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昨年、仕事でモンゴルを訪れた楠木建特任教授。現地のコングロマリットを率いる経営者、バータルサイハン氏との交流をはじめとする体験から、経済成長期にあるモンゴルの実情とその背景を考察する。

「第1回:モンゴルの渋沢栄一。~リアル『逆・タイムマシン経営論』~」
「第2回:初めての競争戦略。」はこちら>
「第3回:遊牧民族と旧ソ連。」はこちら>
「第4回:騎馬民族の競争戦略。」はこちら>

※ 本記事は、2024年2月9日時点で書かれた内容となっています。

去年の秋、モンゴルのウランバートルに仕事で行く機会がありました。モンゴル最大の企業グループ、タバン・ボグド・グループ(Tavan Bogd Group)の創業経営者であるバータルサイハンさん(Baatarsaikhan Tsagaach)が僕の考え方を気に入ってくださっていて、「仕事の相談をしたい」とお声掛けいただきました。

1917年のロシア革命以降、旧ソ連と中国の間に挟まれていたモンゴルは、両国の対立に翻弄されていました。結果、1924年に社会主義国としてモンゴル人民共和国が成立し、徹底した親ソ路線を採るようになります。

1989年に東欧革命が起き、1991年に旧ソ連が崩壊すると、モンゴルでも民主化運動が起きます。1992年、国名をモンゴル国に改称し、社会主義と決別して普通の市場経済の国になりました。

こういう大きな体制の変化が起きると、巨大な事業機会が生まれます。日本の明治維新では、三井財閥を作った渋沢栄一、三菱財閥を作った岩崎弥太郎といった巨大企業グループを創業する経営者が登場しました。

1992年以降のモンゴルでも、まさに同じような経営者が登場します。その1人がバータルサイハンさんです。モンゴルが社会主義と決別して3年目の1995年、彼はタバン・ボグド・グループを創業します。僕より3つくらい若いので、創業当時はまだ20代のはずです。

同社の最初のビジネスは、日本の富士フイルムのディストリビューター(※)として始めたプリント業でした。それから30年近く経った今、タバン・ボグド・グループはモンゴル最大のコングロマリットとして君臨しています。銀行、商社、食品、アパレル、自動車ディーラー、小売業、観光業、ホテル、外食産業――とにかく何でもやっている。ケンタッキーフライドチキンやピザハット、ゴディバといったグローバルブランドの現地法人もこのグループの傘下です。

※ distributor:他社から商品を購入して自由に価格設定し、エンドユーザーに再販する卸売業者。

今や、モンゴルの人口わずか約345万人(2022年現在)のうち、約1万2,000人がタバン・ボグド・グループに雇用されているそうです。

モンゴル最大の産業は、豊富な鉱物資源を背景とした鉱工業です。当然の成り行きとして、タバン・ボグド・グループ以外にもいくつかのコングロマリットが国内に誕生しましたが、いずれも資源ビジネスを基軸にしています。その中でタバン・ボグド・グループがユニークな点は、非資源――特に消費財の分野で成長を続けているところです。

それまでバータルサイハンさんとはオンラインで話したことはあったのですが、いざ直接お目に掛かると、ちょっと見たことがないくらいスケールが大きい。現在の欧米や日本ではちょっとお目にかかれないタイプの経営者です。

モンゴルの人たちの平均所得は年間約5千ドル(2022年現在)。で、タバン・ボグド・グループの企業目標は、それを5年間で倍の1万ドルにすること。私企業の経営者なのに国の平均所得を上げることを目標にしている――類を見ないスケールの大きさです。

バータルサイハンさんは今も、どんどん新しい事業を始めています。つい最近も、AIを使った医療診断サービスの事業を立ち上げたばかりだそうです。「モンゴルの医療水準の向上に貢献したい」。とにかく意思決定が速い。バンバン投資して、事業を成長させ、雇用を生み出し、国を豊かにする――その気概に僕は感動しました。

逆に言えば、世の中の体制が根本的に変わるような出来事がないと、バータルサイハンさんのようにとんでもないスケールの経営者は出てこないのだと思います。僕はバータルサイハンさんの話を伺って、「渋沢栄一や岩崎弥太郎ってこういう人だったんじゃないかな……」と感じました。まさに「リアル『逆・タイムマシン経営論』です。

