社)などがある。

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楠木教授からのお知らせ

思うところありまして、僕の考えや意見を読者の方々に直接お伝えするクローズドな場、「楠木建の頭の中」を開設いたしました。仕事や生活の中で経験したこと・見聞きしたことから考えたことごとを配信し、読者の方々ともやり取りするコミュニティです。
この10年ほどTwitterを使ってきて、以下の3点について不便を感じていました。

・140字しか書けない
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・考えごとや主張をツイートすると、不特定多数の人から筋違いの攻撃を受ける

「楠木建の頭の中」は僕のTwitterの拡張版というか裏バージョンです。もう少し長く書ける「拡張版」があれば1の問題は解決しますし、クローズドな場に限定すれば2と3の不都合を気にせずに話ができます。加えて、この場であればお読みいただく方々に質問やコメントをいただき、やりとりするのも容易になります。
不定期ですが、メンバーの方々と直接話をする機会も持ちたいと思います。
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楠木健の頭の中

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※グレート・リセット:2021年夏に開催される予定の次回世界経済フォーラム年次総会、通称ダボス会議におけるテーマ

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八尋俊英日立コンサルティング社長を導き手とし、新世代のイノベーターをゲストに社会課題の解決策や新たな社会価値のつくり方を探る。

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岩倉使節団が遺したもの—日本近代化への懸け橋

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