「第1回:戒厳令出しっ放し。」
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「第3回:家族主義の経営。」はこちら>
「第4回:年齢無用論。」はこちら>
※本記事は、2022年12月7日時点で書かれた内容となっています。
以前『逆・タイムマシン経営論』という本を書くために、過去に出版されたビジネス誌をひたすら読んでいく作業をしました。その中で、いろいろと気づいたことがあります。
今、「日本的経営は崩壊しつつある」という議論が各方面で起きています。過去の『日経ビジネス』を読んでいたら、1976年の号に「揺れる日本的経営」という特集記事が出てきました。そこに書かれていたのは、近年語られている「日本的経営崩壊の危機」とだいたい同じ内容です。ということは、日本的経営は半世紀にわたって崩壊し続けていることになる。「崩壊する」と言われながら、いまだに崩壊しきっていない――日本的経営はどれだけ盤石なのか。
思わず笑ってしまうほどヘンな話です。それもこれも、いったいどういうものを日本的経営と呼んでいるのか判然としない。そんなふわふわした主語を使って議論をしてもまったく意味がありません。
日本的経営とは何か。終身雇用を前提とした働き方、新卒一括採用、年功序列、社歴を基準にした報酬システムや昇進システムといったものを「日本的だ」とする人がいます。なぜ「日本的」なのか。それは日本の文化である。農耕民族としての日本人の特性である――こういうことを言う人がいますが、僕に言わせれば愚論の極みです。
事実、戦前における日本の労働市場の流動性は当時のアメリカよりもさらに高かった。自動車産業がアメリカを象徴し、フォードをはじめ大規模な企業が生まれた1900年頃、当時の日本でも世界最大の経済大国である「アメリカに学べ」という議論はもちろんありました――日本と違ってアメリカでは、会社がまるで巨大な家族のように経営されている。だから人々はずっと同じ会社で長く仕事をしようと思っている。その結果、技術や技能が1つの組織の中に蓄積されていく。それが大企業組織となり、ものづくり大国であるアメリカの基盤にある。
一方の日本はどうか。ちょっと金払いのいい仕事があれば、みんなすぐにそっちに乗り換えてしまう。財閥という金融資本主義で動いている。金融のロジックで「うまいことやってやろう」と目先のことばかり考えているだから産業が育たない――。今と相当に異なる内容で、「アメリカに学べ」と言っていたのです。
100年続かないものは一国の文化とは言えません。明治維新から戦前に至るまで日本の労働市場が流動的だったのは、企業が当時の環境に適応した結果です。俗に言う「日本的経営」が定着していた戦後から高度経済成長期にかけての四半世紀にしても、終身雇用と年功序列を基軸にした、今で言う「メンバーシップ型雇用」が当時の経営環境にフィットしていたというだけの話です。会社は社会組織ではなく商売の組織ですから、合理的に行動した結果そうなっただけに過ぎません。
終身雇用と年功序列という2本柱をあらためて考えてみると、組み合わせとして非常に不自然なことに気がつきます。いったん就職したらその人の雇用を定年まで保障し、かつ、社歴を重ねるとともにみんなどんどん給料が上がり偉くなっていく――少なくとも論理的には破綻しています。ただし、です。それが成立する条件が1つあります。会社の規模がどんどん大きくなり、仕事がどんどん増えていく。人がとにかく足りない、ポストもつねに不足している。こういうスーパー右肩上がりの状況においてのみ、終身雇用と年功序列という組み合わせは機能します。
素直に考えれば、「1つの会社にずっと勤め続ける」という前提で新卒の若者が会社を選ぶのは、非常に不自然です。会社の寿命よりも、自分のキャリアの寿命のほうが長いのが普通の時代です。世の中も変わっていくし、自分自身も変わっていく。まだ何がしたいのか自分でもよくわかっていない段階での選択をずっと引きずることには無理があります。
年功序列はさらに超論理的です。「なぜ僕は課長になれないんですか?」「あと5年足りないからね」「どうしてこの人が部長なんですか?」「いや、彼はもう勤続30年だから」――あらゆる論理を超越している。
ただし、終身雇用と年功序列のコンビは経営施策としてウルトラCといえるような強みを持っています。経営コストの大きな部分を占める評価コストを極限まで削減できる仕組みだからです。
「あなたにはこういう仕事をしてもらいたいので、こういう成果を上げてください。ついては、こういう報酬とポストをあなたに用意します」。これが普通の雇用契約の形です。これを実践するためには、従業員一人ひとりがどのように仕事をしたいか、何が得意で何が不得意なのかを経営側がよく聞き出して理解し、その人が担う仕事を特定し、報酬を提示する。もし「その評価じゃ納得できません」となったら、「いや、我々はこういう考えであなたをこういうふうに評価したんだ」と話し合いを重ねる。果てしなく手数がかかります。
最終的に双方が納得して初めて、仕事が遂行され、成果が生まれ、評価がなされる。これらを全部引っくるめて評価コストと呼ぶとしたら、年功序列は評価コストを一気に大きく削減します。しかも、非常に客観性が高い。一元的かつ量的な次元で物事が全部決まっていく。「君、何年入社?」「8年目です」――これだけです。高度成長期の経営環境で従業員と会社がお互いに納得できているのであれば、これほど透明性が高く効率的な仕組みはありません。20世紀の日本発の最大級の経営イノベーションと言ってもいい。
言うまでもないことですが、高度成長期は遠い昔。成熟期に入って久しい今日にあって、年功序列は完全に有効性を喪失しています。それどころか、組織全体に及ぼす悪影響がはなはだ大きい。にもかかわらず、「これが日本の文化だから」などという蒙昧がいまだに残っています。
