「第1回:コンサルティングとは何か。」
「第2回:主観の回復。」はこちら>
「第3回:場とは何か。」はこちら>
「第4回:フィデューシャリー・エージェント事業。」はこちら>
「第5回:株主と企業のあるべき関係。」はこちら>
※ 本記事は、2023年10月26日時点で書かれた内容となっています。
新卒コンサルタントが抱いた疑問
楠木
以前「僕が処分しなかった本」で『会社という迷宮』(ダイヤモンド社)を紹介しました。今回はその本の著者、石井光太郎さんとの対談をお送りします。
経営に関する意見を発信している有識者はたくさんいます。一人ひとりを野球のピッチャーにたとえると、さすがにみんな球が速い。その中でも傑出した人は、球速に加えてコントロール、配球の妙、球のキレと、何かしら秀でたものを持っている。中でも一番模倣されにくい特徴が、投げる球の重さです。
石井さんが投げる球は、ヒジョーに重い。初めて『会社という迷宮』を読んだとき、僕は手が痺れたのかと錯覚するほどずっしりとした重さを感じました。
長年コンサルタントをされてきた石井さんは、「コンサルティングとは何か」をつねに考えながらキャリアを重ねてきた結果、重い球を投げ込むようになったのではないか――。今日はその辺のお話から伺っていこうと思います。石井さん、よろしくお願いします。
石井
こちらこそ、よろしくお願いします。
楠木
まず、どんなふうにコンサルタントとしてのキャリアをスタートされたのですか。
石井
1984年に大学の経済学部を卒業してすぐコンサルティング会社に就職しました。
と言っても、あまり深く考えていたわけではなくて……。学部3年生の1月、滞納していた学費を払うために学内の掲示板でアルバイトを探していました。そうしたら、こんな求人を見つけたのです。「ボストンコンサルティンググループ、スプリングジョブ募集。3週間で給与18万円」。当時の国立大学の年間授業料がちょうど18万円でしたから、これで学費を稼げる、と。
無事採用されて、その年の春休みにBCGの日本支社でアルバイトをしました。その後、マネジャーから「うちで働いてみないか」と誘われて、勢いで「行きます」と即答し、この世界に入りました。
実際に社員として働き始めると、こんな疑問が湧いてきました。――大学を出たばかりの自分が、経営者にモノを言えるのだろうか。相手は人生経験も豊富、事業にも精通している。そんなすごい人に意見して、しかもお金をいただく。そんなことができるのだろうか――。
楠木
まだ社会人なりたてで素直だけに、本質的な疑問ですね。
エイリアンの衝撃
石井
当時のBCG日本支社で業績の優れていた日本人の先輩たちは、総じて変人でした。身に着けているスーツから行動パターンまで、ほかの日本人とはまるで違う。僕はこう思いました。「あ、この人たちはエイリアンなんだ」と。伝統的な大企業を率いる60代の立派な経営者に対して、脚を組んで偉そうに意見を言う30代のコンサルタント――今では見られないシーンです。彼らはまさにエイリアンであり、言わば“黒い眼の外国人”でした。
BCGで僕が一番カッコいいと思った人物が、日本支社の初代代表、ジェイムズ・アベグレンです。当時すでに60歳近かった彼が、モスグリーンのスーツを着てパイプをくゆらせながら悠然とオフィスを歩いている。日本の経営者とはまったく違うオーラでした。この異次元さこそ、コンサルティングが生み出す価値の源泉なんじゃないか――そう感じたのです。
その頃の日本経済は、高度成長期が終わって2度のオイルショックを経験し、成長期から成熟期にさしかかっていました。成長期には、頑張ればどの企業も伸びる。ところが成熟期には、真面目に経営に向き合った企業だけが伸びます。
楠木
投資判断や意思決定といった行為において、本当の経営が必要になる。
石井
そうです。成熟期に入ろうとしていた日本に、海外からコンサルティングというビジネスが入ってきました。「経営は科学だ。事実に基づいて分析すれば必ず正しい答えが出せる」――ある種の玉手箱を持ってやって来た“黒い眼の外国人”に、企業は巨額のコンサル料を支払います。自分たちとこんなにも違う彼らなら、経営を変えてくれそうだ――そう思わせるくらいの衝撃を、当時のコンサルタントは経営者に与えたのだと思います。
