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MFA株式会社代表取締役 石井光太郎氏/一橋ビジネススクールPDS寄付講座特任教授 楠木建氏
会社という迷宮 経営者の眠れぬ夜のために』(ダイヤモンド社)の著者、石井光太郎氏と楠木特任教授による新春対談。石井氏はMFA株式会社を創設し、23年4月からフィデューシャリー・エージェントというかつてない事業に乗り出している。石井氏の起業の意図とは。

※ 本記事は、2023年10月26日時点で書かれた内容となっています。

「第1回:コンサルティングとは何か。」はこちら>
「第2回:主観の回復。」はこちら>
「第3回:場とは何か。」はこちら>
「第4回:フィデューシャリー・エージェント事業。」
「第5回:株主と企業のあるべき関係。」はこちら>

エンゲージメントを代行する

楠木
石井さんは20年ほど株式会社コーポレートディレクション(CDI)の代表取締役を務めた後、2023年4月にMFA株式会社を創設。フィデューシャリー・エージェント事業という、世の中にまだ存在しないカテゴリーの事業を始めました。それこそ、現時点では出来上がった「市場」がない事業です。具体的にはどんなことをする会社なのでしょうか。

石井
金融機関や機関投資家といった株主から委託を受けて、本来であれば株主が企業に対して行わなければいけない、「もっとこうしたら経営がよくなるのではないですか」といった建設的な対話、いわゆるエンゲージメント――僕はエンカレッジメントと呼んでもいいと思っています――を代行するビジネスです。まずは最初の一石を世の中に投じようということで始めました。

画像: 石井光太郎氏

石井光太郎氏

楠木
きっかけは何だったのでしょうか。

石井
楠木先生がおっしゃる「経営における主観の回復」こそ、まさに僕の問題意識でした。「主観」とは、「その会社が何をやろうとしているのか」。これがないと、そもそも会社は始まりません。戦後間もない頃の日本は、食糧をつくる、住宅を建てる、洗濯機をつくるといったように、どんな事業をすれば世の中の幸せに貢献できるかがハッキリしていました。ところが今は、「やりたいことの設定」自体が難しい。

楠木
確かに発展途上国では、あらゆる事業の目的がハッキリしています。だれもが必要とするモノをつくる。で、みんなが豊かになる。理屈としてだれもがすぐに理解できるし、それで世の中がどう変わるかというイメージが、人によってずれたりしない。で、経済が成長していく。

画像: 楠木建氏

楠木建氏

石井
片や、経済が成熟期にある今の日本で「これがあったらみんな幸せ」なんてモノは、もはやありません。しかも、「幸せだ」と感じている日本人の割合はここ30年間ほとんど変わっていないそうです(※)。

博報堂生活総合研究所ホームページ

楠木
最近、「日本のGDPが世界4位に転落の見込み」という新聞記事を読みました。――なぜそこまで凋落してしまったのか。日本人は現状維持の考え方が強過ぎるんじゃないか――そりゃあそうでしょう、と。だって現状、特に問題ないのだから(笑)。一方でアメリカでは、現状を肯定できない人が結構います。その多くが移民。「アメリカでイイ生活を送れるように頑張って稼ぐぞ」というハングリー精神がある。

石井
こんな議論も起きています。――経済成長のために、日本の企業はまったく新しい事業を興さなくてはいけない。なのに、成長力がない――因果関係が逆転しているのです。

「こういう事業をやったら、面白いんじゃないか」「みんながもっと幸せになるんじゃないか」――この視点が、今の日本の企業には欠けています。商品をつくり出せば新たな消費行動が生まれ、ニーズが生まれる。そういう面白い種を蒔く発想――想像力と創造力の両方が不足しています。

ただ、資本主義社会全体を見ると、実はお金が余っている。投資家にとって、投資に値する面白いアイデアが企業からなかなか出てこないからです。

画像: エンゲージメントを代行する

規律の弊害

石井
投資家はお金が余っている。企業は事業アイデアが不足している。ということは、アイデアが売り手市場にある。需要と供給の関係からすれば、投資家から企業に「投資させてください」となるはずです。でも現実には、若い起業家たちが懸命に頭を下げて、少額の資金をかき集めようと頑張っている。

