実はM&A好きな日本人
ーー日本企業の経営者がM&Aに慣れていないのは、企業を売り買いするという行為が、日本人の気質や文化にそぐわないといった側面があるからなのでしょうか?
服部
「敵対買収などは日本企業のカルチャーに合わない」と言う方がいますが、その意見には賛成できません。狩猟民族の欧米人と農耕民族の日本人とでは、M&Aに対する捉え方が違うといった意見もありますが、それも文化人類学的に見て間違いだと思います。詳しくは説明しませんが、すべての人類はもともと狩猟民族だったわけで、その説は当てはまらないでしょう。
実際に、戦前の日本人はM&A好きだったんですよ。大手財閥の形成過程に買収は不可欠でしたし、なかにはかなり無理をしてM&Aを推し進めたケースもありました。確かに、戦後、財閥が解体され、50〜60年ほどM&Aが不活発だったので、勘を取り戻すためのトレーニングは必要ですが、M&Aが日本人の心根に合わないとは思いません。
現時点でも、日本人はかなりM&A好きです。とりわけ、買いのM&Aが大好きです。現在も、海外企業買収ブームに沸いている状況です。M&Aによるグローバル展開のための千載一隅のチャンスを迎えていると言ってもいいでしょう(図1)。
アメリカのM&Aの歴史
ーー日本と欧米企業では、M&Aの経験にかなり差があるようですが、そもそもM&Aはどのようにして始まったのでしょうか?
服部
世界で最初にM&Aの波が起こったのは、19世紀末から20 世紀初頭にかけてのアメリカです。石油業界や鉄鋼業界などで、水平統合により競争相手を吸収した巨大企業がいくつも誕生しました。
しかし、マーケットシェア90%などという企業が各業界に存在していては、市場の機能を正常に維持できません。こうして、1890年には、反トラスト法(独占禁止法)の中心的な法律である「シャーマン法」が、1914年には「クレイトン法」が制定され、一企業による独占が禁止されました。
1920年代、再びアメリカでM&Aブームが起こります。独占がダメなら寡占ならいいだろうということで、業界内の統廃合が行われたのです。100社以上あった自動車メーカーが、ゼネラルモーターズ、フォード、クライスラー、アメリカン・モーターズの4社に絞られたのもこの時期です。
1929年の大恐慌、第二次世界大戦を経て、三度目のブームが到来したのは1960年代です。このときのM&Aのキーワードは多角化です。実は、企業戦略の方向性として、「選択と集中」と「多角化」は、つねに交互にブームとなってきた歴史がありますが、多角化の場合はおおむね失敗に終わっています。
富の源泉としてのM&Aが加速
服部
その後、M&Aは1980年代には、キャッシュ(現金)を多く保有した企業を狙って、実質的にはほとんどプレミアムを払わずに買う強圧的な買収が、LBO(Leveraged Buy-Out:M&Aの形態の一つで、借入金を活用した企業・事業買収)によってさかんに行われるようになりました。書籍やテレビ映画などで有名になった『Barbarians at the Gate』(ブライアン・バロー/ジョン・ヘルヤー著、邦題『野蛮な来訪者』)は、当時、市場最高額でRJRナビスコが買収された話がモデルとなっています。
そして迎えた2000年代は、ネットバブルで沸きました。当時は「ドットコム(.com)」と名がつく企業なら、どんな企業でも高値が付いたと言ってもいいほどです。ちなみに、M&Aの極意に、俗に言う「霞には霞で対抗する」という手法があります。つまりバブルで高値になった企業の買収では、やはり高値になっている自社の株式と交換する(株式交換を行う)のが得策であり、そうしたM&Aが多数行われたのです。日本でも1999年の改正商法で株式交換が認められるようになりました。
また、ちょうどこの時期に、欧州の通貨統合(ユーロ誕生)が重なったことで、欧州域内でのM&Aも増加し、2000年には、M&A市場は全世界で3.3兆ドルにも増大しました。
ネットバブルとは直接関係ありませんが、日本のバブル崩壊後の金融不況で多くの事業会社が外資を含めて多数買われたり、メガバンクの経営統合が相次いだりした1999年が日本のM&A元年といえます(日本をターゲットとしたM&Aの急増)。
ネットバブルが崩壊した後は、ブームの間隔が短くなり、2007〜2008年には第二次LBOブームが到来。日本で初めてLBOブームが起きたのもこの頃です。第二次LBOブームの2007年頃から、日本企業は、バブル経済期、ネットバブル期に続く第三次アウトバウンド買収ブームに沸いている状況です。
日本のM&Aは買いばかりなのが問題
ーー日本企業のM&Aで失敗が多いのは、高値づかみをしているからではないかという説もあります。
服部
実は、そうではないと思います。図2は、日本企業(青色)と、海外企業(オレンジ色)がそれぞれ、自国以外の会社を買った場合(クロスボーダーM&A)の、買収プレミアムの年間平均(パーセント)です。
オレンジの海外企業による案件は1,800件強、青の日本企業の案件は250件強と母数に違いはありますが、1998年〜2017年で平均の差に統計的有意差があるのは2回だけです。そのうち1回はオレンジ(海外)、もう1回は青(日本)ということで、平均的に見ると、実は日本企業は高値づかみなどしていないことがわかります。
たとえば、日本の高値づかみの例としてよく、1988年にブリヂストンが米タイヤメーカー大手のファイアストンを約150%の買収プレミアムで買収した事例が挙げられます。しかし、このときすでにアメリカの自動車産業はゼロ成長の時代に突入していました。一方、ブリヂストンは海外展開による成長を目論んでいた。だから、ブリヂストンにとっては、決して高い買い物ではなかったのです。その後、紆余曲折ありましたが、ブリヂストンは現在、タイヤ業界売り上げで世界1位を誇っています。
では、日本のM&Aの何が問題なのか。それは端的に言って、買いばかりをしている点です。第1回で申し上げたように、売りのM&Aはノーリスクです。本来は、リスクのない売りで“リハビリ”をしなければならないのに、日本企業はなぜか、ハイリスクな買いばかりを実施したがる。実施する以上は、買収プレミアムの分を取り返せるだけの確固たる自信を持って臨まなければ、成功は期待できません。
(取材・文=田井中麻都佳/写真=秋山由樹)
服部暢達
早稲田大学大学院経営管理研究科客員教授、慶應義塾大学大学院経営管理研究科特任教授。服部暢達事務所代表取締役。1981年、東京大学工学部卒業、日産自動車に入社。1989年、マサチューセッツ工科大学(MIT)スローンスクール経営学修士課程修了。1989年、ゴールドマン・サックス証券に入社、ニューヨーク、東京に勤務。1998年から2003年までマネージング・ディレクターとして日本におけるM&Aアドバイザリー業務を統括。現在、ファーストリテイリング、博報堂DYホールディングスなどの社外取締役を務める。著書に『日本のM&A 理論と事例研究』『実践M&Aハンドブック』『ゴールドマン・サックスM&A戦記』(日経BP社)など多数。
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