M2M技術の活用で、モノや人の動きが明らかに
――ここ数年、M2M(Machine to Machine)という言葉がにわかに脚光を浴びるようになりました。似たような意味の言葉として、「ユビキタス」や「センサネットワーク」、「CPS(Cyber Physical System)」、IoT(Internet of Things)などがあります。それぞれ違いがあるのでしょうか?
「センサネットワーク」、「CPS」、「IoT」は、いずれもあらゆるものがネットワークにつながることを目指していて、M2Mとほぼ同義です。唯一、「いつでも、どこでも、だれとでも」つながれる社会を意味する「ユビキタス」だけが、より広い概念を指しています。つまり、ユビキタス情報社会を実現する基盤となる技術・サービスがM2Mであり、センサネットワークであるということですね。
さまざまな機械が高度化された通信により、人を介することなく相互に通信し合うというM2Mの概念自体は、2000年前後に誕生したものです。それがここへきて急に注目されるようになった背景には、スマートフォンの普及があります。センサがより小さく廉価になったことですべてのスマホにセンサが入るようになり、アプリを通じて情報を簡単に取り出せるようになったことが大きいでしょう。とくに加速度センサの価格低下には目を見張るものがあり、精度も格段に向上しています。かつては落下防止用にハードディスクに搭載している程度でしたが、いまやスマホに欠かせない主要センサの一つになっています。
スマホと加速度センサの組み合わせが面白いのは、人のあらゆる動きを感知できること。スマホを持ち歩くことによって、その人が立っているのか、歩いているのか、座っているのか、寝ているのか、電車で移動中なのか、車を運転しているのか、その人の状態を検知することが可能になります。実は同じ電車でも、JRに乗っているのか地下鉄に乗っているのかの違いまで検知できます。というのも、JRと地下鉄では加速度パターンが違うためです。もっとも、そこまで詳細なデータを取ろうとすると消費電力を要するため実用化には至っていませんが、近い将来、人の詳細な動きを検知し、サービスに結びつけるといった動きが出てくることは間違いないでしょう。
じつは、10年以上前に、ある広告代理店の方から、携帯電話を使って人の動きを検知できないか、という相談を受けたことがありました。当時はガラケーでしたが、人の動きを検知して、信号待ちしている人に広告を配信したいのだという。当時は消費電力の問題で難しかったのですが、今の技術であれば、そうしたサービスも実現できます。
ちなみに、私の研究室ではイスに加速度センサをつけて、生産性との関係性を探ったこともあります。イスに取り付けたセンサで人の動きのパターンを計測し、集中度ややる気度との相関が見出せれば、仕事の生産性向上に寄与できるのではないかと。実際には貧乏ゆすりが検出されたりしてなかなかうまくいかなかったのですが、まだまだアプローチの余地はあると思っています。
――なるほど、モノにセンサを付与することで、従来は知り得なかったようなモノや人の状態が手に取るようにわかる、ということですね。そのほかに、M2Mによってどのようなことが可能になるのでしょうか?
最近、私が面白いと思ったのは、スマートゴミ箱です。これは、ゴミ箱の量を常時センシングすることにより、ゴミ回収の適切なタイミング検知に役立てようというもの。もちろん、ゴミ箱にそんな機能がなくても、たいして困りません。ただ、ないよりはあったほうがいい。そういうものは至るところにあるわけで、今後、M2Mはそうしたものからじわじわと生活に入り込んでくると思います。そう、一気に変革が起こるというよりも、10年経ってみたら、M2Mが普通に生活に馴染んでいる、という世界になっているのではないでしょうか。
ヘルスケア分野で大いに期待されるM2M
――M2Mビジネスにおいて期待されている分野には、どういったものがあるのでしょうか?