経営の自然治癒力
楠木
BCGの後、石井さんは株式会社コーポレイトディレクション(CDI:Corporate Directions,Inc.)に移られます。どのような経緯だったのですか。
石井
BCGに入社して1年半経った頃、同僚の先輩たちから「新しい会社を興そうと考えている」と明かされました。彼らは当時30代、コンサルタントとしての技量はすでに高い。ただ、社内では十分に評価されず、不満が溜まっていました。「おまえも来るか」と誘われて、これまた勢いで「行きます」と。10人が退職し、1986年にCDIがスタートしました。僕のように当時20代中盤だったメンバーには、のちに株式会社経営共創基盤を設立する冨山和彦さんもいました。
楠木
CDIは、現在の世間一般のコンサルティングとは一線を画しているという印象があります。ここ10年ほどでコンサルティング会社は急増しましたが、その多くが、玉手箱の引き出しを開けて「ほら、こんなソリューションが入っています」と見せるような商売になっている。
石井
本来の役割はそうじゃないと思うのです。
例えば、ここにペットボトルの水があります。「この水にはこんなに優れた成分が入っていて、健康にいいんですよ」と、一方的に売りつけるやり方はコンサルティングとは言えません。目の前の人が脱水症状を起こしそうなのに、それを自覚していない。このままでは危ないというときに、「あなたに今必要なものは、水分です」と水を勧める。これがコンサルティングです。
クライアントにとって今、何が必要なのかを見極める。コンサルティングにおいて一番大事な視点です。
人間は身体に不具合が出てきても、たいていの場合は自己治癒力で直そうとします。企業も一緒です。ある方向をめざして頑張っているのに、努力が空回りして違う方向に進んでしまっている会社があるとします。そこに歯車を1個足したり、ネジを1本抜いたりすることで、その会社の自己治癒力を取り戻す。その手助けがコンサルティングなのです。(第2回へつづく)
石井光太郎(いしい こうたろう)
1961年、神戸市生まれ。東京大学経済学部卒業。ボストンコンサルティンググループを経て、1986年に経営戦略コンサルティング会社、株式会社コーポレイトディレクション(CDI)設立に参加。2003年から2021年まで、同社代表取締役パートナーを務める。現在、CDIグループ CDIヒューマンキャピタル主宰。2022年3月、フィデューシャリー・エージェント事業会社、MFA株式会社を設立し代表取締役に就任。2023年4月に事業開始。
楠木 建
一橋ビジネススクールPDS寄付講座特任教授。専攻は競争戦略。一橋大学大学院商学研究科修士課程修了。一橋大学商学部専任講師、同助教授、ボッコーニ大学経営大学院(イタリア・ミラノ)客員教授、一橋大学大学院国際企業戦略研究科助教授、同ビジネススクール教授を経て2023年から現職。有名企業の経営諮問委員や社外取締役、ポーター賞運営委員(現任)などを歴任。1964年東京都目黒区生まれ。
著書に『絶対悲観主義』(2022年,講談社+α新書)、『逆・タイムマシン経営論』(2020年,日経BP,共著)、『「仕事ができる」とはどういうことか?』(2019年,宝島社,共著)、『室内生活:スローで過剰な読書論』(2019年,晶文社)、『すべては「好き嫌い」から始まる:仕事を自由にする思考法』(2019年,文藝春秋)、『経営センスの論理』(2013年,新潮新書)、『ストーリーとしての競争戦略:優れた戦略の条件』(2010年,東洋経済新報社)ほか多数。
楠木特任教授より、新著『経営読書記録』全2巻出版のお知らせです。
僕の新しい本『経営読書記録 表』『経営読書記録 裏』の2冊が同時に出版されました。タイトルは、ずいぶん前につくった『戦略読書日記』からの連想です。
2019年に書評集『室内生活』を出版してから、あちこちに書いた書評が溜まっていました。『経営読書記録』はそのほとんどを収録した僕の第2書評集です。書き溜めた分量がずいぶん多かったので、分冊となりました。「上・下」というのも芸がないので、「表・裏」という構成にしました。
