イノベーションの条件は、柔軟に組織の枠を超えること
――八尋さんは大学を卒業後、日本長期信用銀行(長銀)に入行し、コンサルティング部門でインフラ向けのプロジェクトファイナンスや新事業戦略支援などを手がけ、その後、メーカー時代にITベンチャー立ち上げを経て、社会人中途採用1期生として経済産業省に入省。大臣官房参事官や新規産業室長等を歴任した後、2013年に、日立コンサルティングに取締役として着任、翌年4月からは代表取締役 取締役社長を務めておられます。イノベーションを推進する側、支援する側と、いくつか立場を変えてこられた中で、数々のイノベーションの現場に立ち会ってこられたのではないかと思います。まずは、そのご経験から、オープン・イノベーションに必要な条件についてお聞かせください。
八尋
確かに、私はこれまでいくつかの組織を経験する中で、オープン・イノベーションの変わり目をタイムリーに目撃してきたのではないかと思っています。印象に残っているのは、長銀からスカウトされてソニーに移った頃のことです。2000年当時、経営トップが描いていたのは、ソフトとハードの融合でした。つまり、自社が持つ音楽や映像などのコンテンツと、ウォークマンのようなハードを融合した新しいビジネスモデルを模索しようとしていました。
そこで私が立ち上げたのが、コンテンツ配信のための新規ビジネスでした。まだYouTubeもない当時、全国のケーブルテレビにサーバーを置いてもらい、そこに音楽や映像のコンテンツを格納して配信するというサービスを始めたのです。その際の実証実験に名乗りを挙げてくれたが、大人気アニメ「機動戦士ガンダム」を有するサンライズの親会社バンダイ(現・バンダイナムコ)です。バンダイにしてみれば、テレビ局の放映スケジュールに関係なくコンテンツを配信できるのは大きなメリットだったんですね。当然、ガンダムの配信は、大きな手応えがありました。
ところが、実際にソニーがソニー自身の映画や音楽コンテンツの配信ビジネスに本格的に乗り出すには時間がかかりました。当時はまだ、映画なら映画館で上映して、その後はDVDを販売する、音楽ならCDの発売日に合わせてレコード販売店の棚を確保し、FM局等に働きかけて新曲を流してもらうといったサプライサイドがスクリーンを握る従来型のビジネスモデルがうまく回っていたため、なかなか方向転換できなかったのです。
ただ、その頃から、アメリカではNapsterのような無料の音楽データ交換サービスが出てきて、社内でもコンテンツ配信サービスをやるべきだ、という声が挙がっていました。今ではそれが当たり前になりましたが、ユーザーは一度買ったCDを何度も繰り返し聴くというよりも、日々、その時に聴きたい音楽を楽しむ方向に変わっていくだろうと。そのためにはオープン・イノベーションをやらなければならない、という意識を強く持ちました。ところが実際にその考えに賛同してくれたのは、多くが社外のパートナーだった。やはり、これまでのビジネスがうまく回っている中で新しい方向へ舵を切るのは難しいということでしょう。
ソニーでの経験を携えて、2005年に私は経産省へ入省し、ビッグデータという言葉がない当時、情報の増加に伴うイノベーションや著作権などの制度改革を手がけました。その頃から盛んになり始めたのがTwitterやFacebookのようなSNS(ソーシャル・ネットワーキング・サービス)です。その普及により、あたかもシリコンバレー界隈の情報交換に欠かせないパーティのように、さまざまな人がインターネット上のコミュニケーションを通じて、人的ネットワークを広げることが可能になりました。
こうしたSNS的な動きを、現実世界の施策に応用できないかと議論する中で出てきたのがイノベーション振興政策において、大企業とベンチャーの「兼業を認める」という政策案です。オープン・イノベーションを進めるためには、人が組織の枠を超えてビッグバンを興すことが不可欠であり、その流れを国の政策として後押しできないかと。ただ、日本は兼業には不寛容な社会ですから、当時は大企業のコーポレートベンチャーファンドとベンチャーファンドの垣根を越えるような委員会をつくったり、SNS上で起業経験のある方と交流できるサイトを支援したり、各大学の起業論講座にインキュベーション経験のある講師の方を派遣したり、といった程度の予算をつけることしかできませんでした。
