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一橋ビジネススクール教授 楠木建氏
「社員は家族」。よく耳にするフレーズだが、従業員を真に大切にする経営とはどのようなものか。楠木氏をうならせた、従業員に対して経営者がとるべきスタンスの好例とは。

「第1回:戒厳令出しっ放し。」はこちら>
「第2回:楽しい職場。」はこちら>
「第3回:家族主義の経営。」
「第4回:年齢無用論。」はこちら>

※本記事は、2022年12月7日時点で書かれた内容となっています。

前回もお話ししたように、仕事である以上ジョブ型雇用が当たり前で、メンバーシップ型雇用は本来の筋を外している、というのが僕の考えです。

いやいや、ジョブ型雇用と言ったって、やる仕事・やらない仕事が事前にはっきり定義されていて、本人と会社とがお互いに値踏みし合う形で人材が入ってきたら、会社の持っている大切なものが失われてしまうじゃないか。ジョブディスクリプションに落とし込めない仕事だっていっぱいあるじゃないか――そう言う人がいるのですが、この種の意見は企業経営が本来持っている多様性を無視しています。

ジョブ型雇用のポイントは受発注にあります。会社はまず従業員になるかもしれない人々に対して発注する。発注の仕方にもその会社の個性、経営のフィロソフィーやパーパスが必ず表れます。どんな人材を必要とし、どのようにコミュニケーションをとって従業員を評価するかは会社によって実にさまざまです。「ジョブ型雇用の進め方」なんていう標準的なテンプレートはありようがない。「メンバーシップ型」と言っている日本の雇用にも実際はさまざまなやり方があるのと同じです。

よく「アメリカの企業はアメリカ的な経営をしている」と言われますが、内実は多種多様です。アメリカ的な経営と言うとGAFAM、近頃ではNetflixやテスラを思い浮かべる人が多いのですが、これらはアメリカの中でも特殊な会社です。とかく見落とされがちですが、大切なのは経営の個別性なんです。

僕は、アメリカの上場企業の一覧が載っている『米国会社四季報』(東洋経済新報社)を読むことをお勧めしています。投資家がよく見ている本ですが、投資しない人でも一度ぱらぱらっと見てみるといいと思います。

『会社四季報』と同じ体裁で、見開きに4社の概況、財務、業績などが載っています。どのページでもいいのでとにかく開いてみてください。僕も先日やってみたところ、出てきたのは工業設備メーカーのドーバー、流体制御機器メーカーのフローサーブ、浄水システムのザイレム、業務用工具メーカーのスナップオン。どれも売上高数千億円規模の大企業で、しかも好業績。それぞれに優れた経営があるのだろうなと思いますが、おそらくNetflixやテスラとは相当に異なる経営をしているでしょう。アメリカ的経営なんていうものも幻想に過ぎない。多種多様な企業、多種多様な経営の集積で一国の経済が成立している。そこに「アメリカ企業」も「日本企業」もない。

結局のところ、儲かる商売を経営者がつくれるかどうか、これが古今東西の経営の一丁目一番地です。こうやって儲けていくぞ、という戦略のストーリーを経営者が示す。それを実現するためにはこういう能力を持った人が必要になる。ジョブの発注と受注が行われる。入社してきた人材が、それぞれの持ち場で成果を出し、成果に応じて給料や報酬を獲得する。

平成不況の頃、計測器の老舗メーカーで知られる横河電機の社長だった美川英二さんが「家族主義の経営」を主張しています。「このご時世に家族主義なんてよく言うな」と言われるのだが、自分は社員を家族だと考えている――前回お話ししたソニーの盛田昭夫さんの真逆の主張のように聞こえます。しかし、美川さんの本意は違いました。

美川さんは言っています――経営者はきちんと儲かる商売を示すべきである。そこに向けて従業員が力を合わせて仕事をすれば、企業が稼ぐ力はますます強まる。結果として、従業員の給料も増える。株価も上がる。株主も果実を手に入れる。

実際、美川さんは長期利益にこだわる経営者でした。横河電機は一貫して収益性が高かった。当時、同社の平均給与は国内の製造業で第2位。株主に対する配当も非常に高い水準でした。しかも、安定配当。配当に依存して生活している人がいるかもしれないので、一時的に配当をバーンと上げて翌年はゼロみたいなことは絶対してはいけないという考え方でした。

美川さんの社長時代、バブル崩壊の影響で国内企業の設備投資が一気に冷え込み、横河電機は大ダメージを受けます。売上は単年度で20%減少し、約1,500人の従業員が余っていた。一番手っ取り早いのは解雇です。内部留保を取り崩して1,500人に退職金を払うのは十分に可能でした。しかし、家族主義を掲げる美川さんは1人もクビにしなかった。給料もボーナスも業界の標準以上に払って、株主には安定配当。そのためには営業利益が黒字でなくてはいけません。