せっかく生まれた面白い発想が事業に育っていくように、投資家が起業家をエンカレッジできる環境を整えないと、日本の経済はずっと停滞したままです。

楠木
つまり、企業が本来持っているはずの自然治癒力が阻害される状況が続いている。

石井
そのとおりです。投資家サイドが企業に「〇〇しなさい」「〇〇してはいけない」と要求を突きつける一方通行になっているのです。

楠木
しかも、「資本利益率を〇年〇月までに〇〇%アップしなさい」みたいに、要求が具体的。

石井
ある程度の規律は大切ですが、十分条件ではありません。もっと、企業が持つ発想力を解き放てるよう手助けをしないといけないのに、真逆のことを多くの投資家がしている。童話『北風と太陽』で言うところの、「太陽型」のアクティビズムが株主に求められています。

楠木
もともと経営は内発的なものであるにもかかわらず、今の投資家は「北風型」が多いと。

画像: 規律の弊害

「太陽型」の株主

石井
金融機関などからフィーをいただき、その投資先企業へのエンゲージメントなりエンカレッジメントなりを代行する――これが我々MFAのフィデューシャリー・エージェント事業なのですが、今お話しした株主と企業の関係に対する問題意識を共有できていないと、事業として回っていかないだろうと思います。「太陽型」の株主であるための条件とは何か――突き詰めていくと、そういう議論に行き着くと思います。

戦後の成長期における日本のメインバンクは、企業に対してときには厳しく接しつつも、何か起きたら助けてくれる存在でした。日本の産業振興に貢献すべく、企業のことを深く考えて判断する――「バンカー(銀行家)」の呼称がふさわしい存在でした。

しかしここ20~30年の間、多くの金融機関の実態は「金融サービス会社」であり、リターンの最大化を投資の目的にせざるを得なくなっています。

画像: 「太陽型」の株主

ステークホルダーがそれぞれの利益を考えて、企業に対して意見を言ったり議決権を行使したりすれば、市場原理に従って最善の方向に向かっていく――そんな保証はどこにもありません。「太陽型」の株主を意図的に育てていかなければいけない。

ただ、株主と言っても実に多種多様で、企業もどの株主と対話すればよいのかわからないのです。だからと言って、株主全員の意見を聞いてその最大公約数を取るという話でもない。株主全体を俯瞰して議論できる株主がやはり必要で、それを期待されている株主が金融機関だと思うのです。(第5回へつづく

「第5回:株主と企業のあるべき関係。」はこちら>

画像1: 『会社という迷宮』石井光太郎氏と語る、経営の本質―その4
フィデューシャリー・エージェント事業。

石井光太郎(いしい こうたろう)
1961年、神戸市生まれ。東京大学経済学部卒業。ボストンコンサルティンググループを経て、1986年に経営戦略コンサルティング会社、株式会社コーポレイトディレクション(CDI)設立に参加。2003年から2021年まで、同社代表取締役パートナーを務める。現在、CDIグループ CDIヒューマンキャピタル主宰。2022年3月、フィデューシャリー・エージェント事業会社、MFA株式会社を設立し代表取締役に就任。2023年4月に事業開始。

画像2: 『会社という迷宮』石井光太郎氏と語る、経営の本質―その4
フィデューシャリー・エージェント事業。

楠木 建
一橋ビジネススクールPDS寄付講座特任教授。専攻は競争戦略。一橋大学大学院商学研究科修士課程修了。一橋大学商学部専任講師、同助教授、ボッコーニ大学経営大学院(イタリア・ミラノ)客員教授、一橋大学大学院国際企業戦略研究科助教授、同ビジネススクール教授を経て2023年から現職。有名企業の経営諮問委員や社外取締役、ポーター賞運営委員(現任)などを歴任。1964年東京都目黒区生まれ。

著書に『絶対悲観主義』(2022年,講談社+α新書)、『逆・タイムマシン経営論』(2020年,日経BP,共著)、『「仕事ができる」とはどういうことか?』(2019年,宝島社,共著)、『室内生活:スローで過剰な読書論』(2019年,晶文社)、『すべては「好き嫌い」から始まる:仕事を自由にする思考法』(2019年,文藝春秋)、『経営センスの論理』(2013年,新潮新書)、『ストーリーとしての競争戦略:優れた戦略の条件』(2010年,東洋経済新報社)ほか多数。

画像3: 『会社という迷宮』石井光太郎氏と語る、経営の本質―その4
フィデューシャリー・エージェント事業。
画像4: 『会社という迷宮』石井光太郎氏と語る、経営の本質―その4
フィデューシャリー・エージェント事業。

楠木特任教授より、新著『経営読書記録』全2巻出版のお知らせです。
僕の新しい本『経営読書記録 表』『経営読書記録 裏』の2冊が同時に出版されました。タイトルは、ずいぶん前につくった『戦略読書日記』からの連想です。

