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女性活躍は成長のエンジン
ーー御社では、働き方改革を含めたダイバーシティを成長力とする企業をめざして、特に女性活躍とワークライフバランス(充実ライフ)に力を注がれていますね。
江木
現在の経営体制がスタートしたばかりの2010年当時、課長、部長、本部長に占める女性の比率は5.9%でした。人数にするとたったの11人。会長の松本がその状況を見て、“この会社は一世紀遅れている”と。もちろんダイバーシティというのは女性が活躍するだけではないのですが、当社は男女比率がほぼ半々ですから、普通にみんなが活躍していたら管理職の半分は女性がいてもいいはずですが、全然足りていないわけですね。そこで、2010年にダイバーシティ委員会を立ち上げ、この委員会を中心に多様性を活かす組織・風土づくりを進めるために、まずは女性の活躍推進を最優先課題としてダイバーシティ&インクルージョンに取り組んできました。2017年現在、女性管理職比率は24.3%、人数にして66人です。これを今後2%ずつ上げていくということで、2020年には30%まで高めたいと考えています。人数的には大体毎年7~8人ずつ増やしていく予定です。66人のうち3分の1がワーキングマザーで、なかには時短勤務の女性管理職もいます。ちなみに、女性管理職自身が「AGN(アネゴネットワーク)」という横断的なネットワークを立ち上げ、カルビー全社の女性管理職を対象に経営幹部が参加する勉強会や情報共有会をしていて、こうした輪も広がっています。
ーー全従業員が、家庭と仕事を両立するための支援の充実が不可欠ですね。
江木
当社では、育児や介護など避けて通れないライフイベントで就業が困難になったり、いままで通り働けなくなったりした人の活躍やキャリアアップの障害にならないような制度改革を進めています。その考え方の基本は、頑張りたい人、頑張っている人を支援することと、育児休業、育児短時間勤務、配偶者出産時休暇などからできれば早く戻って活躍してほしいということです。ずっと休業するよりもできるだけ早く戻ってきて、どんな形でも仕事に参加して欲しい。それから、やむを得ず退職を選択した人が再び働けるようになったときのために門戸を広げておく仕組みもあります。これらは2015年に家庭と仕事の両立支援の充実ということで発表した制度になります。
早く帰ってきてくれてありがとう感謝金
ーー何か具体的な制度の例を紹介していただけますか。
江木
ちょっと長い名前ですが、私的には気に入っているのが、「早く帰ってきてくれてありがとう感謝金」という制度です。当社では子どもが2歳の誕生日までお休みを取れますが、一年以内に職場復帰した人には月々幾ばくかの支援金を出しています。そういうわけで“早く帰ってきてね”という制度にしていまして、非常に分かりやすくて、リリースしたらすぐに何人かが手を挙げてくれて、活用が拡がっています。
ーー面白くて、分かりやすいネーミングですね。
江木
私は人事に来る前はマーケティング部門にいましたので、サービスを提供する相手がコンシューマーから従業員に変わっただけのような気がしていて。“その気にさせて思わず買わせちゃう”じゃないですが、“思わず乗っちゃう、チャレンジしちゃう”という気にさせるのが大事だと思っています。その点、仕掛けをするという意味では人事もマーケティングと本当によく似ているなあと常々思っています。ですから、こういったネーミングも、普段まじめと思われている人事担当が集まって、ああでもないこうでもないって、それこそ大まじめで面白い名前を考えているわけです。
ーー出産後に職場復帰する女性の割合はどれくらいですか。
江木
2015年では97%を超えていて、ほとんどの女性が辞めていません。これは新体制になる以前から、育児休業とか育児金の制度が法令の範囲を超えていたことにも一因があると思います。もちろん精神的なサポートとして、育児休業している間も定期的に上司と面談する制度を設けています。これは会社としても、従業員の家庭環境や健康状態を把握することができ、職場復帰してくれるかどうかの陣立ての算段につながるんですね。制度だけではなく、一人ひとりのキャリアを分断しないように運用面でもきめ細かくやっていくことが重要だと考えています。
充実ライフのためのキャリア形成支援
ーーワークライフバランス(充実ライフ)についての考え方も伺いたいのですが。
江木
端的にいえば、会社で大残業をして家には寝に帰るだけの人は成長しないという考え方ですね。効率的に仕事を終わらせて早く家に帰り、自分の健康に投資したり、家族と暖かい時間を過ごしたり、ネットワークを拡げたり、いろいろな教養を深めたりすることで、充実したライフを手に入れてはじめて成長するという考え方です。
ーーどのような制度でサポートされているんですか。
江木
たとえば、自己啓発支援制度もその一つです。この制度は年に2回(上期/下期)実施され、通信教育コース、通学コース、オンラインコースなど全200コース以上の研修メニューから自分で必要なものを選択し、半年間で修了した人には費用の半額を会社が補助するというものです。正社員でも、有期雇用でも、直雇用者であれば全員に権利があります。ただ、その自己啓発プログラムは仕事中ではなく、仕事が終わってから家などでやってくださいという形にしています。
ーーどれくらいの方が活用されているんですか。
江木
まだまだ、2割弱といったところです。働き方改革というのは何かメリットがあればすぐに反応するというものでもありませんし、特にカルチャーというのはそんなに簡単には変えられないということを痛感しています。ですが、この制度に関係なく自身で学ぶなど自己啓発を行っている人も多いので、会社の制度を上手く活用してもらいたいと思います。
