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マイケル・ポーター教授らによって提唱されたCSV(Creating Shared Value:共有価値の創造)は、営利企業が社会ニーズ(社会課題の解決)に対応することで経済的価値と社会的価値をともに創造しようとするアプローチである。すでに一部のグローバル企業では、CSVの実践こそが競争力の源泉であるとして取り組みが始まっている。一方、日本ではまだその概念の理解が不十分であり、CSR(企業の社会的責任)とCSVが混同されがちだ。本特集では、競争戦略の新しいパラダイムであるCSVの概念をひもとくとともに、CSRとの違い、社会的価値と経済的価値の両立を実現してくうえで必要な取り組みや心構え、実例などについて、CSV研究の第一人者である慶應義塾大学の岡田正大教授に話を聞く。

「第1回:なぜ今、CSVが注目されるのか?」はこちら>
「第2回:CSVは持続的優位性を築く」
「第3回:CSVと社会イノベーション」はこちら> 

持続的競争優位を実現し、株主以外にも裨益をもたらす

――第1回では、CSV(Creating Shared Value:共有価値の創造)の概念と、この言葉が注目されるに至った背景、CSR(企業の社会的責任)との違いについてお聞きしました。経営戦略の観点からCSVをとらえたときに、企業が持続的競争優位を築いていくうえで、有効と考えていいのでしょうか?

岡田
持続的競争優位とは、個別企業が他社にない独自の強みを保有することを前提とします。その意味で、ある企業においてCSVが実現できるならば、その企業は競争優位を実現する確率が高くなるといえます。以下、なぜそういえるのかをご説明します。

既存の競争優位とは、純粋に経済的・金銭的価値のみで定義され、一単位期間に最大のキャッシュを稼いだ企業がその期中・その業界において競争優位にあったと判断します。そして、その競争優位が継続していくことを、持続的競争優位と言います。完全に経済の世界に閉じた話ですが、それでも困難な課題であるCSVが実現できるなら、その企業は経済的価値の面でも優位に立っているはずです。なぜならば、その企業には、他社が注目せずに公的または非営利セクターに委ねてしまっている社会ニーズに果敢にチャレンジし、それを市場ニーズとして満たすことにより、他社には実現できない経済的価値を生み出す能力が備わっているからです。

なお、「持続性(sustainability)」については、近年、単なる「継続性(continuity)」とは異なる文脈で認識されることが増えてきました。先述の伝統的戦略理論でいうところの持続的競争優位では単なる継続性しか意味しませんが、地球全体のバイオキャパシティ(地球容量)を超えない経済活動、企業活動という意味においての持続可能性や、新興国や開発途上国が自律的に経済発展を持続させるという意味も含めた、非常に大きな文脈で捉えられることも多い。そういう意味においても、CSVは「持続性」をそもそも具備・内包した戦略であると言えます。

ただし、CSVは多くの企業が皆平等に実現できるような戦略ではありません。それを実現できる企業には条件があるのです。ある特別な経営能力を持つ企業は実現可能ですが、それを持たない企業ではなかなか難しい。すなわち結果として優勝劣敗がつく、まさに「企業戦略」の世界の企業行動です。

画像: 持続的競争優位を実現し、株主以外にも裨益をもたらす

CSVの種類、「インサイド・アウト」型と「アウトサイド・イン」型

岡田
CSVを実現しうる能力についてお話しする前に、まず、CSVが実現するプロセスに2種類あるということをお話ししたいと思います。CSVには、たとえば、トヨタ自動車のプリウスに代表されるような「インサイド・アウト」型と、米国のシスコシステムズが行う社会貢献活動のような「アウトサイド・イン」型があります。

前者は、内から外へということで、「社会や環境に正の効果をもたらす製品・サービスや事業活動プロセス」を意味します。ハイブリットカーであるトヨタのプリウスは、売れれば売れるほどガソリン車の需要を代替して環境負荷を減らすという意味で、まさにインサイド・アウト型の製品です。製造プロセスの無公害化により環境負荷を規制値を超えて低減し、顧客の選好度を高めるというのも、インサイド・アウトの典型例です。産業廃棄物基準を遵守するのがCSRですが、CSVでは規制値ぎりぎりでなく、ゼロエミッションを目指して根本的に環境負荷を減らしていくわけですね。

