Hitachi
お問い合わせお問い合わせ
2003年より、国や企業は女性活躍推進に重点を置き、さまざまな制度の整備を進めている。しかし実態を見ると、期待する状況には遠く及ばない。その理由の一つには、働き続ける上で女性特有の健康課題とライフイベントを両立させる難しさがある。この社会課題を起点に、日立製作所内でも新規ビジネスが生まれようとしている。第1回では、新規ビジネスの創出に向けプロジェクトが立ち上がった理由やそこにある思い、そして社内外の出会いを経て、正式にチームとして動き出すまでの道のりを追う。

「第1回:女性の健康課題を解く、新規ビジネス」
「第2回:有志チームで挑むゼロからの挑戦」はこちら>
「第3回:キャリアとライフの両立を支援するソリューション」はこちら>
「第4回:すべての従業員の働きやすさを支えるサービスへ」はこちら>
「第5回:社会課題に挑む「志」で結ばれたチームの強さ」はこちら>

女性のキャリアとライフの両立を支援する、「共助型」アプリケーション

「フェムテック(Femtech)」というワードが注目を集めている。FemaleとTechnologyを組み合わせた造語で、月経や妊活、妊娠、出産、更年期など、一生を通じて女性が抱える健康課題をテクノロジーの力で解決に向けた支援をする製品やサービスの総称だ。日立にも、その開発に取り組む6人の従業員がいる。めざすは、企業で働く女性の健康課題に寄り添い、キャリアとライフの両立を支援するアプリケーションの提供だ。

このアプリケーションには「知る」「考える」「相談する」という3つの要素が盛り込まれる。ユーザーはまず、プレコンセプションケア(※)や更年期障害に関する専門的な知識を、学びコンテンツを通じて「知る」ことができる。また、自分と他の従業員のキャリアプラン、ライフプランを同時に可視化できることで、社内にロールモデルが少ない環境でも自身のキャリア形成を「考える」ことができる。さらに、アプリケーション上で構築される社内コミュニティでは、センシティブで話しづらい悩みを匿名で「相談する」ことができる。いわば「共助型」のアプリケーションだ。

※ 将来の妊娠を考えながら女性やカップルが自分たちの生活や健康に向き合うこと。

画像: 女性のキャリアとライフの両立を支援する、「共助型」アプリケーション

なかでも三つ目の「相談する」は、悩みを共有できる同僚がなかなか見付からず、とかく孤独に陥りやすい状況にあって画期的な着眼点と言える。開発プロジェクトの起点になったのは、意外にも男性従業員だった。

婦人科系の疾患による辛い経験が出発点

画像: 日立の新規ビジネス創出プロジェクトの6人。左から松野真由子、宮森百穂、西村宏美、北森美菜、西郷健一、蒲生高也

日立の新規ビジネス創出プロジェクトの6人。左から松野真由子、宮森百穂、西村宏美、北森美菜、西郷健一、蒲生高也

2020年春、日立の社会プラットフォーム営業統括本部において、社会課題をテーマに新規ビジネスを考える機会があった。中でも通信キャリア向けの営業部門は従来のビジネスにとらわれない新しい挑戦を必要としていた。

動いたのは、当時入社17年目の蒲生(がもう)高也だった。入社以来ずっとこの営業部門に在籍していた蒲生は30代の頃、企画部門の兼務募集に手を上げ積極的に新事業開発に関わり、ビジネスの立ち上げ方を学び続けていた。

画像: 日立 蒲生高也

日立 蒲生高也

新しいビジネスを立ち上げるため蒲生が社内で仲間を募ったところ、手を挙げた従業員が西村宏美だった。自身の辛い経験をふまえ、女性特有の健康課題をテーマとした新規ビジネスに挑戦したいという。

「入社して5年目になる頃、婦人科系の疾患を発症しました。新しいお客さまを引き継ぎ、平日も休日も仕事漬けでしたが、当時はそれが駄目だという感覚がありませんでした。精神面も体力面も平気でしたし、自らそういう働き方をしていたところもあったと思います。体調の違和感に気づいても健康診断では問題がなかったこともあり『すぐに治るだろう』と2~3カ月放置していたところ、病院に行ったときにはすでに名前の付く症状になっていたのです」

仕事に没頭するあまり、月経随伴症状(※)を見落とし、婦人科系の疾患を発症。

※ 女性の月経に伴う身体的・精神的症状。下腹部痛や腰痛、イライラなどが見られ、症状が起こる時期によって月経前症候群(PMS)、月経困難症などと分けられる。

当時の状況を振り返り、西村はこう語る。
「将来の妊娠・出産にもリスクがある状態だと告げられました。ショックでした。――女性としても、健康だと信じて疑わなかった自分自身に対しても。そして、治療に専念するため休職することになりました。キャリア面でも前に進めず、いずれ子どもを持ちたいという未来にも進めず、絶望感でいっぱいでした。

