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MFA株式会社代表取締役 石井光太郎氏/一橋ビジネススクールPDS寄付講座特任教授 楠木建氏
会社という迷宮 経営者の眠れぬ夜のために』(ダイヤモンド社)の著者、石井光太郎氏と楠木特任教授による新春対談。同書の中で石井氏が取り上げている「市場」について掘り下げていく。

※ 本記事は、2023年10月26日時点で書かれた内容となっています。

「第1回:コンサルティングとは何か。」はこちら>
「第2回:主観の回復。」はこちら>
「第3回:場とは何か。」
「第4回:フィデューシャリー・エージェント事業。」はこちら>
「第5回:株主と企業のあるべき関係。」はこちら>

「しじょう」と「いちば」

楠木
先ほど「経営者は市場にとらわれすぎてはいけない」というお話がありました。石井さんのご著書『会社という迷宮』では、「市場」という章を設けて、その概念について考察しています。どんな問題意識から、「市場」をテーマに取り上げたのですか。

石井
経営者と話していると「市場」というワードがよく出てきます。「市場がある・ない」「市場の規模が大きい・小さい」「市場が伸びている・シュリンクしている」「市場に参入する」「市場競争に勝ち残る」……。そういう話が出てくるたびに、「市場(しじょう)」っていったい何のこと? 「いちば」とどう違うんだっけ?……という疑問が頭の中に浮かんでいました。

需要曲線と供給曲線が交わったところで市場価格が決まる――経済学ではそういう概念としての市場があります。コンサルティングにおいて「市場規模がどのくらいか」を考える場合の市場は、どれだけ世の中からの需要があるかという問題に近い。「市場競争」における市場は、その市場にいるプレーヤーのことを指している。文脈によって市場という言葉の意味が違うのです。

画像: 石井光太郎氏

石井光太郎氏

一方で、「いちば」という言葉もあります。ドイツ語のmarkt(マルクト)にしても、英語のmarket(マーケット)にしても、もともとは実在の「いちば」だったと思うんです。そのあとに生まれた経済学の概念を表す言葉として、「市場」を当てただけなんじゃないか。

「いちば」の役割とは何か。知らない人同士が出会って、例えばこんなやりとりが生まれる。「あなたはそんな素晴らしい陶器を持っているんですね。ほかに欲しい人がいないなら、ちょっと売ってくださいよ」「いいですよ、どうぞ」。それがもっと発展すると、「この部分をもう少し大きくしてくれるともっといいんだけどさ」「じゃあそれ、つくりますよ」――ドラッカーが言う「顧客の創造」が起こる。お互いを発見し、出会いに行く場所だったはずです。

楠木
あるいは、商品を売ろうと思って「いちば」に持って行ったら、ほかの売り手から「その売り込み方、いいね。俺にも教えてくれない?」と頼まれた――みたいに、思いもしなかったところに価値があることを発見する。これも、市場が持つ本来的な役割だと思います。

画像: 楠木建氏

楠木建氏

存在しなかった缶コーヒー市場

石井
1990年頃、飲料メーカーから「水やお茶をペットボトルや缶に入れて販売したら売れるかどうか、分析してほしい」という依頼を受けたことがあります。水は蛇口をひねれば出るし、お茶は家で淹れるもの。そんなものを商品にして売れるはずがない。ジュースとかコーラのような飲みものだから売れたのだ。そもそも、来客に対してペットボトルの水を出すなんて失礼なことができるか――これが当時の世間の常識でした。

画像1: 存在しなかった缶コーヒー市場

ところが、実際にペットボトルの水やお茶が販売されるようになったことで、人々の意識が変わり、行動が変わっていきました。そういうことが起こって初めて、「商品が市場に受け入れられた」と言える。商品開発とは、実は人間の行動開発だと僕は捉えています。

つまり、市場(しじょう)とは本来、その会社の独創なのです。

楠木
もともとある場所ではなく、買い手に何かを伝えるために、自分からつくる場所だと。

石井
ええ。コンサルタントになって間もない1980年代、こんな興味深い仕事を経験しました。当時、缶コーヒーの消費量がどんどん伸びていた時期でした。で、「いったいどこまで伸びるのか?」という問いをクライアントからいただいたのです。

