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※本記事は、2020年5月12日時点で書かれた内容となっています。

コロナ騒動を契機に、テレワークやオンライン・ミーティングといった「デジタルシフトの前倒し」が起きると、ITリテラシーがないシニア層と、そういうものを難なく使いこなせる若年層との “デジタルデバイド”といったことを言う人が必ず出てくるのですが、「ばかも休み休み言え」と言いたい。今のITツールは「リテラシー」というほど上等でたいそうなものではもはやありません。

例えば僕が学生の頃は、相関係数をひとつ計算するためにわざわざ大学の電算機センターに行って、自分でプログラムを書かなければなりませんでした。今のITツールというのは、異様に簡単かつ簡便になっています。PCやスマホで指先を上下左右させて、ボタンを押すだけ。これを「リテラシー」というのはリテラシーに失礼です。

僕はオンライン会議やオンライン講義ではZoomというソフトを使っています。使い方はきわめてシンプルにして簡単。単なる慣れの問題で、慣れてしまえば電話をかけるのと大差ない。リテラシーと言うほどのものではありません。

ご多分に漏れず、僕もこのところ、講義や会議はほとんどすべてオンラインでやっています。講義について言えば、僕の教えている大学院はコロナ騒動の何年も前から講義の一部をZoomでやっていました。大学に「デジタルスタジオ」というものがありまして、以前からそこでオンライン講義をしていましたが、現在は「大学に来るな」ということになっています。家からZoomを使って遠隔で講義をやっているわけですが、使ってみると確かに便利ですし、まずまず以前と同様に講義ができます。ですが、もし「これからは全部オンラインで済ませましょう」ということになると、これはこれで人間の能力をスポイルするような気がしています。

この四半世紀、パソコンやインターネットが普及するようになって、僕が痛切に感じていることがあります。それは人間の文章を書く能力の著しい劣化です。仕事柄、文章を書くことを職業にしている人とお会いすることがあるわけですが、インターネットが普及してからの傾向として、びっくりするほど文章の下手な人が増えているという気がしています。例えば、取材でライターという人とよく仕事をするのですが、出てくる文章を見ると「よくこれで、プロとしてやっていけるな」と驚くことが少なくない。

僕にしても自分の考えや研究を文章に書いて人に届けるという仕事をしているので、明瞭かつ分かりやすい文章を書くというのは大げさに言えば死活問題です。アスリートが足腰を鍛えるのと同じで、仕事の基盤を支える能力として自分なりに鍛錬してきたつもりですが、50年前だったら、僕ごときの文章能力では絶対にプロとして通用しなかったのではないかと思っています。

僕が文章を書く仕事を今もやらせてもらっているのは、一面では、世間一般の文章力が劣化したおかげかもしれません。インターネットとパソコンの両横綱が現れてから、メディアは紙の時代とは比較にならないほど大量の記事や情報を出すことが求められます。供給サイドはとにかくばんばんと書かなければならない。一方の需要サイドはどうかというと、隙間時間にスマホでささっと読むだけ。この両輪を回しているうちに、コピペで「サクッと仕上げる」というのが普通になってしまった。そこにはもはや、文章を練ろう、文章力を鍛えようという意思がありません。

こうなってくると、文章というアウトプットだけではなく、そこに至る思考の中身も希薄になります。インプットとアウトプットはバラバラに存在するわけではありません。じっくり考えずにいきなり書く。そもそも考えていることの質が低い。当然のことながら、文章もユルユルになる。インターネットとパソコンは大変に便利なものですが、その反面でこうした悪循環をもたらした。これは間違いないことだと思います。

コロナ騒動を契機に対人コミュニケーションがオンラインにシフトしていくと、これと似た現象が起きるのではないかと思っています。「在宅でもできる」ということと、「質の高い仕事をする」ということは、別の問題です。もちろん、仕事がオンラインになることでいろいろ効率が良くなる面はあります。しかし、それは投入する時間が減るという分母の話に過ぎません。分子に相当する仕事の質、アウトプットの質が上がるという効果と、デジタル化による効率はとりあえず別問題だということです。

オフラインでいい仕事ができない人が、オンラインになって突然できるようになるということはありません。逆に、オフラインで有能な人がオンラインになって途端に無力化するということもありません。オンラインかオフラインかは手段の相違でありまして、どちらの手段を採るかにかかわらず、できる人とできない人がいるというだけの話です。オンライン化で仕事が上手くいかないという人は、もともと仕事ができない人なのです。

言うまでもなく、騒動が収束した時に「今後は全部オンラインでひとつよろしく」ということにはならないでしょう。ここ一番ではリアルに会って話をした方がいいに決まっていますし、僕の仕事である大学での講義や講演でも、オフラインの価値というのは依然として残るでしょう。もし、こうした僕の仕事がオンラインに移行してまったく問題なしということであれば、それは僕の仕事にそもそもその程度の価値しかなかったということです。

程度問題としては、オフラインからオンラインへの移行は相当に進んでいくでしょう。しかしその結果、しばらく前のデジタル化による文章能力の劣化と同じような成り行きで、人間の対人コミュニケーション能力の平均的な水準が低下していく。そうなると、対面でのリアルなコミュニケーション能力を持っている人は以前よりも希少になり、その価値はますます上がっていく。いよいよリアルな対人コミュニケーションの力がものを言うようになると思います。

画像: コロナ雑感-その4
リアルな対人コミュニケーションがますます重要になる。

楠木 建

一橋ビジネススクール教授
1964年東京生まれ。幼少期を南アフリカで過ごす。一橋大学大学院商学研究科博士課程修了(1992)。一橋大学商学部専任講師、一橋大学商学部助教授、一橋大学イノベーション研究センター助教授、ボッコーニ大学経営大学院(イタリア・ミラノ)客員教授、一橋大学大学院国際企業戦略研究科准教授、2010年より現職。
著書に『室内生活 スローで過剰な読書論』(2019、晶文社)、『すべては「好き嫌い」から始まる』(2019、文藝春秋)、『「好き嫌い」と才能』(2016、東洋経済新報社)、『好きなようにしてください:たった一つの「仕事」の原則』(2016、ダイヤモンド社)、『「好き嫌い」と経営』(2014、東洋経済新報社)、『戦略読書日記』(2013、プレジデント社)、『経営センスの論理』(2013、新潮新書)、『ストーリーとしての競争戦略:優れた戦略の条件』(2010、東洋経済新報社)などがある。

楠木教授からのお知らせ

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日本を元気にするイノベーターの、ビジョンと取り組みに迫る。

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