後者のアウトサイド・インは、外から内へという、「競争上の文脈を改善させるための社会的投資」を指します。たとえば、米シスコが手がける社会貢献の一つに、貧困地域での無償の低所得者層向けプログラミング教育があります。これをきっかけにして、その中から優秀なプログラマーを見出し、低いコストで採用に結びつけている。低所得者層の能力の引き上げによる雇用可能性向上という貢献をコミュニティ全体に生み出しつつ、自社にとっては優秀な人材の低コストでの確保や企業のブランディングに資する取り組みです。あるいは、企業が環境NGOに製品販売を委託して、そのNGOの事業活動を支援しつつ、自社の未開拓販売チャネルを開発するというのも、アウトサイド・インになります。

このように、CSVには経済性と社会性の両立がゴールである場合や、経済性実現の手段として社会性を追求するやり方など、複数の方法がある。それを示したのが、図1になります。

画像: CSVの種類、「インサイド・アウト」型と「アウトサイド・イン」型

 

CSVが実現できるのは、「社会経済的収束能力」のある企業

岡田
さて、先の話に戻りますが、CSVが実現できる企業の能力とは何でしょうか。それは、トヨタやシスコのように、インサイド・アウト、アウトサイド・インといった取り組みをうまくデザインできるかどうかということ。その能力のことを私は、「社会経済的収束能力」と名付けています。この言葉は米国の経済学者C.K.プラハラード氏とJ・ブルーグマン氏の共著、「企業とNGOの共創モデル」から着想を得ました。その中で、プラハラード氏は、営利企業とNPO、NGOなどの非営利組織がどんどん近づいて収束してきている、と指摘しています。

そして、CSVの実現には、この経済性と社会性を「収束」させる能力が欠かせないと私は考えました。言い換えるなら、利益増大のための投資を、同時に株主以外の利害関係者を利するような成果へと結びつけられ、同時に株主以外の利害関係者にベネフィットを与えるような投資をしつつ、それを本業の利益へ結びつけられる能力です。そしてそれら異なる種類の投資を一つのビジネスモデルの中に組み込めるデザイン能力。それらを総称して社会経済的収束能力というわけです(図2)。

画像: CSVが実現できるのは、「社会経済的収束能力」のある企業

なお、社会経済的収束能力には、企業が持てる資源を組み合わせたり、社会との関係性をつなぎ直したりするという、ある種のセンスや感受性が必要になります。従来のように、単に規制の範囲を守り、最小投入量で最大成果を出すという経済効率重視のメンタリティの中からは、経済的価値だけでなく社会的価値をも高められるような発想はなかなか生まれてこない。したがって、CSVはすべての企業で実現できるわけではない、ということになります。

――その社会経済的収束能力というのは、やはり企業が内発的に発揮する必要があるのでしょうか。外部環境に呼応して企業が動く、というものではないということですか?

岡田
外部環境への適応には大きく二つのパターンがあると思います。いわゆる世論や外圧に従って受け身で取り組むケースは、周囲が期待した水準を超える必要もなく、超えることもないでしょう。これは社会的な規範に適合することを意味していて、戦略理論でいうところの競争均衡までしか到達できない。そうではなくて、やはり自社が希少な独自資源を活用して規範的最低限度を超えて突出していくんだという気概を持って能動的に動かない限り、競争優位を実現することはできません。

長期的視点を持ち、それを支える仕組みづくりができるか

岡田
もう一つCSVを実現できる条件は、たとえば2050年くらいまでを見据えた超長期の視点を持ち、かつ外部(単に営利企業にとどまらず、政府・非営利組織を含む「非伝統的プレーヤー」。第3回で詳述。)との連携を柔軟に構築できる力になります。それができる企業の一つが、先ほども例を挙げたトヨタやヤマハ発動機、味の素などです。

昨年(2015年)10月、トヨタの伊勢清貴専務が「脱エンジン」宣言をしたことは記憶に新しいですが、その宣言と同時に「トヨタ環境チャレンジ2050」を発表し、その中で、2050年にはトヨタが世界で販売する新車の走行時CO2排出量(平均)を2010 年比で90%削減するという目標を提示しました。この目標達成のために、2050 年時点で、ごく一部の地域を除きエンジン車をなくし、ハイブリッド車や電気自動車などの電動化車両のみを生産販売していくという。通常であれば、「環境宣言」などは伝統的なCSR部門だけが旗を振り、他の事業部門は知らん顔ということが多いのですが、トヨタのすごさはこの環境チャレンジに、本業を牽引する事業本部長らが全員事業目標に組み込んでコミットしている点です。すべての部署に数値目標を立てさせ、本業と噛み合うかたちで環境性能の向上を本気でやろうとしている。これまでの環境政策でありがちだった皮相的な取り組みとは本質的に違います。

