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一橋ビジネススクールPDS寄付講座特任教授 楠木建氏/MFA株式会社代表取締役 石井光太郎氏
会社という迷宮 経営者の眠れぬ夜のために』(ダイヤモンド社)の著者・石井光太郎氏を迎えた新春対談、最終回。株主と企業とのあるべき関係を構築するために、金融機関や投資家、経営者に必要な視点とは。

※ 本記事は、2023年10月26日時点で書かれた内容となっています。

「第1回:コンサルティングとは何か。」はこちら>
「第2回:主観の回復。」はこちら>
「第3回:場とは何か。」はこちら>
「第4回:フィデューシャリー・エージェント事業。」はこちら>
「第5回:株主と企業のあるべき関係。」

長期視点の回復

楠木
極論すると、石井さんが期待している株主としての役割を金融機関が当たり前に果たせるようになったら、フィデューシャリー・エージェント事業は存在しなくてもいいとお考えですか。

石井
はい。そういう状況になるには、金融機関がほかの株主や投資先企業の取引先、従業員、地域社会にも目を配った上で、企業にとって何がよいかを判断できるようにならなくてはいけません。

企業は何かを達成するために存在しています。だからこそ経営者は、楠木先生がよくおっしゃっている「長期視点」を持つ必要があります。それも、「終わりのない長期」です。

画像: 石井光太郎氏

石井光太郎氏

楠木
すべての論理は時間軸の取り方に帰結しますからね。

石井
そうです。短期視点と長期視点の違いは、可視化できるか・できないかにあります。人間は目に見えるものに引っ張られがちなので、どんどん短期的な思考に流れて行ってしまう。そうならないよう、長期的な視点で的確に物事を判断していく役割を金融機関に果たしてもらいたいのです。

楠木
僕が考えるリーダーシップと同じです。リーダーとは、長期視点を回復できる人。もしくは、手段を目的化していく分業構造の中で、目的と手段の本来の関係を取り戻せる人です。

画像: 楠木建氏

楠木建氏

経営者の主観、株主の評価眼

楠木
株主と企業の関係において、これからは何が大切になっていくでしょうか。

石井
どの企業にも、創業当時から持ち続けてきた夢や志があるはずです。それを体現するためには、競争に勝たなくてはいけない。ですが、ほとんどの商品はそもそもユニークなはずです。「100メートルを何秒で走れるか」という競争とは違う。人生と同じです。将来に向け、会社として何をやりたいのか、どんなふうに事業を進めていきたいか――それを経営者が語れないと、資本市場から評価されようがないのです。

楠木
目先のIRのスキルやテクニックを習得するよりも、よっぽど話が早いし、効き目もあるし、なにより自然にできるはずですよね。

石井
「我が社はこういうことをやろうとしている会社だ。支持してくれる方は集まってくれ」と、経営者が投資家に呼びかける。これが本来の株式市場のあり方です。

楠木
しかも今は、供給がだぶついている。

石井
そうです。資本市場のほうから「投資させてください」と言ってくるくらいが本当はいい。現状では、企業がそれだけの力強い発信をできていません。そもそも経営に対する確固とした考えを持てていない経営者が多いと感じます。

画像1: 経営者の主観、株主の評価眼

一方で株主は、どんどん短期視点に流れています。数値を重視した結果、リスク回避型の投資に偏っている。「将来の社会をよりよくするための事業」に資産を集中させることこそ、金融事業の本分であるはずです。

企業がやろうとしていることが本当に面白いのか、どんな可能性を秘めているのかを見抜く評価眼、鑑定眼が必要です。かつてのバンカーたちは、事業の意義に価値を認めた上で、リスクを取る企業に投資していました。資金が供給過剰にある今こそ、数値にとらわれない評価眼を磨くべきです。

楠木
アメリカではここ20年間、ベンチャーキャピタル(VC)が存在感を高めています。初期は山師の集まりのようだったVCですが、今や投資のプロフェッショナルとして高度な評価眼――まさにバンカーの意識を持ち、経済のエンジンをつくるためのインフラを提供しています。VCのような役割を、日本の金融機関が果たしていくべきだと。

画像2: 経営者の主観、株主の評価眼

「決める人」に任せる

石井
『会社という迷宮』にはハッキリと書かなかったのですが、株主や経営者の皆さんにどうしても伝えたいことがあります。

何か新しい枠組みをつくろうとなったとき、日本では「まず、公的な機関を設けよう」となりがちです。公的な機関では、何を判断するにも全員の意見を聞いて平均値を取るとか、総意の最大公約数を取ることから始めようとしがちです。そんなところからは「リスクを取る」発想は生まれません。