自在に動き回る「変人」が求められる時代
――オープン・イノベーションのきっかけとして、組織の枠を超えた結びつきが不可欠だということですね。
八尋
はい。いま、時代は大きな変革期を迎えています。
一昔前なら考えられなかったことですが、いまや家電量販店が太陽光発電を扱う時代になりました。太陽光発電システムを作っているメーカーやハウスメーカーのショールームよりも、価格においても、気軽さという意味においても、ユーザーが相談しやすいということなのでしょう。その根底には、エコな活動に参加したいという消費者の欲求があります。ユーザーと日々接する立場にいて、そのことにいち早く気づいた家電量販店が販売の主導権を握ることになった、ということでしょう。
そう考えると、「コネクテッドカー」(ICT 機能を有した次世代の自動車)にしても、従来のディーラーではなく、コンビニエンスストアが販売するという時代がくるかもしれませんよ。それくらい時代が大きく変化している中で、これまでの組織のあり方やビジネスモデルに縛られていたのでは、立ち行かなくなります。
もはや、一つの企業の中にイノベーションの要素がすべて揃っている時代ではありません。ICTの進展により、たいていのことはできる時代になったからこそ、ユーザーはもちろんのこと、自社にない技術や販売ルートを持つ企業、ベンチャーや新しい技術の研究開発をしている大学の研究室など、自分たちとは違う視野角を持つ組織や人とつながれる環境を手に入れた者が勝つのだと思います。
例えば、欧州最大の応用研究機関であるフラウンホーファー研究機構が、ドイツ、フランス、イタリアにおける革新的な企業を比較研究したレポートによれば、業績のいい企業には、必ずと言っていいほど、組織のはみ出し者のような「変人」というか、外部とさまざまなコネクションをもっている人が、トップ直属の部下として自在な動きをしているという。グーグル(Google)やセールスフォース・ドットコム(Salesforce.com)といった米国の革新的企業も同様で、社長特命のプロジェクトチームのメンバーが世界中を旅しながら、各国の研究所やベンチャー企業の人と会ったりして、日々、情報収集をしていると聞きます。
我々のコンサルティングファーム業界にしても、永久就職のつもりで入ってくる人はほとんどいなくて、ここでの経験や人脈を活かして、同業他社だけでなく、ベンチャーや金融業界に転職する人が少なくありません。仕事柄、さまざまなクライアントとかかわるため、結果として人的ネットワークの核となり、それが流動性にもつながっているのだと思います。最近は、優秀な学生の中には、SNSを通じてシリコンバレーとつながり、出資者を見つけて、卒業と同時に渡米して起業するという人もいます。志があれば、誰でも自在に動ける時代になったということでしょう。
これからのネットワークづくりに欠かせないIT
――八尋さんは、どのようにして人的ネットワークを築かれたのですか?
八尋
私の場合、長銀時代にコンサルティング部門にいて、さまざまな人に会う機会を持てたことが、後に大変役立ちました。また、多種多様な企業が参加する勉強会、たとえばソフト化経済センター主催の研究会に、長銀からブレインストーミングに参加するといったこともよくやっていました。当時(1990年代)は、どこの社にも、あるいは霞ヶ関の省庁にも、何らかの専門に通じた、しかしライン管理職ではない少し暇かもしれない部長クラスの方がいて、顔を出すと気軽にいろいろなことを教えてくださったものです。そのまま夜の飲み会までおつきあいいただき、情報交換をすることがよくありました(笑)。いまは若い人たちがそういう専門職の人と交わる機会が少なくなったというのも、閉塞感につながっているように思います。もっとも、当時の直接的なコミュニケーションに代わるものこそが、ITでありSNSであり、これらのツールをうまく使いこなすことでネットワークを広げている人は増えていると思います。
――一方で、そうした自在な動きができるかどうかは個人の資質によるところも大きいのではないかと思います。外とのつながりを、制度や施策で支援できる取り組みはないでしょうか?
