「第1回:戒厳令出しっ放し。」はこちら>
「第2回:楽しい職場。」
「第3回:家族主義の経営。」はこちら>
「第4回:年齢無用論。」はこちら>
※本記事は、2022年12月7日時点で書かれた内容となっています。
会社は仕事のための組織です。そこで行われるのは、「仕事をする側」と「雇う側」の価値交換にほかなりません。競争市場における製品やサービスの価値交換と、原則的には同じ。例えば、僕がこうして日立からお声がけいただき、何かしら僕なりの考えを書き、その価値に対して日立が認識する対価をいただく。これが市場における価値交換です。つまり、お互いに選び合い、お互いに折り合ったところで取引が発生する。
会社が仕事の組織である以上、ジョブ型雇用以外の雇用システムはあり得ないと僕は思います。なぜなら、仕事=ジョブだからです。
ジョブ型雇用の対概念とされているのがメンバーシップ型雇用です。仕事の組織であるのに、メンバーシップ型とはこれ如何に? 逆を考えてみるとわかりやすい。「ジョブ型家族」はあり得ません。家族はすべてメンバーシップです。
これが愛人となると話は変わってきます。拡張された家族概念としての愛人であればジョブ型の雇用関係に近い。期待されている役割と仕事が明確だからです。――つきましては、まずはマンションを用意します。月にいくら支払います。ただし、マンションの名義は与えません――実態は知りませんが、そういった価値交換に関するコミュニケーションが交わされ、折り合いがついたところで愛人関係が発生する。これを普通の家庭に当てはめて想像してみてください。そんな家族はイヤだと思うのが普通でしょう。
それと同じくらい、メンバーシップ型雇用は不自然だというのが僕の見解です。メンバーシップ型雇用とは、前回お話しした戒厳体制を無理矢理一般化した詭弁なんじゃないか――とすら思います。
高度経済成長期の真っただ中にあった1965年、当時ソニーの副社長だった盛田昭夫さんが雑誌『文藝春秋』で、挑戦的な議論を展開して話題になりました。論文のタイトルは『会社は遊園地ではない』。要するに、今でいうメンバーシップ型雇用システムに対する批判です。
盛田さんはこう語っています――会社とは仕事の場であり、利益の追求が目的であり、お金を稼ぐ組織である。非常に単純明快な根本原理に基づいている。日本ではこの原則が曖昧になっているのではないか。もちろん「楽しい職場」は大切だ。しかし、家庭や遊びの楽しさと仕事の楽しさは全然違うものだ。日本の雇用システムを見ていると、企業とは営利団体ではなく社会保障団体なんじゃないかという気すらしてくる。本来あるべき雇用システムに回帰するべきではないか――現在よく目にするジョブ型雇用の議論とほとんど同じ話をしています。
さらに盛田さんは続けます――普通の仕事であれば、まず人材を募集するときに、その人にどういう仕事をやってもらうかを先に決めなくてはならない。就職を希望する側はその仕様書を見て、自分の能力や適性、要望を考えたうえで、「いいな」と思えば応募してくる。双方の要求が折り合えば契約書が交わされ、初めて雇用関係が成立する。つまり、お互いに評価し合うものである。
ところが日本では――これが1965年の主張だということがポイントです――会社が必要とする仕事を、その人ができるかどうかはほとんど未知のまま、漠然と採用せざるを得ない。つまり、仕事とは無関係なところで採用が行われる。一方、新卒で採用される側は、自分の適性や能力、何をしたいかという要望ではなく、「大企業だから」「つぶれる心配がないから」といった理由で会社を選ぶ。採用する側も、「学校の成績がいいから」「見どころがあるから」という理由で採用通知を出す。全然仕事の実体と関係ないところで物事が決まる。
これは双方にとって不幸である。働く側は、自分の将来を会社に委ねることになる。会社もまた、無条件でその人の一生を保障しなくてはいけない。非常に無理がある関係に押し込まれる。こんな恐ろしいことはない――。
当時、世間的に最もバズったのが、この盛田さんの主張の一部となっていた『学歴無用論』です――学歴にはそれなりの意味はある。しかし、会社とは、厳しい競争の中で実力勝負をしていかなくてはいけない場である。働いている人もまた実力で評価されるべきであり、入社前にどこに属していたのかを問うべきでない。学歴重視は、仕事本位の実力主義を結果的に妨げている。だから学歴は無用なのだ――。
盛田さんの結論はこうです。「楽しい職場ですね」と言うときの楽しさとは、雇う側と雇われる側がお互いに評価し合うことを通じて生まれる。双方が折り合いをつけていく中で、絶えず自分が再発見され、新しい可能性に自分を託していける。こういう状態こそ、仕事における楽しさなのだ――。
要するに、会社は仕事の組織である。僕が言いたいことを盛田さんは60年近く前にそっくりそのまま主張しています。