画像: 日立 西村宏美

日立 西村宏美

こんなことになるとは知らなかったし、相談できる相手もいませんでした。自分の健康と働き方やライフイベントのバランスを保たないと、働き続けることも難しいのだと、このとき初めて知ったのです。結果的に私は回復できましたが、この辛い経験を後輩たちにはさせたくないし、社会的課題ならば解決したいと強く思いました」

西村からの提案を受けた蒲生には、驚きもあったという。

「新規ビジネスは『かっこいいから』では長続きしません。でも、彼女の場合は何より自分ごとでした。どうしてこういうソリューションが世の中に無いのかと、ある種『怒り』に近いパワーを感じました。それが、プロジェクトを動かす原動力になると確信したのです。女性の健康課題は、それまではタブーだと感じていましたし、特に問題視もしていませんでした。しかし、彼女の辛い経験や思いに突き動かされ、このテーマで一緒に踏み出そうと決意したのです」

そして2020年7月頃から、蒲生と西村は通常の業務時間外に活動をスタートさせた。2人がまず始めたのは、賛同してくれる協力者を社内外問わず探すこと。一緒に顧客を訪問したり、同様の取り組みをしている人を探したりしながら、およそ2カ月が経過した。

あるとき2人は、同僚から日立北大ラボ(※)の吉野正則の存在を教えられる。吉野は北海道でプレコンセプションケアの取り組みをしており、母子健康手帳のアプリ開発を手掛けている人物だ。早速問い合わせ、吉野とつながることで次の展開を迎えることになった。

※ 2016年6月に開設した、日立製作所と北海道大学による共同研究施設。大学の知見に日立の技術を掛け合わせて社会課題の解決に貢献する。

同じ志を持つ三者の運命的な出会い

実はこのプロジェクトには、もう一つの源流があった。2019年頃から、金融システム営業統括本部の松野真由子にも、新規ビジネスの企画立案が求められていたという。

銀行向けに新しい提案を検討していたところ、対話をする中で先方が健康というテーマに興味を持っていることが分かった。そこで、上司に「女性の立場から、女性の健康課題に着目してみてはどうか」と助言を受けたのだ。

「私自身、男性に囲まれた職場で働く中で、体力面でついていけないと思うことが多々ありました。でも、周りに相談することはなかなかできません。また、将来家庭を持って子育てをしながら管理職に就けるのだろうか、という悩みや不安も抱えていました。だからこそ、自分ごととして女性ならではの課題感を持っていたのです」(松野)

画像: 日立 松野真由子

日立 松野真由子

新しいビジネスの方向性を「女性の健康」に定めた松野は、社内で関連する実例がないかを探すようになる。そして、イントラネットで日立北大ラボの取り組みを知り、吉野に問い合わせていた。こうして2020年5月頃、蒲生と西村の動きに先んじてディスカッションを開始していたのだった。

社会プラットフォーム営業統括本部の蒲生と西村、金融システム営業統括本部の松野。女性の健康という同じ社会課題に挑むメンバーが、ほぼ時を同じくして、日立北大ラボの吉野のもとに集まった。吉野としても、女性の健康に関する課題感を持ち、プレコンセプションケアの取り組みを広げたいと考えていた時期だった。運命的な出会いだったと言えるだろう。

共通のテーマを掲げる三者がつながり、2020年8月に初めて打ち合わせを実施。2020年9月には、2つの営業部門と日立北大ラボとで、正式にこのプロジェクトが始動することになった。(第2回へつづく)

取材・文=田原 未沙記/写真=斎藤 弥里

「第2回:有志チームで挑むゼロからの挑戦」はこちら>

画像1: フェムテック発、だれもが働きやすい社会づくりへ
【第1回】女性の健康課題を解く、新規ビジネス

蒲生高也(がもう たかや)
株式会社日立製作所 デジタルシステム&サービス営業統括本部 デジタルマーケティング統括本部 DX Proposal Planning 兼 デジタルエンジニアリングビジネスユニット Business Development DX Proposal Planning 部長

2004年、日立製作所に入社。通信事業者向けの営業活動及び新規事業創生に従事したのち、2022年4月にデジタルマーケティング統括本部に異動。GlobalLogic Japanの日本市場におけるGTM(Go To Market)戦略の策定と実行を担当している。