八尋
例えば、ITやSNSを活用しながら、そのプロジェクトに関わるステークホルダーが意見を出し合う仕掛けを構築する、という方法はあると思います。その実例と言っていいかわかりませんが、長銀総研がある街区の開発に携わることになり、用地買収を進めている最中、関係者でコンソーシアムを組み、実際にその街区にどのような店舗が入れば集客が望めるか、皆で意見を出し合いながらシミュレーションをしていたことを覚えています。90年代の当時の、現在とは比較にならないようなシンプルなシミュレータを用いてではありますが、実際にコンピュータで試算もして、計画に反映させていった部分もありました。こうした取り組みは、一言で言えば異業種交流なのですが、それを研究会やコンソーシアムといった枠組みで、組織として運営するのは一つの有効なやり方でしょう。
その最新のかたちと言えるのが、現在、日立グループで進めている「NEXPERIENCE」です。これは、ステークホルダーが一堂に会したワークショップを通じて、課題やビジョンを共有するという取り組みです。ポイントは、それぞれの違ったものの見方を引き出し、率直な議論ができる場づくりにあります。
他組織を巻き込むには、ビジョナリーであることが求められる
――日本の企業の場合は多くが縦割りで、複数部署でプロジェクトを実施するにしても、その部署の利益代表者の集まりになってしまい、結局、うまくいかないことが多いように思います。そうならないためにも、先ほどの変人ではないけれど、組織の中を自由に動き回るような人がいたり、顧客やパートナーとの対話を促進するNEXPERIENCEのような仕掛けが必要だったりということですね。
八尋
そうですね。先ほどの街区開発のコンソーシアムの場合も、デベロッパーが主催するのではなく、銀行・流通・商社・通信会社など多くのステークホルダーが参加する研究会として、一つのプロジェクトとしてやっていたので、デベロッパーにすればリスク回避もできるし、自由な発想でできたというのはあるかもしれません。
例えば、NTTデータ経営研究所が日本神経科学学会の協力を得て2011年に設立した「応用脳科学コンソーシアム(CAN:Consortium for Applied Neuroscience)」なども、面白い事例の一つだと思います。その目的は、異業種の民間企業と脳科学研究者をつないで、事業性の高い研究テーマを推進することにあります。産官学連携でコンソーシアムを組むというのは、日本では古くからある手法ですし、馴染みやすいのではないでしょうか。
一方で、ゼネラル・エレクトリック(GE)の「ヘルシーマジネーション」は、もっとオープンに華々しくやっていますね。ヘルスケアに関するアイディアコンテストや研究会を開催するなどして、大々的に外部を巻き込みながら、自社の新しいベンチャー投資や医療機器の開発につなげています。
日立グループでは近年、長年培ってきたインフラ技術と高度なITを組み合わせた「社会イノベーション」事業を推進していくことを提唱しています。実際にそのビジョンに賛同してくれた企業との共同のプロジェクトも始まっていて、その一つにNTTと始めた地方創生プロジェクトがあります。NTTの通信技術と日立のシミュレーションを含めた先進的なITを使って、地方都市のマスタープランをつくり、持続可能な都市インフラを実現しようとしているのです。コアとなる技術を持っていることはもちろんのこと、やはりビジョナリーであること、実際にビジョンを共有することが、これからの企業にとって非常に重要だと思います。
今後、IoT(Internet of Things:モノのインターネット)の進展により、SNSを通じた人のネットワークだけでなく、モノもネットワーク化されていくことで、思いもよらなかったイノベーションが起こってくるでしょう。クラウドファンディングやクラウドソーシングも始まっています。知らない人同士がネットでつながって、一つの作品をつくっていく動きも多数出ていますよね。商品開発がそういった方向にいくのも時間の問題です。
やがては、いくら組織が止めようとしても、ブレイン・マシン・インタフェイスにより脳が直接ネットにつながって、次々にイノベーションが巻き起こるという未来が来るかもしれません。それがITの迫力であり、いまはその萌芽の時期。だからこそ、いまからその準備をすべく、組織のあり方や従来のやり方を見直す必要があると思っています。
実際に、日立コンサルティングでは、届け出は必要ですが兼業を認めているほか、2015年12月から休職制度も始めました。3カ月といった期間を決めて、NPOやNGOで働くことで、ネットワークも広がるし、ひいては社会イノベーションにつながる。それこそが、オープン・イノベーション、そして協創に欠かせない、多種多様なプレイヤーを取りまとめる力にもつながると信じています。
(取材・文=田井中麻都佳/写真=© Aterui 2015)
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