缶コーヒー消費に対する当時の論調は、総じて「伸びているけど、そろそろ頭打ちだよね」というものでした。「でも、本当にそうかな」と思い、消費者300人を対象に飲料行動調査を行ったのです。1週間に飲んだ飲料の種類と量を毎日記録してもらうという内容です。

回答結果から、それぞれの飲料のユーザーを「まったく飲まない人」「ライトユーザー」「ミドルユーザー」「ヘビーユーザー」に分類しました。

画像2: 存在しなかった缶コーヒー市場

すると意外な傾向が見えてきました。緑茶や紅茶のヘビーユーザーは、その分ほかの飲料を飲む量が減る。ところが缶コーヒーのヘビーユーザーは、週に数十本も缶コーヒーを飲んでいるのに、ほかの飲料を飲む量が減らないのです。

缶コーヒーって実は飲み物じゃないんだな――これが僕の結論でした。

そこで水分補給に関する過去の研究を紐解いてみたところ、1日に必要な量の水分を注射したマウスでも、水を与えれば飲むという研究結果が出てきたのです。つまり、生物が水分を取り入れようとする行動には、「一次飲水」と「二次飲水」の2種類がある。一次飲水は必要な水分を補給するための飲水であり、二次飲水は口や脳への刺激を目的とした飲水なのだと。ということは、タバコを吸うことで気持ちを落ち着かせるようなナルコチックス(向精神作用)としてのニーズが、缶コーヒーにはあるんじゃないか――この発見は個人的にも大きな経験でした。

楠木
所与のものとして存在している「缶コーヒー市場」をいくら調査しても、そのニーズには出会えなかったでしょうね。面白い。(第4回へつづく

「第4回:フィデューシャリー・エージェント事業。」はこちら>

画像1: 『会社という迷宮』石井光太郎氏と語る、経営の本質―その3
市場とは何か。

石井光太郎(いしい こうたろう)
1961年、神戸市生まれ。東京大学経済学部卒業。ボストンコンサルティンググループを経て、1986年に経営戦略コンサルティング会社、株式会社コーポレイトディレクション(CDI)設立に参加。2003年から2021年まで、同社代表取締役パートナーを務める。現在、CDIグループ CDIヒューマンキャピタル主宰。2022年3月、フィデューシャリー・エージェント事業会社、MFA株式会社を設立し代表取締役に就任。2023年4月に事業開始。

画像2: 『会社という迷宮』石井光太郎氏と語る、経営の本質―その3
市場とは何か。

楠木 建
一橋ビジネススクールPDS寄付講座特任教授。専攻は競争戦略。一橋大学大学院商学研究科修士課程修了。一橋大学商学部専任講師、同助教授、ボッコーニ大学経営大学院(イタリア・ミラノ)客員教授、一橋大学大学院国際企業戦略研究科助教授、同ビジネススクール教授を経て2023年から現職。有名企業の経営諮問委員や社外取締役、ポーター賞運営委員(現任)などを歴任。1964年東京都目黒区生まれ。

著書に『絶対悲観主義』(2022年,講談社+α新書)、『逆・タイムマシン経営論』(2020年,日経BP,共著)、『「仕事ができる」とはどういうことか?』(2019年,宝島社,共著)、『室内生活:スローで過剰な読書論』(2019年,晶文社)、『すべては「好き嫌い」から始まる:仕事を自由にする思考法』(2019年,文藝春秋)、『経営センスの論理』(2013年,新潮新書)、『ストーリーとしての競争戦略:優れた戦略の条件』(2010年,東洋経済新報社)ほか多数。

画像3: 『会社という迷宮』石井光太郎氏と語る、経営の本質―その3
市場とは何か。
画像4: 『会社という迷宮』石井光太郎氏と語る、経営の本質―その3
市場とは何か。

楠木特任教授より、新著『経営読書記録』全2巻出版のお知らせです。
僕の新しい本『経営読書記録 表』『経営読書記録 裏』の2冊が同時に出版されました。タイトルは、ずいぶん前につくった『戦略読書日記』からの連想です。

2019年に書評集『室内生活』を出版してから、あちこちに書いた書評が溜まっていました。『経営読書記録』はそのほとんどを収録した僕の第2書評集です。書き溜めた分量がずいぶん多かったので、分冊となりました。「上・下」というのも芸がないので、「表・裏」という構成にしました。