2019年に書評集『室内生活』を出版してから、あちこちに書いた書評が溜まっていました。『経営読書記録』はそのほとんどを収録した僕の第2書評集です。書き溜めた分量がずいぶん多かったので、分冊となりました。「上・下」というのも芸がないので、「表・裏」という構成にしました。

「表」には、2019-2023に書いた書籍解説や雑誌の連載書評、新聞や雑誌、オンラインメディアに書いた単発書評を収録しました。「裏」は、「楠木建の頭の中」に掲載した書評が中心です。それに加え、これまでにいろいろなメディアで発表された「著者との対話」や、「自著を語る」、音楽・映画評論も盛り込みました。

僕にとっての優れた書評の基準はただ一つ、「書評を読んだ人がその本を読みたくなるか」です。本書が読者にとって「今すぐにどうしても読みたい本」と出合うきっかけとなることを願っています。

楠木特任教授からのお知らせ

思うところありまして、僕の考えや意見を読者の方々に直接お伝えするクローズドな場、「楠木建の頭の中」を開設いたしました。仕事や生活の中で経験したこと・見聞きしたことから考えたことごとを配信し、読者の方々ともやり取りするコミュニティです。
この10年ほどTwitterを使ってきて、以下の3点について不便を感じていました。

・140字しか書けない
・オープンな場なので、仕事や生活経験の具体的な中身については書きにくい
・考えごとや主張をツイートすると、不特定多数の人から筋違いの攻撃を受ける

「楠木建の頭の中」は僕のTwitterの拡張版というか裏バージョンです。もう少し長く書ける「拡張版」があれば1の問題は解決しますし、クローズドな場に限定すれば2と3の不都合を気にせずに話ができます。加えて、この場であればお読みいただく方々に質問やコメントをいただき、やりとりするのも容易になります。
不定期ですが、メンバーの方々と直接話をする機会も持ちたいと思います。
ビジネスや経営に限らず、人間の世の中について考えることに興味関心をお持ちの方々のご参加をお待ちしております。DMM社のプラットフォーム(月額500円)を使っています。

お申し込みはこちらまで
https://lounge.dmm.com/detail/2069/

ご参加をお待ちしております。

楠木健の頭の中

シリーズ紹介

楠木建の「EFOビジネスレビュー」

一橋ビジネススクール一橋ビジネススクールPDS寄付講座特任教授の楠木建氏の思考の一端を、切れ味鋭い論理を、毎週月曜日に配信。

山口周の「経営の足元を築くリベラルアーツ」

山口周氏をナビゲーターに迎え、経営者・リーダーが、自身の価値基準を持つための「リベラルアーツ」について考える。

協創の森から

社会課題の解決に向けたビジョンの共有を図る研究開発拠点『協創の森』。ここから発信される対話に耳を傾けてください。

新たな企業経営のかたち

パーパス、CSV、ESG、カスタマーサクセス、M&A、ブロックチェーン、アジャイルなど、経営戦略のキーワードをテーマに取り上げ、第一人者に話を聞く。

Key Leader's Voice

各界のビジネスリーダーに未来を創造する戦略を聞く。

経営戦略としての「働き方改革」

今後企業が持続的に成長していくために経営戦略として取り組むべき「働き方改革」。その本質に迫る。

ニューリーダーが開拓する新しい未来

新たな価値創造に挑む気鋭のニューリーダーに、その原動力と開拓する新しい未来を聞く。

日本発の経営戦略「J-CSV」の可能性

日本的経営の良さを活かしながら利益を生み出す「J-CSV」。その先進的な取り組みに迫る。

ベンチマーク・ニッポン

日本を元気にするイノベーターの、ビジョンと取り組みに迫る。

デジタル時代のマーケティング戦略

マーケティングにおける「デジタルシフト」を、いかに進めるべきか、第一人者の声や企業事例を紹介する。

私の仕事術

私たちの仕事や働き方の発想を変える、膨らませるヒントに満ちた偉才たちの仕事術を学ぶ。

EFO Salon

さまざまな分野で活躍する方からビジネスや生活における新しい気づきや価値を見出すための話を聞く。

禅のこころ

全生庵七世 平井正修住職に、こころを調え、自己と向き合う『禅のこころ』について話を聞く。

岩倉使節団が遺したもの—日本近代化への懸け橋

明治期に始まる産業振興と文明開化、日本社会の近代化に多大な影響を及ぼした岩倉使節団。産業史的な観点から、いま一度この偉業を見つめ直す。

八尋俊英の「創造者たち」~次世代ビジネスへの視点~

新世代のイノベーターをゲストに社会課題の解決策や新たな社会価値のつくり方を探る。

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