『逆・タイムマシン経営論』は、以前にもお話ししたように、過去の新聞や雑誌の記事を遡ることで近過去を追体験する作業を通じ、本質を見抜くセンスや大局観を獲得する知的鍛錬です。僕は期せずして去年、モンゴルに行く機会をいただき、それをリアルに体感することができました。

モンゴルは今、いよいよ高度成長期を迎えています。人口は少ないですが、その7割が35歳以下。年齢構成からして日本とは全然違う。ウランバートルの街なかを歩いていると、とにかく子どもが多い。しかも交通渋滞がひどくて、朝からごった返している。僕が生まれたミッド昭和の日本も、こういう感じだったんじゃないか――そう思わせられたモンゴル訪問でした。

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画像: モンゴルの大経営者、バータルサイハンさんを知る―その1
モンゴルの渋沢栄一。~リアル『逆・タイムマシン経営論』~

楠木 建
一橋ビジネススクールPDS寄付講座特任教授。専攻は競争戦略。一橋大学大学院商学研究科修士課程修了。一橋大学商学部専任講師、同助教授、ボッコーニ大学経営大学院(イタリア・ミラノ)客員教授、一橋大学大学院国際企業戦略研究科助教授、同ビジネススクール教授を経て2023年から現職。有名企業の経営諮問委員や社外取締役、ポーター賞運営委員(現任)などを歴任。1964年東京都目黒区生まれ。

著書に『絶対悲観主義』(2022年,講談社+α新書)、『逆・タイムマシン経営論』(2020年,日経BP,共著)、『「仕事ができる」とはどういうことか?』(2019年,宝島社,共著)、『室内生活:スローで過剰な読書論』(2019年,晶文社)、『すべては「好き嫌い」から始まる:仕事を自由にする思考法』(2019年,文藝春秋)、『経営センスの論理』(2013年,新潮新書)、『ストーリーとしての競争戦略:優れた戦略の条件』(2010年,東洋経済新報社)ほか多数。

楠木特任教授からのお知らせ

思うところありまして、僕の考えや意見を読者の方々に直接お伝えするクローズドな場、「楠木建の頭の中」を開設いたしました。仕事や生活の中で経験したこと・見聞きしたことから考えたことごとを配信し、読者の方々ともやり取りするコミュニティです。
この10年ほどX(旧・Twitter)を使ってきて、以下の3点について不便を感じていました。

・140字しか書けない
・オープンな場なので、仕事や生活経験の具体的な中身については書きにくい
・考えごとや主張をツイートすると、不特定多数の人から筋違いの攻撃を受ける

「楠木建の頭の中」は僕のXの拡張版というか裏バージョンです。もう少し長く書ける「拡張版」があれば1の問題は解決しますし、クローズドな場に限定すれば2と3の不都合を気にせずに話ができます。加えて、この場であればお読みいただく方々に質問やコメントをいただき、やりとりするのも容易になります。
不定期ですが、メンバーの方々と直接話をする機会も持ちたいと思います。
ビジネスや経営に限らず、人間の世の中について考えることに興味関心をお持ちの方々のご参加をお待ちしております。DMM社のプラットフォーム(月額500円)を使っています。

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https://lounge.dmm.com/detail/2069/

ご参加をお待ちしております。

楠木健の頭の中

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楠木建の「EFOビジネスレビュー」

一橋ビジネススクール一橋ビジネススクールPDS寄付講座特任教授の楠木建氏の思考の一端を、切れ味鋭い論理を、毎週月曜日に配信。

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山口周氏をナビゲーターに迎え、経営者・リーダーが、自身の価値基準を持つための「リベラルアーツ」について考える。

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社会課題の解決に向けたビジョンの共有を図る研究開発拠点『協創の森』。ここから発信される対話に耳を傾けてください。

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パーパス、CSV、ESG、カスタマーサクセス、M&A、ブロックチェーン、アジャイルなど、経営戦略のキーワードをテーマに取り上げ、第一人者に話を聞く。

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