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※本記事は、2020年5月12日時点で書かれた内容となっています。

どんな不幸にも、「不幸中の幸い」というものがあります。コロナの場合、なによりも殺傷力がそれほど深刻ではないということ。これは不幸中の大きな幸いです。これについては前回話しました。この他にもいくつか「不幸中の幸い」があります。

第1に、新型コロナウイルスは戦争とは違って破壊の意思を持っていません。連中からしてみると、粛々とウイルス活動をしているだけ。われわれをやっつけてやれとか殺してやれという気持ちはありません。確かめたわけではありませんが、おそらく連中は何も考えていないと思います。

つまり戦争と比べれば、だいぶマシな相手です。コロナを戦争のメタファーで理解するのは基本的に間違っていると思います。戦争には、双方に敵をやっつけよう、敵軍を殲滅しようという人間の意思があります。コロナより人間の方が怖い。太平洋戦争末期の空襲と比べれば、今の状況ははるかにマシであると思います。

僕はこういうコロナのような出来事があると、かならず「もっと大変な時に、人間はどうしていたのだろう」という視点で、本を読んで歴史を知るようにしています。太平洋戦争の空襲下の人間の日記を読むと、どれだけ今は楽なのだろうという気持ちになります。ペストやスペイン風邪のときに同時代の人々が書いたものを読むと、とても勉強になります。

コントロールできることが疫病の場合には限られるわけですが、それでも幾つかできることはあります。しかも、そのできることは非常に単純で簡単です。つまり、3密を避けるとか、手を洗うとか、マスクをつけるといった誰でもできることです。これが第2の「不幸中の幸い」です。

これが戦争や自然災害ということになると、やらなければいけないことが桁違いに大変になります。不要不急の外出を避け、家で静かにしていることが求められているのですが、これは考えてみるとありがたいことです。「緊急事態宣言」というと、言葉づらはおっかないのですが、実際に何をやっているかというと、家で静かにしている。緊急事態ではありますが、僕はこうやってのんきにEFOビジネスレビューの文章を書いているわけです。これほど不要不急の活動はないといってもいい。地震や津波だとどうでしょうか。原稿を書いている場合ではありません。

第3に、コロナ禍はいつかは終わる。今の時点でいつかはわかりませんが、でもいつかは終わる。騒動の始まりを起点に、時間は刻々と経過している。これは確たる事実です。つまり、敵であるコロナウイルスについての情報なり知識が、時間の経過とともに飛躍的に増えていくということです。

自然災害の場合には、時間の経過がリスクを増大させます。時間が経つほど、どんどん悪くなっていくという面がある。ところが、コロナにとって時間は「リスク」ではなく「クスリ」です。いずれは最終的なソリューションであるワクチンが開発される。ドイツのメルケル首相が言っているように、すべてはそれまでの時間稼ぎのためにあります。

これからさまざまな国で、コロナの感染抑止と経済活動の再開とのバランスをめぐる試行錯誤が行われるでしょう。その一つひとつが貴重な実験になります。成果や結果を共有することで時間の経過とともに有効なアクションが絞り込まれていくはずです。

第4の「不幸中の幸い」は、コロナは地球上のほぼあらゆる人々に降り掛かっている災厄であるということです。戦争や地震のように、国や地域での局所性がない。局所的な地震や津波が起きた場合、何でよりによって自分が住んでいる所で……と考えざるを得ない。直撃された人たちの心理的な傷は非常に深いと思います。僕は今、スカイマークという航空会社の社外取締役をやっています。航空業界は大変なことになっているわけですが、スカイマークだけが大変なのではありません。みんなが同じように大変なのです。コロナを他人事として済ませられる人はいません。局所的な災厄と比べれば、人間の心理としてはまだ受け止めやすい。

この点でも、コロナは戦争とは違います。コロナという共通の敵の前では、連合国も枢軸国もありません。戦争とか外交的な紛争とか、最近だと米中貿易戦争とか、こういう問題と比べても、コロナの前ではみな平等。平時の人間社会は諍いが絶えませんが、こういう状況になるとグローバルな協調、一致団結がやりやすいはずです。

昔から国連を批判する言葉として、「世界政府なんていうものが本当に機能するとしたら、宇宙人が地球に攻め込んできた時しかない」というものがありますが、今回図らずも、それに近似した状況が生まれているのです。こういう性質の災厄というのはあまりないと思います。

例えばワクチンの開発です。これこそ本当にグローバルな一致団結が期待できるところだと思います。これを今話している時点でいえば、例によって二大大国の中国とアメリカとの間で外交衝突が起き始めました。「中国がコロナをまき散らした」と言うアメリカに、中国は政治的自己正当化で対抗するわけですけれども、実にバカバカしい。せっかく「宇宙人」が攻めてきてくれたのです。この状況をテコにして、いろいろな外交的な紛争問題を改善していくという可能性があります。悪化していた日韓関係を改善するなら、今こそチャンスです。

画像: コロナ雑感-その2
コロナの「不幸中の幸い」。

楠木 建

一橋ビジネススクール教授
1964年東京生まれ。幼少期を南アフリカで過ごす。一橋大学大学院商学研究科博士課程修了(1992)。一橋大学商学部専任講師、一橋大学商学部助教授、一橋大学イノベーション研究センター助教授、ボッコーニ大学経営大学院(イタリア・ミラノ)客員教授、一橋大学大学院国際企業戦略研究科准教授、2010年より現職。
著書に『室内生活 スローで過剰な読書論』(2019、晶文社)、『すべては「好き嫌い」から始まる』(2019、文藝春秋)、『「好き嫌い」と才能』(2016、東洋経済新報社)、『好きなようにしてください:たった一つの「仕事」の原則』(2016、ダイヤモンド社)、『「好き嫌い」と経営』(2014、東洋経済新報社)、『戦略読書日記』(2013、プレジデント社)、『経営センスの論理』(2013、新潮新書)、『ストーリーとしての競争戦略:優れた戦略の条件』(2010、東洋経済新報社)などがある。

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