日本とアメリカの企業の本質的な違いは何か。それは、「決める人」をリーダーに選んでいるかどうかです。日本では、リーダーになると必ずこう求められます。「一つひとつのプロセスを透明化してください」「どんなに小さなことでも説明責任を果たしてください」――。要するに、「決める人」を選ぶ仕組みになっていない。

アメリカのようにリーダーに大きな決定権を持たせないと、「リスクを取って挑戦する」世界を体現できません。「俺はこの事業に懸けているんだ。これがいいと思うからやるんだ」――主観を持った経営者こそ、リスクを取って挑戦できます。

「決める人」をトップに選ぶ。一旦決めた以上は、その人の好きなようにやってもらう。もし「この社長、まずいな……」と思ったら、ほかの人に替えればいい。この割り切りが、日本ではできていません。

株主が企業を評価する際には、経営者が頭の中で描いている将来像をしっかり見定めなくてはいけません。同時に株主には、中立的な視点――「公的」ではなく、「無私」に近い観点が必要です。

画像1: 「決める人」に任せる

楠木
「本来の存在理由からして、もっと太陽になりませんか」――これが石井さんから株主へのメッセージだと。その新しい潮流を生むために最初に漕ぎだすプレーヤーが、フィデューシャリー・エージェントとしてのMFAだと。

石井
そうです。MFA自体は捨て石になるかもしれない。でも、やってみようと。

楠木
企業は株主に使われるのではなく、使っていくべきだと僕は思います。で、建設的な対話が必要となったら、フィデューシャリー・エージェントの助けを借りればいい。もし将来、株主だけでなく企業からもエンゲージメントの代行を依頼されたら、MFAは受けるのですか。

石井
やろうと思っています。あくまでも経営者個人ではなく企業にとって、何が善いかを考える仕事がコンサルティングです。フィデューシャリー・エージェントも、そのスタンスでやっていきます。

楠木
経営に対する石井さんの考えがよくわかりました。受ける手が痺れるような重い球を投げ込んでくださいまして、どうもありがとうございました。

石井
こちらこそ、ありがとうございました。

画像2: 「決める人」に任せる

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画像1: 『会社という迷宮』石井光太郎氏と語る、経営の本質―その5
株主と企業のあるべき関係。

石井光太郎(いしい こうたろう)
1961年、神戸市生まれ。東京大学経済学部卒業。ボストンコンサルティンググループを経て、1986年に経営戦略コンサルティング会社、株式会社コーポレイトディレクション(CDI)設立に参加。2003年から2021年まで、同社代表取締役パートナーを務める。現在、CDIグループ CDIヒューマンキャピタル主宰。2022年3月、フィデューシャリー・エージェント事業会社、MFA株式会社を設立し代表取締役に就任。2023年4月に事業開始。

画像2: 『会社という迷宮』石井光太郎氏と語る、経営の本質―その5
株主と企業のあるべき関係。

楠木 建
一橋ビジネススクールPDS寄付講座特任教授。専攻は競争戦略。一橋大学大学院商学研究科修士課程修了。一橋大学商学部専任講師、同助教授、ボッコーニ大学経営大学院(イタリア・ミラノ)客員教授、一橋大学大学院国際企業戦略研究科助教授、同ビジネススクール教授を経て2023年から現職。有名企業の経営諮問委員や社外取締役、ポーター賞運営委員(現任)などを歴任。1964年東京都目黒区生まれ。

著書に『絶対悲観主義』(2022年,講談社+α新書)、『逆・タイムマシン経営論』(2020年,日経BP,共著)、『「仕事ができる」とはどういうことか?』(2019年,宝島社,共著)、『室内生活:スローで過剰な読書論』(2019年,晶文社)、『すべては「好き嫌い」から始まる:仕事を自由にする思考法』(2019年,文藝春秋)、『経営センスの論理』(2013年,新潮新書)、『ストーリーとしての競争戦略:優れた戦略の条件』(2010年,東洋経済新報社)ほか多数。

画像3: 『会社という迷宮』石井光太郎氏と語る、経営の本質―その5
株主と企業のあるべき関係。
画像4: 『会社という迷宮』石井光太郎氏と語る、経営の本質―その5
株主と企業のあるべき関係。

楠木特任教授より、新著『経営読書記録』全2巻出版のお知らせです。
僕の新しい本『経営読書記録 表』『経営読書記録 裏』の2冊が同時に出版されました。タイトルは、ずいぶん前につくった『戦略読書日記』からの連想です。

