経営方針の大胆な転換
−−働き方改革のお話しの前に、まず御社の成り立ちから聞かせていただけますか。
江木
当社は1949年の創業でして、2009年までずっと創業家によるオーナー経営が続いていました。創業者の松尾孝が「商売は人助けである」という信念のもと、カルシウムとビタミンB1の造語で「カルビー」という社名としました。戦後の食糧難で栄養不足に苦しんでいる子どもたちが脚気になることが多く、当時、脚気に効くとされたビタミンB1と、子どもの成長に欠かせないカルシウムを組み合わせたのです。ですから、健康に貢献しようという思いが非常に強くて、それが、新鮮なエビを丸ごと使うことで風味が良くカルシウムも含まれた「かっぱえびせん」をはじめとしたロングセラー商品に表れていると思います。私自身は1990年にマーケティング部門に中途入社しまして、最初に担当したブランドが「サッポロポテト」でした。これは、中に本物のお野菜を練り込んでいるんですね。工場の中でほうれん草やかぼちゃやニンジンなどを、ほくほくに蒸したジャガイモと一緒に練り合わせていて、一袋のお菓子に、創業者の思いが詰まっていると感じました。従業員は、そういった創業の精神や経営の理念に賛同して、まじめに実直に働きそれを伝え継いでいたのです。
−−そうした会社に、2009年に大きな転機が訪れますね。
江木
そうです。現在の会長の松本と社長の伊藤による新しい経営体制に変わりました。それまでは、「かっぱえびせん」や「サッポロポテト」といった新しいカテゴリーを創る、天才型オーナー経営者のもとで、従業員は“トップの言うことを聞いて頑張っていけば目標は達成できる”という受け身体質になっていたように思います。事実、競合他社を強く意識しなくても特に問題なく商品は売れていました。危機感がないため、目標管理は数字重視というよりもプロセス重視で、仕事の仕組みも段々と複雑になって、何事をやるにも時間がかかるようになっていた…というのが、新経営体制になる直前までの状況だったと思います。2008年から2009年頃は成長も止まっていました。
「自立的な実行力」を強化する3つのルール
−−どのような新しい経営方針を打ち出されたのでしょうか。
江木
2010年になりますが、一言でいえば、“危機感を持て”としたPay for Performance、結果主義の考え方ですね。変化、成長し続けなければ、このグローバルな時代に生き残れないということで、カルビーグループ基本方針として「コスト・リダクションとイノベーションによって継続的成長と高収益体質を実現する」という新しい経営方針が掲げられました。これは、個人の成長なくして企業の成長はないということから、従業員一人ひとりに自立的な実行力を求め、これまで受け身だった私たちがみずから自立し、自分たちで考えてこれからの未来を切り開いて欲しいというメッセージだったと思います。
−−具体的にどのような改革が行われたのですか。
江木
簡素化、透明化、分権化という3つをルールとして徹底的に重視したのです。その趣旨は次のようなことです。
簡素化とは
ビジネスのプロセスをできるだけシンプルにしてスピードを上げ、かつ無駄を省いて効率的に品質を上げていくことです。また、私たちがこうして経済活動している時間もお客さまがコストを負担されているという考えで、一分一秒たりとも無駄にしないということです。具体的には、たとえば人事制度を改定するときに以前よりも複雑になっていたら、経営の承認が下りないようになっています。
透明化とは
インサイダー情報以外は情報を徹底的にディスクローズして、全員が同じ方向に向かって問題意識と危機感をリアルタイムに共有しようということです。たとえば、社内広報が取り組んでいるものとして、イントラネットを使って、社内で行われている会議やワークショップの様子をリアルタイムに流したり、会長と社長のブログに社員が自由にコメントできるようにしたりしています。
分権化とは
意思決定のスピードを上げるためのもので、このルールは徹底しています。たとえば、私は人事総務本部の本部長ですがほとんど人事権はありません。部長を決めるのは本部長、課長を決めるのは部長が権限を持っています。また当社には本社以外、4か所の地域にプロフィットセンターがありますが、そのトップはそれぞれの地域の経営を任されています。ですから、中途入社でこられる方は、「えっ、ここまで分権化しているの?!」と、びっくりされる方が多いです。
タウンホール・ミーティングが変えたDNA
−−施策に魂を入れるというか、従業員の方々一人ひとりの意識をどのようにして変えていかれたのですか。
江木
前米国大統領のオバマさんがやって広く知られるようになりましたが、タウンホール・ミーティングですね。新体制が発足してから3年間くらいは夏と冬の年2回、会長、社長、上級執行役員がカルビーグループの全事業所23か所くらいを回って、タウンホール・ミーティングを実施しました。参加者を限定することはせず、たとえば、工場でタウンホール・ミーティングを行った時は、工場に勤めている人は全員、無期でも、有期でも、請負でも、派遣の方でも、来たい人は来ていいですよということで、200人~300人が入る大きな会場をつくって行うわけです。1時間の説明をしたら、質疑応答も1時間です。誰でも手を挙げて、質問、不満、日頃思っていることをぶつけていいのです。それに対して、会長、社長、そして上級執行役員や本部長クラスがその場ですべて即答します。当時私も同行しましたが、その場で答えられないような質問でも、経営陣の判断ですべて答えます。持ち越すことは一切ありませんので納得感が出るのだと思います。
−−タウンホール・ミーティングの評価はどうでしたか。
江木