画像2: フェムテック発、だれもが働きやすい社会づくりへ
【第1回】女性の健康課題を解く、新規ビジネス

西村宏美(にしむら ひろみ)
株式会社日立製作所 社会プラットフォーム営業統括本部 第一営業本部 第二営業部 主任

2012年、日立製作所に入社 。通信事業者向けの営業活動及び新規事業創生に従事。2017年頃に婦人科系疾患を発症し数カ月の休職を経験したのち、同部署にて復職。2021年4月~2022年12月まで産休・育休を取得。

画像3: フェムテック発、だれもが働きやすい社会づくりへ
【第1回】女性の健康課題を解く、新規ビジネス

松野真由子(まつの まゆこ)
株式会社日立製作所 金融システム営業統括本部 金融営業第一本部 第一部

2016年、日立製作所に入社。金融機関向けのITシステムの営業活動及び新規事業創出に従事。

画像4: フェムテック発、だれもが働きやすい社会づくりへ
【第1回】女性の健康課題を解く、新規ビジネス

宮森百穂(みやもり もえ)
株式会社日立製作所 人財統括本部 HRストラテジー・コミュニケーション部

2019年、日立製作所に入社。通信事業者向けの営業活動及び新規事業創生に従事。2023年1月、社内公募に応じ人財統括本部に異動。日立グループの戦略実現のためにグローバル人財戦略の施策に関わる業務に従事。

画像5: フェムテック発、だれもが働きやすい社会づくりへ
【第1回】女性の健康課題を解く、新規ビジネス

西郷健一(さいごう けんいち)
株式会社日立製作所 社会プラットフォーム営業統括本部 第二営業本部 第一営業部

2020年、日立製作所に入社。通信事業者向けの営業活動及び新規事業創出に従事。情報通信事業における基幹システムをはじめ、カーボンニュートラルやセキュリティの領域を担当している。

画像6: フェムテック発、だれもが働きやすい社会づくりへ
【第1回】女性の健康課題を解く、新規ビジネス

北森美菜(きたもり みな)
株式会社日立製作所 社会プラットフォーム営業統括本部 企画本部 営業推進部 第一グループ 主任

2009年、日立製作所に入社。通信事業者向けの営業活動及び新事業創出に従事。2013年~15年に産休・育休を取得。

シリーズ紹介

楠木建の「EFOビジネスレビュー」

一橋ビジネススクール一橋ビジネススクールPDS寄付講座特任教授の楠木建氏の思考の一端を、切れ味鋭い論理を、毎週月曜日に配信。

山口周の「経営の足元を築くリベラルアーツ」

山口周氏をナビゲーターに迎え、経営者・リーダーが、自身の価値基準を持つための「リベラルアーツ」について考える。

協創の森から

社会課題の解決に向けたビジョンの共有を図る研究開発拠点『協創の森』。ここから発信される対話に耳を傾けてください。

新たな企業経営のかたち

パーパス、CSV、ESG、カスタマーサクセス、M&A、ブロックチェーン、アジャイルなど、経営戦略のキーワードをテーマに取り上げ、第一人者に話を聞く。

Key Leader's Voice

各界のビジネスリーダーに未来を創造する戦略を聞く。

経営戦略としての「働き方改革」

今後企業が持続的に成長していくために経営戦略として取り組むべき「働き方改革」。その本質に迫る。

ニューリーダーが開拓する新しい未来

新たな価値創造に挑む気鋭のニューリーダーに、その原動力と開拓する新しい未来を聞く。

日本発の経営戦略「J-CSV」の可能性

日本的経営の良さを活かしながら利益を生み出す「J-CSV」。その先進的な取り組みに迫る。

ベンチマーク・ニッポン

日本を元気にするイノベーターの、ビジョンと取り組みに迫る。

デジタル時代のマーケティング戦略

マーケティングにおける「デジタルシフト」を、いかに進めるべきか、第一人者の声や企業事例を紹介する。

私の仕事術

私たちの仕事や働き方の発想を変える、膨らませるヒントに満ちた偉才たちの仕事術を学ぶ。

EFO Salon

さまざまな分野で活躍する方からビジネスや生活における新しい気づきや価値を見出すための話を聞く。

禅のこころ

全生庵七世 平井正修住職に、こころを調え、自己と向き合う『禅のこころ』について話を聞く。

岩倉使節団が遺したもの—日本近代化への懸け橋

明治期に始まる産業振興と文明開化、日本社会の近代化に多大な影響を及ぼした岩倉使節団。産業史的な観点から、いま一度この偉業を見つめ直す。

八尋俊英の「創造者たち」~次世代ビジネスへの視点~

新世代のイノベーターをゲストに社会課題の解決策や新たな社会価値のつくり方を探る。

This article is a sponsored article by
''.