公正な人事に向けたチャレンジ制度
ーーキャリアアップについてもユニークな制度があるそうですね。
江木
はい。たとえば、「社員チャレンジ」という制度もその一つですね。年に一度、有期雇用社員が社員をめざすものです。今年も2月に本社で面接しましたが、有期雇用社員が自費で学校に行って資格を取り、成果を上げたという事例が複数ありました。社員もうかうかしていられないと思い、非常に嬉しかったですね。当社には、いま有期雇用社員が1,700人くらいいますが、毎年20人くらいが社員チャレンジで社員に登用されています。
ーー社員のキャリアアップについてはどのようになっていますか。
江木
公正な人事・処遇のためのオープンな登用というのが基本ですから、先ほどお話したC&Aの実績による書類選考と本部長などを前にした自身のプレゼンテーションを行う面接をベースに、キャリアアップに挑戦できるようになっています。これが「役職チャレンジ」という制度で、大卒者が入社4年目に新しいキャリアをめざす4年目チャレンジ、新しい職種、たとえば営業からマーケティングへの横異動をめざす仕事チャレンジ、課長が部長をめざす課長チャレンジ、部長が本部長をめざす部長チャレンジなどがあります。ちなみに、新卒採用者向けには、入社前に本部長に対して自身が会社でチャレンジしたいことなどをプレゼンテーションし、本部長が自部門にきてほしい人財を指名する「新卒ドラフト」制度というものもあります。指名が重なった場合はくじ引きですね。
ーー人事としての作業は大変なものになりますね。
江木
「役職チャレンジ」では、かつて、ある女性が自分を部長に指名して欲しいとチャレンジしたのですが叶わなくて…。そのときに本部長全員からいろいろなメッセージやアドバイスをもらい、フィードバックシートにまとめて伝えたところ、それを見て本人いわく、“納得です。次からはどういうことをすればいいのかがよく分かりました”と。2年後、彼女は部長になりましたからね。それもチャレンジではなく本部長からの指名でした。人事としては、本部長や部長たちのフィードバック・シートをまとめあげたりするのがすごく大変なのですが、このキャリアチャレンジはとても好評なので、頑張って続けようねってモチベートして、人のためになる人事を意識してやっています。
柔軟な働き方をめざすモバイルワーク
ーー働き方改革ということで、各社が試行錯誤しているのがモバイルワークだと思いますが、御社では現在どのような状況ですか。
江木
当社のモバイルワークに対する取り組みは比較的新しくて、在宅勤務制度を取り入れたのが2014年でした。当時は自宅に限り、週2日までと限定していました。ただ、2010年からフリーアドレス制を取り入れていましたので、すでにオフィスの中でモバイルワークをやっているようなものでしたから、非常にスムーズにスタートできたと思っています。ここ丸の内の本社には300名くらいの社員がいますが、初年度はそのうち50人くらいが在宅勤務制度を使いまして、2年目は100人になって、そうこうしているうちにもっと活用してもいいのではないかということで、今年度からは在宅勤務制度を「モバイルワーク制度」と名前を変えまして、自宅以外でも、何日やってもいいですというふうに内容も変えました。
ーー社員全員が対象となっているのですか。
江木
対象者は、新卒3年目以上フルタイムで働いている直雇用の社員と嘱託社員で、かつ上司が認可した人となっています。でも、先日の7月24日、「テレワーク・デイ」がありましたよね。当社では危機管理の練習も含めて、丸の内の本社だけですが、対象外の人でもモバイルワーク可能としたんです。すると相当数の人が活用しまして、アンケートを取ると評判が非常に良かったんです。月に1回くらいはこういう日を設けて欲しいという多くの意見がありました。過度な縛りはいらないのではと思いまして、とりあえず本社だけでも提案しようと思っています。通勤時間を自分の時間に有効活用できますし、私も自宅でモバイルワークをやりましたが、非常に効率が上がりますね。自宅ならテレフォンカンファレンスもできますしね。
ネクスト人事に向けて
ーー最後に、これからの働き方改革についての抱負をお聞かせください。
江木
働き方改革は人生論も含めてゴールはないと思います。人事は管理する部門ではなくて、経営戦略を実現するために企業の変革をリードするものでなくてはなりません。当社の人事制度は2012年に現在の形に変わりましたが、すでに5年も経ちましたので、さらなる向上のためにそろそろ見直す時期だと思っています。現在、「ネクスト人事」という全社的なプロジェクトを組み、来年度以降、どのような働き方、人事制度、評価の仕組みが望ましいのかということを研究しているところです。今は具体的な内容をお話しすることはできませんが、大きな方向性としては何を評価するかというところがポイントになります。ひとりの人が生涯にわたってひとつの会社で勤め上げる時代は終わったと思います。パッチワークをするように、ライフステージによって働き方を変えたり、同じライフステージにいてもいろいろな会社で働いたりする日は近いかもしれません。しかも、時代のスピードもますます速くなりますし、AIなどの新しいテクノロジーも入ってきます。そのなかでどういう働き方や人事制度がいいのかというのは、戦略も含めてですけど大胆に考えなければいけないですし、力強く実行していきたいと思っています。
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