「表」には、2019-2023に書いた書籍解説や雑誌の連載書評、新聞や雑誌、オンラインメディアに書いた単発書評を収録しました。「裏」は、「楠木建の頭の中」に掲載した書評が中心です。それに加え、これまでにいろいろなメディアで発表された「著者との対話」や、「自著を語る」、音楽・映画評論も盛り込みました。
僕にとっての優れた書評の基準はただ一つ、「書評を読んだ人がその本を読みたくなるか」です。本書が読者にとって「今すぐにどうしても読みたい本」と出合うきっかけとなることを願っています。
楠木特任教授からのお知らせ
思うところありまして、僕の考えや意見を読者の方々に直接お伝えするクローズドな場、「楠木建の頭の中」を開設いたしました。仕事や生活の中で経験したこと・見聞きしたことから考えたことごとを配信し、読者の方々ともやり取りするコミュニティです。
この10年ほどTwitterを使ってきて、以下の3点について不便を感じていました。
・140字しか書けない
・オープンな場なので、仕事や生活経験の具体的な中身については書きにくい
・考えごとや主張をツイートすると、不特定多数の人から筋違いの攻撃を受ける
「楠木建の頭の中」は僕のTwitterの拡張版というか裏バージョンです。もう少し長く書ける「拡張版」があれば1の問題は解決しますし、クローズドな場に限定すれば2と3の不都合を気にせずに話ができます。加えて、この場であればお読みいただく方々に質問やコメントをいただき、やりとりするのも容易になります。
不定期ですが、メンバーの方々と直接話をする機会も持ちたいと思います。
ビジネスや経営に限らず、人間の世の中について考えることに興味関心をお持ちの方々のご参加をお待ちしております。DMM社のプラットフォーム(月額500円)を使っています。
お申し込みはこちらまで
https://lounge.dmm.com/detail/2069/
ご参加をお待ちしております。
シリーズ紹介
楠木建の「EFOビジネスレビュー」
一橋ビジネススクール一橋ビジネススクールPDS寄付講座特任教授の楠木建氏の思考の一端を、切れ味鋭い論理を、毎週月曜日に配信。
山口周の「経営の足元を築くリベラルアーツ」
山口周氏をナビゲーターに迎え、経営者・リーダーが、自身の価値基準を持つための「リベラルアーツ」について考える。
協創の森から
社会課題の解決に向けたビジョンの共有を図る研究開発拠点『協創の森』。ここから発信される対話に耳を傾けてください。
新たな企業経営のかたち
パーパス、CSV、ESG、カスタマーサクセス、M&A、ブロックチェーン、アジャイルなど、経営戦略のキーワードをテーマに取り上げ、第一人者に話を聞く。
Key Leader's Voice
各界のビジネスリーダーに未来を創造する戦略を聞く。
経営戦略としての「働き方改革」
今後企業が持続的に成長していくために経営戦略として取り組むべき「働き方改革」。その本質に迫る。
ニューリーダーが開拓する新しい未来
新たな価値創造に挑む気鋭のニューリーダーに、その原動力と開拓する新しい未来を聞く。
日本発の経営戦略「J-CSV」の可能性
日本的経営の良さを活かしながら利益を生み出す「J-CSV」。その先進的な取り組みに迫る。
ベンチマーク・ニッポン
日本を元気にするイノベーターの、ビジョンと取り組みに迫る。
デジタル時代のマーケティング戦略
マーケティングにおける「デジタルシフト」を、いかに進めるべきか、第一人者の声や企業事例を紹介する。
私の仕事術
私たちの仕事や働き方の発想を変える、膨らませるヒントに満ちた偉才たちの仕事術を学ぶ。
EFO Salon
さまざまな分野で活躍する方からビジネスや生活における新しい気づきや価値を見出すための話を聞く。
禅のこころ
全生庵七世 平井正修住職に、こころを調え、自己と向き合う『禅のこころ』について話を聞く。
岩倉使節団が遺したもの—日本近代化への懸け橋
明治期に始まる産業振興と文明開化、日本社会の近代化に多大な影響を及ぼした岩倉使節団。産業史的な観点から、いま一度この偉業を見つめ直す。
八尋俊英の「創造者たち」~次世代ビジネスへの視点~
新世代のイノベーターをゲストに社会課題の解決策や新たな社会価値のつくり方を探る。