繰り返しますが、終身雇用と年功序列をセットにした運用は、非常に特異な状況のもとで異常に効率的で効果的となります。政治で言えば「戒厳令」に近い概念です。平常時の理屈で整備されたさまざまな法律や制度を全部すっ飛ばして、異常事態に適応する。これが戒厳令です。
戒厳令は、平常時に戻れば当然引っ込めるものです。超法規的措置である以上、出す側は慎重にならざるを得ません。二・二六事件のときですら、実際に施行されたのは行政戒厳というマイルドなものでした。
世界最長の戒厳令は、1949年に蒋介石政権下で台湾に敷かれたものです。解除されたのが1987年なので、40年近くにわたって施行されたことになります。僕に言わせれば、俗に言う日本的経営とは「戒厳令出しっぱなし」状態のようなものです。本当の世界最長の戒厳令に等しい。「日本的経営」は幻想です。やるべきことは「さっさと戒厳令を取り下げる」――これに尽きるというのが僕の意見です。(第2回へつづく)
楠木 建
一橋ビジネススクール教授
1964年東京生まれ。幼少期を南アフリカで過ごす。一橋大学大学院商学研究科博士課程修了(1992)。一橋大学商学部専任講師、一橋大学商学部助教授、一橋大学イノベーション研究センター助教授、ボッコーニ大学経営大学院(イタリア・ミラノ)客員教授、一橋大学大学院国際企業戦略研究科准教授、2010年より現職。
著書に『逆・タイムマシン経営論』(2020、日経BP社)、『室内生活 スローで過剰な読書論』(2019、晶文社)、『すべては「好き嫌い」から始まる』(2019、文藝春秋)、『「好き嫌い」と才能』(2016、東洋経済新報社)、『好きなようにしてください:たった一つの「仕事」の原則』(2016、ダイヤモンド社)、『「好き嫌い」と経営』(2014、東洋経済新報社)、『戦略読書日記』(2013、プレジデント社)、『経営センスの論理』(2013、新潮新書)、『ストーリーとしての競争戦略:優れた戦略の条件』(2010、東洋経済新報社)などがある。
楠木教授からのお知らせ
思うところありまして、僕の考えや意見を読者の方々に直接お伝えするクローズドな場、「楠木建の頭の中」を開設いたしました。仕事や生活の中で経験したこと・見聞きしたことから考えたことごとを配信し、読者の方々ともやり取りするコミュニティです。
この10年ほどTwitterを使ってきて、以下の3点について不便を感じていました。
・140字しか書けない
・オープンな場なので、仕事や生活経験の具体的な中身については書きにくい
・考えごとや主張をツイートすると、不特定多数の人から筋違いの攻撃を受ける
「楠木建の頭の中」は僕のTwitterの拡張版というか裏バージョンです。もう少し長く書ける「拡張版」があれば1の問題は解決しますし、クローズドな場に限定すれば2と3の不都合を気にせずに話ができます。加えて、この場であればお読みいただく方々に質問やコメントをいただき、やりとりするのも容易になります。
不定期ですが、メンバーの方々と直接話をする機会も持ちたいと思います。
ビジネスや経営に限らず、人間の世の中について考えることに興味関心をお持ちの方々のご参加をお待ちしております。DMM社のプラットフォーム(月額500円)を使っています。
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シリーズ紹介
楠木建の「EFOビジネスレビュー」
一橋ビジネススクール一橋ビジネススクールPDS寄付講座特任教授の楠木建氏の思考の一端を、切れ味鋭い論理を、毎週月曜日に配信。
山口周の「経営の足元を築くリベラルアーツ」
山口周氏をナビゲーターに迎え、経営者・リーダーが、自身の価値基準を持つための「リベラルアーツ」について考える。
協創の森から
社会課題の解決に向けたビジョンの共有を図る研究開発拠点『協創の森』。ここから発信される対話に耳を傾けてください。
新たな企業経営のかたち
パーパス、CSV、ESG、カスタマーサクセス、M&A、ブロックチェーン、アジャイルなど、経営戦略のキーワードをテーマに取り上げ、第一人者に話を聞く。
Key Leader's Voice
各界のビジネスリーダーに未来を創造する戦略を聞く。
経営戦略としての「働き方改革」
今後企業が持続的に成長していくために経営戦略として取り組むべき「働き方改革」。その本質に迫る。
ニューリーダーが開拓する新しい未来
新たな価値創造に挑む気鋭のニューリーダーに、その原動力と開拓する新しい未来を聞く。
日本発の経営戦略「J-CSV」の可能性
日本的経営の良さを活かしながら利益を生み出す「J-CSV」。その先進的な取り組みに迫る。
ベンチマーク・ニッポン
日本を元気にするイノベーターの、ビジョンと取り組みに迫る。
デジタル時代のマーケティング戦略
マーケティングにおける「デジタルシフト」を、いかに進めるべきか、第一人者の声や企業事例を紹介する。
私の仕事術
私たちの仕事や働き方の発想を変える、膨らませるヒントに満ちた偉才たちの仕事術を学ぶ。
EFO Salon
さまざまな分野で活躍する方からビジネスや生活における新しい気づきや価値を見出すための話を聞く。
禅のこころ
全生庵七世 平井正修住職に、こころを調え、自己と向き合う『禅のこころ』について話を聞く。
岩倉使節団が遺したもの—日本近代化への懸け橋
明治期に始まる産業振興と文明開化、日本社会の近代化に多大な影響を及ぼした岩倉使節団。産業史的な観点から、いま一度この偉業を見つめ直す。
八尋俊英の「創造者たち」~次世代ビジネスへの視点~
新世代のイノベーターをゲストに社会課題の解決策や新たな社会価値のつくり方を探る。