M2Mはあらゆる分野に関わるものですが、大きな期待を寄せられているのがヘルスケアです。最近、国内の通信系企業と繊維メーカーが手を組み、新素材を発表して話題となりました。これは、最先端の繊維素材であるナノファイバー生地に、高伝導性樹脂を特殊コーティングした新素材で、身につけることにより生体信号が簡単に検出できるのだという。このように身につけられるウェアラブルデバイスもM2Mの一つの方向性と言えます。そして、Tシャツのように着るだけで、心拍や心電情報をつねに計測、記録できれば、医療のあり方はガラリと変わることになるはずです。
現在の医療の主流は対症療法ですが、医療費削減の観点などから、今後は予防医療にシフトしていくと考えられます。そうしたなかでとくに必要とされているのが、長期間にわたり記録される詳細かつ膨大な生体データ。以前、我々が東大病院と共同研究を行った際にも、医師から過去10年分の毎朝の血圧データを見てみたいと言われたことがありました。長期にわたる生体データから現在の病状との相関を導き出すことができれば、適切なタイミングで予防的な医療を施すことが可能になると言うのです。
そうしたなか、米国ではすでに、一昨年頃から、ヘルスケア系スタートアップ(新しいビジネスモデルによる組織体)の資金調達が加熱しています。さまざまなデバイスも開発されていて、体温に合わせて色が変わるTシャツや、額にかざすだけで心拍や血中酸素濃度などの生体データが得られる機器なども誕生しています。
また、米国には「Tricorder X-Prize」というコンテストもある。これは、医療診断を即座に行うことが可能なデバイス開発のためのコンテストです。上位入賞チームに授与される賞金1000万米ドルをめざして、世界各国から多くの開発チームが参加しています。
こうしたデバイス競争から誕生したもののなかで、とくに私が面白いと思ったのが、香港のある企業が開発したスマートフォークです。これは、フォークの中に加速度センサが搭載されていて、急いで食べるとLEDライトやバイブレーションで警告を促すというもの。つまり、ゆっくり食事をとることを支援するヘルスケアデバイスです。シンプルな機能ではありますが、食は健康の源であり、食生活データ収集デバイスの第一歩として大いに期待できる技術だと感じています。
じつはこれに触発されて、半年くらい前に、「スマート歯ブラシ」というものを思いつきました。電動歯ブラシに加速度センサや磁気センサなどをつけて、スマホアプリと連動させることで磨き残しや血糖値が即座にわかれば、健康管理に役立つだろう、と考えたのです。ところが、今年1月にラスベガスで開催されたCES(Consumer Electronics Show : 全米家電協会主催)に、すでにスマート歯ブラシが出展されていました。しかも、歯石まで検知するという。これはショックでしたね(笑)。
――では、「スマート入れ歯」というのはいかがですか? 食べ物を口に入れたら、30回噛まないと警告音が鳴るとか……
いいアイディアですね! ぜひ、日立で開発してください(笑)。ヘルスケアの分野では、単に健康を管理するというだけでなく、ゲーム感覚や遊び心で取り組めるようなものもあったほうが、より開発が進むだろうと思っています。
重要なのはデバイスではなく、大量のデータ
――とくにアメリカでヘルスケア系デバイスの開発競争が加熱しているのは、なぜですか?
彼らはデバイスから得られるデータの重要性に、いち早く気がついているのでしょう。そう、重要なのはデバイスではなく、「データ」です。デバイスはタダで配ったってかまわないくらい。デバイスからビッグデータを吸い上げることができれば、その解析により新たな知見やビジネスを生み出すことができるはずです。
ところで、今年1月、あるIT系グローバル企業がサーモスタットとスマート火災報知機を生産している企業を巨額で買収したことが話題となりました。この企業のスマート火災報知器はWi-Fiに対応していて、スマホやタブレット端末からも制御できるという製品。現状は単に温度データを取得することしかできませんが、家のなかのリアルなデータにアクセスできることに将来性を見出したということだと思います。
Web2.0が着目されてから10年ほど経ちますが、よくよく考えてみると、当初からWeb2.0を手掛けてきた企業というのは、いずれもデータを集めている企業なんですね。そうした企業が勝ち組になって台頭してきた。そして次のフェーズとしてこれらの企業が狙うのが、まさにM2Mによって得られるリアルデータだということでしょう。
これからの時代は、データを集める仕組みをつくった者に勝機がある、といってもいいでしょうね。
(取材・文=田井中麻都佳/顔写真=秋山由樹)
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