2019年に書評集『室内生活』を出版してから、あちこちに書いた書評が溜まっていました。『経営読書記録』はそのほとんどを収録した僕の第2書評集です。書き溜めた分量がずいぶん多かったので、分冊となりました。「上・下」というのも芸がないので、「表・裏」という構成にしました。

「表」には、2019-2023に書いた書籍解説や雑誌の連載書評、新聞や雑誌、オンラインメディアに書いた単発書評を収録しました。「裏」は、「楠木建の頭の中」に掲載した書評が中心です。それに加え、これまでにいろいろなメディアで発表された「著者との対話」や、「自著を語る」、音楽・映画評論も盛り込みました。

僕にとっての優れた書評の基準はただ一つ、「書評を読んだ人がその本を読みたくなるか」です。本書が読者にとって「今すぐにどうしても読みたい本」と出合うきっかけとなることを願っています。

楠木特任教授からのお知らせ

思うところありまして、僕の考えや意見を読者の方々に直接お伝えするクローズドな場、「楠木建の頭の中」を開設いたしました。仕事や生活の中で経験したこと・見聞きしたことから考えたことごとを配信し、読者の方々ともやり取りするコミュニティです。
この10年ほどTwitterを使ってきて、以下の3点について不便を感じていました。

・140字しか書けない
・オープンな場なので、仕事や生活経験の具体的な中身については書きにくい
・考えごとや主張をツイートすると、不特定多数の人から筋違いの攻撃を受ける

「楠木建の頭の中」は僕のTwitterの拡張版というか裏バージョンです。もう少し長く書ける「拡張版」があれば1の問題は解決しますし、クローズドな場に限定すれば2と3の不都合を気にせずに話ができます。加えて、この場であればお読みいただく方々に質問やコメントをいただき、やりとりするのも容易になります。
不定期ですが、メンバーの方々と直接話をする機会も持ちたいと思います。
ビジネスや経営に限らず、人間の世の中について考えることに興味関心をお持ちの方々のご参加をお待ちしております。DMM社のプラットフォーム(月額500円)を使っています。

お申し込みはこちらまで
https://lounge.dmm.com/detail/2069/

ご参加をお待ちしております。

楠木健の頭の中

シリーズ紹介

楠木建の「EFOビジネスレビュー」

一橋ビジネススクール一橋ビジネススクールPDS寄付講座特任教授の楠木建氏の思考の一端を、切れ味鋭い論理を、毎週月曜日に配信。

山口周の「経営の足元を築くリベラルアーツ」

山口周氏をナビゲーターに迎え、経営者・リーダーが、自身の価値基準を持つための「リベラルアーツ」について考える。

協創の森から

社会課題の解決に向けたビジョンの共有を図る研究開発拠点『協創の森』。ここから発信される対話に耳を傾けてください。

新たな企業経営のかたち

パーパス、CSV、ESG、カスタマーサクセス、M&A、ブロックチェーン、アジャイルなど、経営戦略のキーワードをテーマに取り上げ、第一人者に話を聞く。

Key Leader's Voice

各界のビジネスリーダーに未来を創造する戦略を聞く。

経営戦略としての「働き方改革」

今後企業が持続的に成長していくために経営戦略として取り組むべき「働き方改革」。その本質に迫る。

ニューリーダーが開拓する新しい未来

新たな価値創造に挑む気鋭のニューリーダーに、その原動力と開拓する新しい未来を聞く。

日本発の経営戦略「J-CSV」の可能性

日本的経営の良さを活かしながら利益を生み出す「J-CSV」。その先進的な取り組みに迫る。

ベンチマーク・ニッポン

日本を元気にするイノベーターの、ビジョンと取り組みに迫る。

デジタル時代のマーケティング戦略

マーケティングにおける「デジタルシフト」を、いかに進めるべきか、第一人者の声や企業事例を紹介する。

私の仕事術

私たちの仕事や働き方の発想を変える、膨らませるヒントに満ちた偉才たちの仕事術を学ぶ。

EFO Salon

さまざまな分野で活躍する方からビジネスや生活における新しい気づきや価値を見出すための話を聞く。

禅のこころ

全生庵七世 平井正修住職に、こころを調え、自己と向き合う『禅のこころ』について話を聞く。

岩倉使節団が遺したもの—日本近代化への懸け橋

明治期に始まる産業振興と文明開化、日本社会の近代化に多大な影響を及ぼした岩倉使節団。産業史的な観点から、いま一度この偉業を見つめ直す。

八尋俊英の「創造者たち」~次世代ビジネスへの視点~

新世代のイノベーターをゲストに社会課題の解決策や新たな社会価値のつくり方を探る。

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