この無理難題を実現するために、美川さんはこんな決断を下します。注文が2割減るのなら、残った8割の中で利益を出せばいい。製造に1億円かかっていた商品であれば、コストダウンして7,000万でつくればいい。同じような事態に直面したメーカーがよくするのは、本社にとって要らなくなってしまった従業員を販売代理店や子会社に出向させる。美川さんは「それは絶対やらない」。逆に、新しい会社をバンバンつくっていったんです。それも余った人材ではなく、若くてバリバリの従業員を新会社に送り、事業の方針だけ伝えて、あとは好きに経営させる。子会社が望めば、本社から優秀な人材をバンバン送り出す。

そうやって送り出された人材が実によく働いたそうです。結局みんなが美川さんについてきて、会社の業績が回復しました。このときのことを美川さんはこう振り返っています――なぜあのときうまくいったのか。理由は単純で、給与も賞与もたっぷり払っているからだ。だからこそ、「今は大変なんだけど、みんな協力してくれよ」と言えば、従業員は一丸となって即動いてくれた――。

これが美川さんの言う家族主義です。「家族だから我慢してくれ」では、従業員に愛想を尽かされてしまいます。「これだけ頑張ってくれたら払うよ」ではなく、「まずこれだけ払うから仕事してくれ」と、つねに経営者からサーブを打っている。

家族主義の美川さんでも、長期雇用の必要性を認めながらも年功序列だけは全否定しています。仕事を離れれば年長者は尊ばなくてはいけない。でも職場では関係ない。できる人材がポストに就いて責任を持つべきであると。平成5、6年のことですが、当時横河電機本社の人事部長は高卒の女性だったそうです。優秀なら、女性であっても高卒であっても好待遇で評価するのは当たり前。結局、盛田さんの学歴無用論に近い。

美川さんは取材で「今年の景気をどう見ていますか?」という質問をされると、決まって「当社は来年もきちっとやります」とだけ答えていたそうです。――景気の良し悪しに左右されて、会社を経営できるか。そんなのに振り回されない会社にしようと、日々努力してるんだ。自分の身は自分で守るしかない――これが美川さんの考えです。会社が苦しければ我慢することになるが、従業員にそういう思いをさせてはいけない。従業員が一生を振り返ったときに「ああ、横河で良かったな……」と思えるように、ありとあらゆる方法を尽くすのが美川さんの言う経営者です。

これが本当の家族主義の経営です。浅薄でフワフワした「家族主義」を掲げて「メンバーシップ型雇用」をずるずると続けている経営者は、その実、従業員を搾取しているようなものです。(第4回へつづく)

「第4回:年齢無用論。」はこちら>

画像: ジョブ型雇用―その3
家族主義の経営。

楠木 建
一橋ビジネススクール教授
1964年東京生まれ。幼少期を南アフリカで過ごす。一橋大学大学院商学研究科博士課程修了(1992)。一橋大学商学部専任講師、一橋大学商学部助教授、一橋大学イノベーション研究センター助教授、ボッコーニ大学経営大学院(イタリア・ミラノ)客員教授、一橋大学大学院国際企業戦略研究科准教授、2010年より現職。

著書に『逆・タイムマシン経営論』(2020、日経BP社)、『室内生活 スローで過剰な読書論』(2019、晶文社)、『すべては「好き嫌い」から始まる』(2019、文藝春秋)、『「好き嫌い」と才能』(2016、東洋経済新報社)、『好きなようにしてください:たった一つの「仕事」の原則』(2016、ダイヤモンド社)、『「好き嫌い」と経営』(2014、東洋経済新報社)、『戦略読書日記』(2013、プレジデント社)、『経営センスの論理』(2013、新潮新書)、『ストーリーとしての競争戦略:優れた戦略の条件』(2010、東洋経済新報社)などがある。

楠木教授からのお知らせ

思うところありまして、僕の考えや意見を読者の方々に直接お伝えするクローズドな場、「楠木建の頭の中」を開設いたしました。仕事や生活の中で経験したこと・見聞きしたことから考えたことごとを配信し、読者の方々ともやり取りするコミュニティです。
この10年ほどTwitterを使ってきて、以下の3点について不便を感じていました。

・140字しか書けない
・オープンな場なので、仕事や生活経験の具体的な中身については書きにくい
・考えごとや主張をツイートすると、不特定多数の人から筋違いの攻撃を受ける

「楠木建の頭の中」は僕のTwitterの拡張版というか裏バージョンです。もう少し長く書ける「拡張版」があれば1の問題は解決しますし、クローズドな場に限定すれば2と3の不都合を気にせずに話ができます。加えて、この場であればお読みいただく方々に質問やコメントをいただき、やりとりするのも容易になります。
不定期ですが、メンバーの方々と直接話をする機会も持ちたいと思います。
ビジネスや経営に限らず、人間の世の中について考えることに興味関心をお持ちの方々のご参加をお待ちしております。DMM社のプラットフォーム(月額500円)を使っています。

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山口周の「経営の足元を築くリベラルアーツ」

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経営戦略としての「働き方改革」

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ベンチマーク・ニッポン

日本を元気にするイノベーターの、ビジョンと取り組みに迫る。

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マーケティングにおける「デジタルシフト」を、いかに進めるべきか、第一人者の声や企業事例を紹介する。

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新世代のイノベーターをゲストに社会課題の解決策や新たな社会価値のつくり方を探る。

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