当初は、“違う会社になったみたいだね”という人もいました。会長の松本が“Calbee future is in your hands”、カルビーの未来はあなたたち一人ひとりにかかっている、ということをよく口にするのですが、経営のトップが従業員と直接向き合って、自分の言葉で繰り返し何度も説明したことで、大きな混乱はなかったと思います。また、新経営体制になってから増収増益を続けていますから、この成功体験と納得感とともに、真摯に真っ向から向き合うという経営陣の姿勢が従業員の心にヒットして、自立的な実行力というDNAは定着していったんだと思います。このタウンホール・ミーティングは現在も続いていて、年1回にはなりましたが、今年も7月からスタートして全国をずっと回っています。
Commitment & Accountabilityの施策が成長の原動力
−−新しい経営体制になって業績を大きく伸ばしてきたということですが、最大の要因は何でしょうか。
江木
先ほど「透明化」というルールを少し説明しましたが、その一つとして、Commitment & Accountability(C&A)、いわゆる成果主義を取り入れたことです。これは当年度の目標を一人ひとりが明確にすることによって、全組織、全従業員が目標達成に向かって能力を発揮し、その結果として成果を出し、会社に貢献した人を報いるための重要な仕組みで、カルビーの人事制度のなかでいま最も重要なものとなっています。
−−具体的にはどのような仕組みですか。
江木
全従業員は、年に一度、4月の期首に直属の上司と1対1でA4シート1枚のC&A契約を必ず結びます。C&Aのガイドラインでは、Fair(公平・公正な立場に立つこと)、Digital(客観的に測定可能な目標設定を行うこと)、Simple(分かりやすい内容であること)、Contractual(上司と部下でよく話し合い納得したうえでコミットすること)といった要件が示されていて、なかでも、目標設定を数値化することが最も重要なポイントとなっています。
−−数値でコミットするわけですから、相当の覚悟が必要ですね。
江木
C&Aは人が育つためにも重要な仕組みなんです。ですから、上司と部下の話し合いは最低でも2時間以上、お互いが疑問をぶつけ合い納得するまで行った上でサインします。上司から言われっぱなしではやる気にもならないし、腕も磨かないし、そうなると成長しないということで、皆さんには必ず疑問があったらぶつけて納得するまでやってくださいとお願いしています。秋には中間レビューもありますし、期末に最終レビューを行い、点数に双方が納得すればサインします。この点数は直接的に賞与に反映します。賞与の満額に対して、C&Aの点数(100満点)によって支給額が決まる仕組みになっています。さらにC&Aがユニークなのは実はここから先で、会長、社長以下、本部長、部長、課長などの年棒者のC&Aはイントラネット上の公開掲示板で見られるようになっているのです。2013年度から目標も結果も公開されています。
−−管理職のC&Aを社内で公開する目的はなんですか。
江木
その目的は3つありまして、1つ目はいい意味での緊張感を持たせるということです。あの人は部長なのにこんな目標なのと言われたら困りますよね。2つ目は、他部署の役職者のC&Aの設定と成果指標を見て学び、設定の腕を上げようということです。3つ目は、役職者のC&Aというのは経営からのメッセージであるということです。今年はこういうことに重きを置いているとか、こういう方向に行くのだというメッセージです。人事を担当する私個人の目標は業務上あまり具体的に書けないところもありますが、今年の人事はこういうことをしてくれようとしているのだということが分かって、それが励みやモチベーションにつながってくれればと思っています。ちなみに、“公開しましたよ”という社報を出しますが、するとイントラネットへのアクセス数が急激に上がって、皆さんがC&Aに興味を持っているなあということで、非常に人気の高いデータベースになっています。
シリーズ紹介
楠木建の「EFOビジネスレビュー」
一橋ビジネススクール一橋ビジネススクールPDS寄付講座特任教授の楠木建氏の思考の一端を、切れ味鋭い論理を、毎週月曜日に配信。
山口周の「経営の足元を築くリベラルアーツ」
山口周氏をナビゲーターに迎え、経営者・リーダーが、自身の価値基準を持つための「リベラルアーツ」について考える。
協創の森から
社会課題の解決に向けたビジョンの共有を図る研究開発拠点『協創の森』。ここから発信される対話に耳を傾けてください。
新たな企業経営のかたち
パーパス、CSV、ESG、カスタマーサクセス、M&A、ブロックチェーン、アジャイルなど、経営戦略のキーワードをテーマに取り上げ、第一人者に話を聞く。
Key Leader's Voice
各界のビジネスリーダーに未来を創造する戦略を聞く。
経営戦略としての「働き方改革」
今後企業が持続的に成長していくために経営戦略として取り組むべき「働き方改革」。その本質に迫る。
ニューリーダーが開拓する新しい未来
新たな価値創造に挑む気鋭のニューリーダーに、その原動力と開拓する新しい未来を聞く。
日本発の経営戦略「J-CSV」の可能性
日本的経営の良さを活かしながら利益を生み出す「J-CSV」。その先進的な取り組みに迫る。
ベンチマーク・ニッポン
日本を元気にするイノベーターの、ビジョンと取り組みに迫る。
デジタル時代のマーケティング戦略
マーケティングにおける「デジタルシフト」を、いかに進めるべきか、第一人者の声や企業事例を紹介する。
私の仕事術
私たちの仕事や働き方の発想を変える、膨らませるヒントに満ちた偉才たちの仕事術を学ぶ。
EFO Salon
さまざまな分野で活躍する方からビジネスや生活における新しい気づきや価値を見出すための話を聞く。
禅のこころ
全生庵七世 平井正修住職に、こころを調え、自己と向き合う『禅のこころ』について話を聞く。
岩倉使節団が遺したもの—日本近代化への懸け橋
明治期に始まる産業振興と文明開化、日本社会の近代化に多大な影響を及ぼした岩倉使節団。産業史的な観点から、いま一度この偉業を見つめ直す。
八尋俊英の「創造者たち」~次世代ビジネスへの視点~
新世代のイノベーターをゲストに社会課題の解決策や新たな社会価値のつくり方を探る。