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早稲田大学大学院 経営管理研究科 客員教授 服部暢達氏
近年、上場企業では、国内ビジネスの縮小により、M&Aへの取り組みが非常に活発になっている。自社の成長をマーケットと約束する中期経営計画にも、前提として織り込まれるケースが多い。しかしながら、日本企業が手がけた多くのM&Aで、思うような成果が出ていないのが実情だ。『ゴールドマン・サックスM&A戦記』の著者で、早稲田大学大学院経営管理研究科客員教授の服部暢達氏に成功へ導くためのアドバイスを伺った。

戦略的M&Aなくして成長なし

ーーなぜ、日本企業のM&Aはうまくいかないのか、成功するためにはどうすればいいのか、本日は、ゴールドマン・サックスでM&Aのアドバイザーを務めてこられた服部さんに成功へ導くためのアドバイスを伺いたいと思います。

服部
いまや、M&Aは企業経営者にとっては日常です。日常でなければ、企業の経営者は務まらないと言ってもいい。ただし、勘違いしてはならないのは、M&Aというのは成長のための戦略における「選択肢の一つ」だということ。つまり、絶対にやらなければならないものではないのです。相対的に有利な選択肢として目の前に出現したら取り組む、というスタンスで臨むべきでしょう。つまり、経営者自らが、戦略として、能動的に相手企業の株価を日々チェックしながら、虎視眈々と好機を狙うべきものと言えます。

ですから、買うべき企業のメドも立っていないのに、あらかじめM&Aの予算を3,000億円計上しましたなどというのは、おかしなことです。そもそも会社が売りに出ることは滅多にないし、M&Aの対価は対象企業の内容と、買収後に生み出せる価値によって決まるものです。つまり、予算ありきのM&Aなどあり得ません。ましてや、突然、外資の投資銀行に「この会社が売りに出ていますが、買いませんか?」などと言われて、その場で初めて考えて買うなどは、大変まずい判断です。

残念ながら、日本企業の経営者の多くがM&Aに熟達しているとは言えません。実際に、M&Aの成功確率はおおむね5割と言われていますが、日本企業のM&Aの成功確率はそれよりかなり低い。とくにクロスボーダー(国内企業と海外企業)のM&Aの多くが失敗に終わっています。

画像: 戦略的M&Aなくして成長なし

失敗の原因はさまざまですが、一つには戦略が明確でないことが挙げられます。戦略がないから、一度動き出すと、途中で断念する勇気を持てないまま進めてしまう。また、買収しておきながら、経営権を掌握しないのも大きな問題です。双方の文化のギャップを甘く見て失敗してしまったケースも少なくありません。

M&Aを成功に導くためには、まずM&Aの本質をよく知る必要があるのです。

買いのM&Aは「負け」から始まる

ーー服部さんご自身はM&Aをどのようなものと捉えていらっしゃいますか?

服部
私は、M&Aを「企業の株主価値増大をめざして実行される会社支配権の移動」と定義づけています。つまり、M&Aの目的とは、「株主価値の増大」であり、その結果、現象として「支配権が移動」します。

株主価値の増大が難しいのは、通常、「買収プレミアム」といって、上場会社を買収する場合に、その会社の直前の時価総額に対して、数十パーセントのプレミアムをつけるためです。ケースバイケースですが、たとえば、100億円の企業で40%の買収プレミアムを上乗せした場合、140億円で売買されます。

したがって、売り手であれば、M&Aが成立すれば、買収プレミアムを受け取り、その場でIRR(Internal Rate of Return:内部収益率)が確定して終了します。つまり、ノーリスクなのです。

一方、買い手は、何社も買収に手を挙げる中で通常は一番高いプレミアムを払う企業に決まるため、もっとも高いリスクを負うことになります。つまり、買い手は買収プレミアム分の負けからスタートするわけです。そう考えると、本来は、「私なら、140億円で買った企業を、たとえば170億円の企業にできる」という確固たる自信がなければ、買収に手を挙げるべきではないことがわかるでしょう。

買収プレミアムを支払ったにもかかわらず、これまでと全く同じ財務予想をベースに経営していたのでは、支払ったプレミアム分だけ、自社の株主価値は確実に減少してしまいます。したがって、買い手にとっては、買収プレミアムを上回る価値をいかに生み出すかが最大の課題になります。

画像: 買いのM&Aは「負け」から始まる

勝ちのストーリーを描けるかどうか

服部
M&Aを成功させるためには、事前に「勝ちのストーリー」を描けることが極めて重要です。そのためには、その事業のことをつぶさに知っていなければならない。自社とまったく無関係の事業で勝ちのストーリーを描くことは困難でしょう。

逆に勝ちのストーリーが描けるのであれば、垂直統合だろうが水平統合だろうが、つまり、バリューチェーンの川下または川上への拡大をめざして統合・買収しようが、同一の製品やサービスを提供する企業同士のM&Aだろうが、それはどちらでもかまわないと思います。

ちなみに、成功しているM&Aは、30秒ほどで戦略上のシナジー(相乗効果)が説明できる案件が多い。たとえば、第二電電(DDI)、国際電信電話(KDD)、日本移動通信(IDO)の三社統合(2000年)のシナジーは、地域ごとに分かれて持っていた地域免許を統合し、共通する使用周波数800MHzで、全国の通信事業を一社で展開することにありました。これにより、すでに全国一社展開を開始していたNTTドコモに対抗できるだけの組織づくりに成功したのです。

逆に言えば、資料を30枚も見せながら、1時間かけて説明しなければならないようなシナジーはうまくいきません。単純明快な勝ちのストーリーによる戦略的なM&Aでなければ、追ってはならないということです。

(取材・文=田井中麻都佳/写真=秋山由樹)

画像: M&Aを成功に導くために
【第1回】企業経営にとってM&Aは日常

服部暢達
早稲田大学大学院経営管理研究科客員教授、慶應義塾大学大学院経営管理研究科特任教授。服部暢達事務所代表取締役。1981年、東京大学工学部卒業、日産自動車に入社。1989年、マサチューセッツ工科大学(MIT)スローンスクール経営学修士課程修了。1989年、ゴールドマン・サックス証券に入社、ニューヨーク、東京に勤務。1998年から2003年までマネージング・ディレクターとして日本におけるM&Aアドバイザリー業務を統括。現在、ファーストリテイリング、博報堂DYホールディングスなどの社外取締役を務める。著書に『日本のM&A 理論と事例研究』『実践M&Aハンドブック』『ゴールドマン・サックスM&A戦記』(日経BP社)など多数。

「第2回:日本のM&Aに成功事例が少ない理由」はこちら>

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