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モンゴルに滞在する中で、旧ソ連をはじめとする共産主義国との関係性を垣間見た楠木建特任教授。遊牧民国家としての成り立ちから、現在の高度成長期に至るモンゴルの歴史・経済を考察する。

「第1回:モンゴルの渋沢栄一。~リアル『逆・タイムマシン経営論』~」はこちら>
「第2回:初めての競争戦略。」はこちら>
「第3回:遊牧民族と旧ソ連。」
「第4回:騎馬民族の競争戦略。」はこちら>

※ 本記事は、2024年2月9日時点で書かれた内容となっています。

僕が製造業の企業に経営助言の仕事をさせてもらうときは、可能であれば、まず工場見学をお願いしています。ゴビ(Gobi)のカシミヤ商品の一貫生産ラインを持つ巨大工場は、ウランバートルの街なかにあります。実際に見学したのですが、カシミヤの原毛処理などの上流の工程には、おそらくモンゴルが社会主義国だった時代から稼働しているであろう、旧ソ連製の古い機械が今でも稼働していました。下流にある染色の工程ではイタリア製の機械が、縫製の工程では日本製の3Dニッティングマシンが稼働している――それぞれの工程を得意とする機械メーカーが世界中にあることを実感しました。

モンゴルが一番強く影響を受けた国は何と言っても旧ソ連です。

今回、僕にとって初めてのモンゴルだったので、渡航前にモンゴル関連の本をいくつか読みました。で、若い頃に読んだことのある司馬遼太郎さんの名作『モンゴル紀行』をあらためて読んでみたんです。1973年に司馬さんが初めてモンゴルを訪れたときの感動を書いた紀行文ですが、さすが、大学でモンゴル語を専攻したくらい遊牧民族に入れ込んでいただけあって素晴らしい内容です。

1970年代のモンゴルはソ連の衛星国でした。日本から直接入ることができず、一度旧ソ連に行ってビザを申請しなくてはいけない。ハバロフスクからイルクーツクを経てウランバートルに入っていくだけでも大旅行でした。『モンゴル紀行』を読んでいると、なかなかモンゴルの話にならず、経由地の旧ソ連についての話が前半ずっと続く。それはそれで、司馬さんならではの名文が味わい深い。

モンゴルに対する司馬さんの考察はこうです。――モンゴルは極めて伝統的な社会である。家のありようとか食べ物、牧畜の仕方といった習俗は、13世紀の元帝国のころから基本的には変わっていない。

中国の周辺国家は、ことごとく中国文明を取り入れました。朝鮮やベトナムがその典型です。あるいは、満州からシベリアにかけての地域に暮らすツングース系の民族は半農半牧ですが、彼らが建国した金や清は、中国を支配すると完全に中国文明に同化してしまいます。

モンゴルだけは例外です。モンゴル人が建国した元は、中国から東ヨーロッパまでの全土をいっとき支配しますが、既存の中国文明を拒否し続けました。最終的に元帝国は滅び、さっさと北に引っ込んでしまいます。やっぱり遊牧民族は「民族としての業種」がほかとは違う――これが司馬さんの洞察です。

遊牧民族にとって、草が生えっぱなしの大地は絶対の生存条件です。逆に農耕民族にとっては、その状態が一番良くない。だから、鋤や鍬で土を掘り返して、田んぼや畑にする。「何がいい状態なのか」が正反対なので、モンゴルと中国の間では紛争が絶えませんでした。

のちに旧ソ連で社会主義革命が起き、遊牧民族のモンゴルはいきなり共産主義国になります。しかし、農耕社会を共産主義に切り替えるよりかは混乱が少ない。遊牧社会のモンゴルは、土地への執着がない。そもそも、土地を所有するという概念がない。まったく異質のように見えて、実は旧ソ連の体制への親和性が高かったんじゃないか――実際、モンゴルと旧ソ連はしばらくいい関係が続いていました。