「表」には、2019-2023に書いた書籍解説や雑誌の連載書評、新聞や雑誌、オンラインメディアに書いた単発書評を収録しました。「裏」は、「楠木建の頭の中」に掲載した書評が中心です。それに加え、これまでにいろいろなメディアで発表された「著者との対話」や、「自著を語る」、音楽・映画評論も盛り込みました。

僕にとっての優れた書評の基準はただ一つ、「書評を読んだ人がその本を読みたくなるか」です。本書が読者にとって「今すぐにどうしても読みたい本」と出合うきっかけとなることを願っています。

楠木特任教授からのお知らせ

思うところありまして、僕の考えや意見を読者の方々に直接お伝えするクローズドな場、「楠木建の頭の中」を開設いたしました。仕事や生活の中で経験したこと・見聞きしたことから考えたことごとを配信し、読者の方々ともやり取りするコミュニティです。
この10年ほどTwitterを使ってきて、以下の3点について不便を感じていました。

・140字しか書けない
・オープンな場なので、仕事や生活経験の具体的な中身については書きにくい
・考えごとや主張をツイートすると、不特定多数の人から筋違いの攻撃を受ける

「楠木建の頭の中」は僕のTwitterの拡張版というか裏バージョンです。もう少し長く書ける「拡張版」があれば1の問題は解決しますし、クローズドな場に限定すれば2と3の不都合を気にせずに話ができます。加えて、この場であればお読みいただく方々に質問やコメントをいただき、やりとりするのも容易になります。
不定期ですが、メンバーの方々と直接話をする機会も持ちたいと思います。
ビジネスや経営に限らず、人間の世の中について考えることに興味関心をお持ちの方々のご参加をお待ちしております。DMM社のプラットフォーム(月額500円)を使っています。

お申し込みはこちらまで
https://lounge.dmm.com/detail/2069/

ご参加をお待ちしております。

楠木健の頭の中

シリーズ紹介

楠木建の「EFOビジネスレビュー」

一橋ビジネススクール一橋ビジネススクールPDS寄付講座特任教授の楠木建氏の思考の一端を、切れ味鋭い論理を、毎週月曜日に配信。

山口周の「経営の足元を築くリベラルアーツ」

山口周氏をナビゲーターに迎え、経営者・リーダーが、自身の価値基準を持つための「リベラルアーツ」について考える。

協創の森から

社会課題の解決に向けたビジョンの共有を図る研究開発拠点『協創の森』。ここから発信される対話に耳を傾けてください。

新たな企業経営のかたち

パーパス、CSV、ESG、カスタマーサクセス、M&A、ブロックチェーン、アジャイルなど、経営戦略のキーワードをテーマに取り上げ、第一人者に話を聞く。

Key Leader's Voice

各界のビジネスリーダーに未来を創造する戦略を聞く。

経営戦略としての「働き方改革」

今後企業が持続的に成長していくために経営戦略として取り組むべき「働き方改革」。その本質に迫る。

ニューリーダーが開拓する新しい未来

新たな価値創造に挑む気鋭のニューリーダーに、その原動力と開拓する新しい未来を聞く。

日本発の経営戦略「J-CSV」の可能性

日本的経営の良さを活かしながら利益を生み出す「J-CSV」。その先進的な取り組みに迫る。

ベンチマーク・ニッポン

日本を元気にするイノベーターの、ビジョンと取り組みに迫る。

デジタル時代のマーケティング戦略

マーケティングにおける「デジタルシフト」を、いかに進めるべきか、第一人者の声や企業事例を紹介する。

私の仕事術

私たちの仕事や働き方の発想を変える、膨らませるヒントに満ちた偉才たちの仕事術を学ぶ。

EFO Salon

さまざまな分野で活躍する方からビジネスや生活における新しい気づきや価値を見出すための話を聞く。

禅のこころ

全生庵七世 平井正修住職に、こころを調え、自己と向き合う『禅のこころ』について話を聞く。

岩倉使節団が遺したもの—日本近代化への懸け橋

明治期に始まる産業振興と文明開化、日本社会の近代化に多大な影響を及ぼした岩倉使節団。産業史的な観点から、いま一度この偉業を見つめ直す。

八尋俊英の「創造者たち」~次世代ビジネスへの視点~

新世代のイノベーターをゲストに社会課題の解決策や新たな社会価値のつくり方を探る。

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