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モンゴルのアパレルメーカー、ゴビ(Gobi)の経営会議に同席することになった楠木建特任教授。若い経営陣との熱気を帯びたディスカッションはまさに『逆・タイムマシン経営論』そのものだった。

「第1回:モンゴルの渋沢栄一。~リアル『逆・タイムマシン経営論』~」はこちら>
「第2回:初めての競争戦略。」
「第3回:遊牧民族と旧ソ連。」はこちら>
「第4回:騎馬民族の競争戦略。」はこちら>

※ 本記事は、2024年2月9日時点で書かれた内容となっています。

タバン・ボグド・グループ傘下にゴビ(Gobi)という事業会社があります。同社の競争戦略について助言してくれないか――これが、グループのCEOであるバータルサイハンさんからの依頼でした。

ゴビの事業領域はアパレルの製造と小売です。主力商品はカシミヤの衣料品。もともとは国営企業でしたが、1992年にモンゴルが市場経済に移行したタイミングで民営化され、その後バータルサイハンさんが買収しました。

モンゴルは世界最大のカシミヤ産地です。国営企業時代のゴビは、他社のアパレルブランドのカシミヤ製品を作るOEMメーカーでした。タバン・ボグド・グループの一員である現在は、原料から一貫生産し、自社デザインの商品を自社ブランドで世界中に販売する垂直統合の戦略を採っています。バータルサイハンさんのビジョン「大量の雇用を創出すると同時に、国富に貢献する」を実現する上で重要な事業です。

前回も触れたように、タバン・ボグド・グループはトヨタのレクサスのディーラーやヨーロッパのケンピンスキーホテル(Kempinski Hotels)といったグローバルブランドをモンゴル国内で展開しています。つまり、国外の商品がモンゴルに入ってきている。その逆――モンゴルで作った商品を、モンゴルの企業として海外に持っていくという役割をゴビは担っています。

ゴビは優れたカシミヤの衣料品を一貫生産しているので高品質で低コスト。モンゴル国内のカシミヤ衣料品市場でシェア80%と圧勝状態にあります。カシミヤはモンゴルにとって、インバウンド需要が高い商品の代表です。ここから先は、直接海外に出店し、eコマースも含めて自社ブランドで売っていく――これがゴビの基本戦略です。

タバン・ボグド・グループは典型的な成長経済におけるコングロマリットです。国内はつねに需要が供給を上回っている。ですから、成熟した市場のような競争はない。明治維新や戦後復興の頃の日本と同じ。機敏かつ大胆に投資して大量に供給すれば、砂に水をまくように需要側が吸収していく。成長の追い風が吹きまくっている状態です。

モンゴルのことを何も知らない僕が競争戦略のアドバイスをするなど本来大きなお世話なんですが、ゴビはタバン・ボグド・グループの中で新しいチャレンジになる事業です。自社ブランドで、まずはヨーロッパをターゲットに、世界に打って出る。ゴビはすでにベルリンにヨーロッパ事業の拠点を構えていますが、ヨーロッパはどこの国に行っても完全に成熟した消費市場です。カシミヤのアパレル企業だけでも数多くあって、熾烈な競争をずっと続けている。Brunello CucinelliとかLoro Pianaみたいなラグジュアリーブランドから、NakedCashmereやFALCONERI、Soft Goatといったカシミヤに特化したアパレルブランドまで、激しく競い合っている。

今こそ、タバン・ボグド・グループにとって初めて、本当の競争戦略を必要とする局面です。競合他社との違いをどこに創るかを、ゴビの経営陣と一緒にディスカッションして考える――これが、僕に求められた役割でした。

ゴビの経営陣は、バータルサイハンさんの息子さんのアマさんをはじめ15人くらい。ほぼ全員が30代前半で、半分以上が女性。みんな本当に優秀で、英語でのコミュニケーションはまったく問題ない。密度の濃い議論となりました。

僕なりに今後のゴビの課題として思ったことは、まずは商売の基になるコンセプトを明確に再定義する必要があるということ。経営陣はすごく活力があってイケイケなんです。投資の資金も充分にある。おそらく高度成長期の日系企業も、事業経営の最先端の現場ではこういう若いリーダーが「ガンガン世界に打って出ていこう!」って熱く議論していたんだろうなと思います。

で、僕は「いや、ちょっと待ってください」と。ヨーロッパに出たら最後、即競争が待っている。ゴビのアパレル商品が、お客さまから見てどこに独自の価値があるのか。それをコンセプトとしてまず固めないと、価値がまったく伝わらずに大失敗する可能性がある。そこのところを、ちょっとここで考えましょう――そう言うと、ゴビの経営陣も「そりゃそうだよな。もう一度考え直してみよう」と。

モンゴルから帰国したあとも、ゴビの経営陣とのやりとりは続いています。今は、フルスロットルでヨーロッパに店舗をバーッと出すのを一旦ストップして、コンセプトを固めつつあるようです。昔の日系企業もきっとこういう感じだったんじゃないかと思います。

ゴビの工場に、Factory storeという小売店が隣接しています。滞在中、僕もそこでカシミヤのコートを買いました。商品力は間違いなくある。価格に対する品質の高さは大したものです。ゴビの世界進出の成功を願っています。(第3回へつづく

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画像: モンゴルの大経営者、バータルサイハンさんを知る―その2
初めての競争戦略。

楠木 建
一橋ビジネススクールPDS寄付講座特任教授。専攻は競争戦略。一橋大学大学院商学研究科修士課程修了。一橋大学商学部専任講師、同助教授、ボッコーニ大学経営大学院(イタリア・ミラノ)客員教授、一橋大学大学院国際企業戦略研究科助教授、同ビジネススクール教授を経て2023年から現職。有名企業の経営諮問委員や社外取締役、ポーター賞運営委員(現任)などを歴任。1964年東京都目黒区生まれ。

著書に『絶対悲観主義』(2022年,講談社+α新書)、『逆・タイムマシン経営論』(2020年,日経BP,共著)、『「仕事ができる」とはどういうことか?』(2019年,宝島社,共著)、『室内生活:スローで過剰な読書論』(2019年,晶文社)、『すべては「好き嫌い」から始まる:仕事を自由にする思考法』(2019年,文藝春秋)、『経営センスの論理』(2013年,新潮新書)、『ストーリーとしての競争戦略:優れた戦略の条件』(2010年,東洋経済新報社)ほか多数。

楠木特任教授からのお知らせ

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・オープンな場なので、仕事や生活経験の具体的な中身については書きにくい
・考えごとや主張をツイートすると、不特定多数の人から筋違いの攻撃を受ける

「楠木建の頭の中」は僕のXの拡張版というか裏バージョンです。もう少し長く書ける「拡張版」があれば1の問題は解決しますし、クローズドな場に限定すれば2と3の不都合を気にせずに話ができます。加えて、この場であればお読みいただく方々に質問やコメントをいただき、やりとりするのも容易になります。
不定期ですが、メンバーの方々と直接話をする機会も持ちたいと思います。
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