高度経済成長期という日本全体が右肩上がりの状況だったこともあり、盛田さんのこの主張は実際の企業経営にあまりインパクトを与えませんでした。今こそ、盛田さんのおっしゃる原理原則に戻るべきときだと僕は思います。(第3回へつづく)
楠木 建
一橋ビジネススクール教授
1964年東京生まれ。幼少期を南アフリカで過ごす。一橋大学大学院商学研究科博士課程修了(1992)。一橋大学商学部専任講師、一橋大学商学部助教授、一橋大学イノベーション研究センター助教授、ボッコーニ大学経営大学院(イタリア・ミラノ)客員教授、一橋大学大学院国際企業戦略研究科准教授、2010年より現職。
著書に『逆・タイムマシン経営論』(2020、日経BP社)、『室内生活 スローで過剰な読書論』(2019、晶文社)、『すべては「好き嫌い」から始まる』(2019、文藝春秋)、『「好き嫌い」と才能』(2016、東洋経済新報社)、『好きなようにしてください:たった一つの「仕事」の原則』(2016、ダイヤモンド社)、『「好き嫌い」と経営』(2014、東洋経済新報社)、『戦略読書日記』(2013、プレジデント社)、『経営センスの論理』(2013、新潮新書)、『ストーリーとしての競争戦略:優れた戦略の条件』(2010、東洋経済新報社)などがある。
楠木教授からのお知らせ
思うところありまして、僕の考えや意見を読者の方々に直接お伝えするクローズドな場、「楠木建の頭の中」を開設いたしました。仕事や生活の中で経験したこと・見聞きしたことから考えたことごとを配信し、読者の方々ともやり取りするコミュニティです。
この10年ほどTwitterを使ってきて、以下の3点について不便を感じていました。
・140字しか書けない
・オープンな場なので、仕事や生活経験の具体的な中身については書きにくい
・考えごとや主張をツイートすると、不特定多数の人から筋違いの攻撃を受ける
「楠木建の頭の中」は僕のTwitterの拡張版というか裏バージョンです。もう少し長く書ける「拡張版」があれば1の問題は解決しますし、クローズドな場に限定すれば2と3の不都合を気にせずに話ができます。加えて、この場であればお読みいただく方々に質問やコメントをいただき、やりとりするのも容易になります。
不定期ですが、メンバーの方々と直接話をする機会も持ちたいと思います。
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シリーズ紹介
楠木建の「EFOビジネスレビュー」
一橋ビジネススクール一橋ビジネススクールPDS寄付講座特任教授の楠木建氏の思考の一端を、切れ味鋭い論理を、毎週月曜日に配信。
山口周の「経営の足元を築くリベラルアーツ」
山口周氏をナビゲーターに迎え、経営者・リーダーが、自身の価値基準を持つための「リベラルアーツ」について考える。
協創の森から
社会課題の解決に向けたビジョンの共有を図る研究開発拠点『協創の森』。ここから発信される対話に耳を傾けてください。
新たな企業経営のかたち
パーパス、CSV、ESG、カスタマーサクセス、M&A、ブロックチェーン、アジャイルなど、経営戦略のキーワードをテーマに取り上げ、第一人者に話を聞く。
Key Leader's Voice
各界のビジネスリーダーに未来を創造する戦略を聞く。
経営戦略としての「働き方改革」
今後企業が持続的に成長していくために経営戦略として取り組むべき「働き方改革」。その本質に迫る。
ニューリーダーが開拓する新しい未来
新たな価値創造に挑む気鋭のニューリーダーに、その原動力と開拓する新しい未来を聞く。
日本発の経営戦略「J-CSV」の可能性
日本的経営の良さを活かしながら利益を生み出す「J-CSV」。その先進的な取り組みに迫る。
ベンチマーク・ニッポン
日本を元気にするイノベーターの、ビジョンと取り組みに迫る。
デジタル時代のマーケティング戦略
マーケティングにおける「デジタルシフト」を、いかに進めるべきか、第一人者の声や企業事例を紹介する。
私の仕事術
私たちの仕事や働き方の発想を変える、膨らませるヒントに満ちた偉才たちの仕事術を学ぶ。
EFO Salon
さまざまな分野で活躍する方からビジネスや生活における新しい気づきや価値を見出すための話を聞く。
禅のこころ
全生庵七世 平井正修住職に、こころを調え、自己と向き合う『禅のこころ』について話を聞く。
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明治期に始まる産業振興と文明開化、日本社会の近代化に多大な影響を及ぼした岩倉使節団。産業史的な観点から、いま一度この偉業を見つめ直す。
八尋俊英の「創造者たち」~次世代ビジネスへの視点~
新世代のイノベーターをゲストに社会課題の解決策や新たな社会価値のつくり方を探る。