さらに、トヨタではこうした長期的な目標を支える資本政策を同時に進めているところが、さすが堂に入っています。長期株主の育成を目的とする「AA型種類株式」の発行です。これは、5年保有義務という中長期の保有を前提とした、議決権のある譲渡制限付・非上場の種類株式になります。これを入手した投資家は、5年後に配当年率が年2.5%になったこの種類株をトヨタの普通株に転換するか、発行価格での換金か、種類株式のまま保有し続けるかを選択できる。第一回の発行で個人の申し込みが集中して話題になりました。このAA型種類株式は、安定株主政策とも言えるもので、株主の選別を企業側が能動的に行うという、非常に新しい試みと言えます。一企業が資本市場に働きかけて株主を長期的なビジョンに取り込んでいくという意味で、彼らの基本戦略と連動した重要な施策だと思います。

――目先の利益にこだわる短期志向の株主は、2050年のことまでは考えませんからね。

岡田
もっとも、こんなチャレンジングな取り組みができるのは、現在のトヨタの業績がいいからですよね。しかし、単に短期的視点で業績を維持しようとするのではなく、長期的な目標の実現を担保するような資本政策にも取り組んでいるという意味で、真剣味が伝わるし、脱エンジン宣言が絵に描いた餅ではないことを示す好例だと思います。

そのほか、ゼネラル・エレクトリック(GE)も、社会経済的収束能力を持ち合わせる企業の一つと言えます。他の企業がすごすごと退却するような困難な社会・環境的な課題にもどんどん参画していって、積極投資と長期的視点で解決し、それを収益に結びつけていく。日銭を稼ぐような従来事業に加えて、長期的視野に立ったCSVビジネスを含めたポートフォリオを組んで事業を推進している意味で、やはりエクセレントカンパニーの一つだと思います。

そういった意味で、やはりCSVというのは相当にハードルが高い戦略なんですね。規制や規範を遵守するというヨーロッパ型のCSRはすべての企業が取り組むべきですが、CSVはそれぞれの企業ごとに持てる経営資源(リソース)が違うので、他社と横並びで容易に真似できるようなタイプの企業行動ではありません。社会経済的収束能力を備えるような企業であれば、既存の経済的評価尺度で測ったとしても高い企業価値を示すでしょうし、CSV(経済的価値+社会的価値の合計)としても高いパフォーマンスを生み出すことができる。したがって、まずは目的意識と経営能力の高い少数の企業がCSVにトライして成功していくというのが現実なのではないかと思います。

また、CSVに取り組むにあたっては、特定の部署をつくり、本業と切り離してその中だけで考えたり、経営企画部門だけに任せてたたき台をつくってしまったり、というのではうまくいきません。検討の仕組みづくりは特定の部門がやるとしても、意思決定や検討を社内で民主化して、全社で取り組んだほうがいい。なぜなら、社会的センシティビティの高い人というのは、特定部署に限らず、全社に散らばっているからです。それこそCSVのビジョンやアイディアを集約するしくみを工夫し、社内全体で小集団活動なども活用すれば、皆が当事者意識を持つことができる。IBMの「イノベーション・ジャム」のように、社是や今後の投資先などをオンラインで、全社員参加型で行う集中討議なども有効だと思います。エキスパートによる考察のみならず、こうした全社的な取り組みも、CSVにマッチするのではないでしょうか。(第3回へつづく)
 

画像: 長期的視点を持ち、それを支える仕組みづくりができるか

(取材・文=田井中麻都佳/写真=© Aterui 2016)

「第3回:CSVと社会イノベーション」はこちら>

画像: CSV(共有価値の創造)が実現する競争力と社会課題解決の両立
【第2回】CSVは持続的優位性を築く

岡田 正大(おかだ・まさひろ)
慶應義塾大学大学院経営管理研究科教授。本田技研工業を経て慶應ビジネススクールで経営学修士課程(MBA)を修了後、アーサー D.リトル(ジャパン)にて、IT業界での戦略コンサルテーションを経験。オハイオ州立大学にてPh.D(経営学)を取得(指導教授:ジェイ・バーニー)。専門は企業戦略論。現在、包括的(BOP)ビジネスの研究を通じて、企業戦略の社会性と経済性が両立する条件の探索、および企業活動の社会・経済的複合価値の測定方法について考察を行っている。この分野での論文に「CSVは企業の競争優位につながるか」(『DIAMOND ハーバード・ビジネス・レビュー』2015年1月号所収)などがある。訳書にジェイ・バーニー著『企業戦略論——競争優位の構築と持続(上・中・下)』(ダイヤモンド社)。

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