世界の再構築をめざしていた旧ソ連は、東欧やモンゴルといった衛星国に対して世界分業経済体制を主導します。これがCOMECON(※)です。旧ソ連グループの国がそれぞれ専門とする産業を指定される。で、それ以外の産業は持たない。徹底した世界分業システムでした。それぞれの国に経済的な独立性を失わせることで、グループ全体を設計する旧ソ連に従属させるという狙いでした。

※ COMECON-Council for Mutual Economic Assistance:経済相互援助会議。1949年に旧ソ連の主導のもと、東ヨーロッパ諸国を中心とした共産主義諸国の経済協力機構として結成された。 

COMECONが発足した1949年以降、東欧の衛星国は徐々に旧ソ連の“産業奴隷”になっていきます。東欧にとってはいい迷惑です。当時先進工業国だった東ドイツがその典型で、工業力はむしろ旧ソ連よりも高い。にもかかわらず、政治的に旧ソ連の言うことを聞かなくてはいけない。一方、同じCOMECON仲間のモンゴルは遊牧国家だったので、工業のインフラがまったくありませんでした。COMECON体制になり、先進工業国からいろいろな技術や製品が入ってくる。東欧と違って、享受する利益のほうが大きかった。だから、旧ソ連体制に馴染んだのだと思います。

モンゴルに滞在中、タバン・ボグド・グループを率いるバータルサイハンさんのご自宅で食事をごちそうになる機会がありました。そこで奥さまともお話ししたのですが、彼女は社会主義国時代のモンゴルの政治エリートのおうちのお嬢さんで、子どもの頃はキューバに住んでいたそうです。当然、スペイン語がぺらぺら。その後、旧ソ連で高等教育を受けているのでロシア語もできる。バータルサイハンさんと結婚なさってタバン・ボグド・グループを創業してからは、夫婦で共同経営者のような感じで歩んできたそうです。ものすごく聡明な方とお見受けしました。モンゴルのダイナミックな近現代史を体現したような方でした。(第4回へつづく

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画像: モンゴルの大経営者、バータルサイハンさんを知る―その3
遊牧民族と旧ソ連。

楠木 建
一橋ビジネススクールPDS寄付講座特任教授。専攻は競争戦略。一橋大学大学院商学研究科修士課程修了。一橋大学商学部専任講師、同助教授、ボッコーニ大学経営大学院(イタリア・ミラノ)客員教授、一橋大学大学院国際企業戦略研究科助教授、同ビジネススクール教授を経て2023年から現職。有名企業の経営諮問委員や社外取締役、ポーター賞運営委員(現任)などを歴任。1964年東京都目黒区生まれ。

著書に『絶対悲観主義』(2022年,講談社+α新書)、『逆・タイムマシン経営論』(2020年,日経BP,共著)、『「仕事ができる」とはどういうことか?』(2019年,宝島社,共著)、『室内生活:スローで過剰な読書論』(2019年,晶文社)、『すべては「好き嫌い」から始まる:仕事を自由にする思考法』(2019年,文藝春秋)、『経営センスの論理』(2013年,新潮新書)、『ストーリーとしての競争戦略:優れた戦略の条件』(2010年,東洋経済新報社)ほか多数。

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この10年ほどX(旧・Twitter)を使ってきて、以下の3点について不便を感じていました。

・140字しか書けない
・オープンな場なので、仕事や生活経験の具体的な中身については書きにくい
・考えごとや主張をツイートすると、不特定多数の人から筋違いの攻撃を受ける

「楠木建の頭の中」は僕のXの拡張版というか裏バージョンです。もう少し長く書ける「拡張版」があれば1の問題は解決しますし、クローズドな場に限定すれば2と3の不都合を気にせずに話ができます。加えて、この場であればお読みいただく方々に質問やコメントをいただき、やりとりするのも容易になります。
不定期ですが、メンバーの方々と直接話をする機会も持ちたいと思います。
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