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「第3回:還暦大作戦。」
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※本記事は、2022年2月9日時点で書かれた内容となっています。

僕は無趣味な人間でありまして、仕事がない日はひたすら休憩しています。読書をしたり映画を見たり、基本的に室内で過ごしています。このところ改めて思うのですが、僕のような非活動的な室内生活派の人間にとって、テクノロジーの進歩は老後の絶好の追い風を提供しています。動画配信サービスを利用すれば、自宅で好きなときに好きな映画が観られる。本も欲しいものを選んで買えば家まで届けてくれる。夢のような時代です。これ以上望むことはあまりないのですが、あと数年で迎える還暦を機会に、趣味として何かやってみたいことを自分に問いかけてみました。ひとつだけ思いついたことが、クルマです。

現在の自家用車はトヨタ「ヤリス」です。これまで20数年にわたって、僕の家の自家用車はトヨタのコンパクトカーです。ヴィッツを2台乗り継いだあと、アクアを2台。昨年ヤリスに乗り換えました。生産が間に合わないほど売れているそうですが、ジッサイにものすごくイイ。小さいので取り回しがラクなのはもちろん、車台もしっかりしていて、往年のメルセデスのような走りでロングドライブでも疲れません。しかも、トヨタ熟成のハイブリッドエンジンの燃費が異様にイイ。軽井沢を往復してもガソリンは半分以上残っています。ヤリスは近代日本自動車工業の結晶といってもいい。

ヤリスには完全に満足しているのですが、これは普段うちのママ(妻)が使っています。ヤリスとは別に営業車として、以前もお話した「シグネット」というクルマに乗っています。トヨタの「iQ」をベースにしたアストンマーティンの超小型車です。小さいクルマほどいいクルマだというのが僕の考え方です。今のクルマは本当に大きくなりました。ヤリスは現代の基準ではコンパクトカーですが、前世紀のメルセデスのミディアムクラスぐらいの大きさはあります。それにしても、船のようにデカいSUVに乗りながら、エコだのEVだの言っている。人間はつくづく矛盾した生き物だと思います。その点、軽自動車より全長の短いシグネットは最高で、もう10万キロ近く乗っています。還暦を機会に、シグネットを自分の乗りたいクルマに替える。老後の相棒となる還暦記念車をあれこれと想像しては楽しんでいます。

あらゆる制約を取っ払った理想だけを考えると、いちばん乗りたいのはコブラです。1960年代のアメリカのスポーツカーで、僕の中ではこれ以上カッコいいクルマはない、というくらいカッコいい。古い車なので、買うとしたらレプリカントモデルしかありません。それでも値段は軽く1,500万円オーバー。しかも屋根がついていない。雨の日には乗れない。エンジンは約7リットル。燃費はリッター2キロぐらいではないでしょうか。ESGの時代に、乗っているだけで逮捕されるんじゃないかというくらい実用性がゼロ。というよりマイナス。憧れるだけの存在です。

次がアストンマーティンDB5。映画007シリーズの初代ボンドカー。『007/ゴールドフィンガー』に出てくるやつです。007が大好きな僕は、子どものころはDB5の椅子が跳ね上がる秘密装備が付いたミニカーで遊んでいました。今ネットで探しても、DB5の中古車は見つかりません。DB6が1台出ていましたが、価格が4,300万円。DB5の走行可能なやつは1億ではきかないと思います。論外です。

もうひとつがポルシェです。歴代のポルシェの中でもずば抜けてかっこいいと思っているのが356。古いポルシェなので、当然のことながらオリジナルは数千万円。SUBARUの水平対向エンジンを使ったレプリカントが出ているのですが、やはり1,000万円以上の値段で、維持費もそれなりにかかるらしい。ということで、理想の還暦記念車は、現実からはほど遠いものばかりです。

ところが、です。昨年末に、驚くべきニュースが飛び込んできました。愛知県のある会社が、本物のポルシェ356の型から起こした660スピードスターというクルマをつくったそうです。ダイハツのオープンカーの軽自動車をベース車両にしたもので、中身は安心の日本製軽自動車、外観はポルシェ356になっています。だとすると、シグネット以来となる僕の希望にピッタリのクルマです。いずれは愛知まで行って実車を検討したいと思っています。

還暦記念車を手に入れたとして、何をやりたいのか。僕は休みの日に好きな街に出かけて、ぶらぶらしたいだけです。ついでに、グッとくる情景の写真を撮りたいと思っています。旅行ではありません。日帰りで、ふと気が向いた場所に行ってみる。散歩みたいなドライブです。

好きなクルマをゆっくりと運転しながら、若いころによく行っていた横浜の元町とか山手とか本牧、もう少し足を延ばして湘南や鎌倉や箱根、東京なら浅草や築地にふらっと出かけてみる――。

還暦大作戦に思いを巡らしていると、すごく楽しい。想像するだけでわりとお腹いっぱいになりました。もう実行しなくてもイイぐらいです。室内生活主義者としては、60歳を過ぎてもやっぱり家で本を読んで映画を見ているのかもしれません。(第4回へつづく)

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画像: 初老の老後―その3
還暦大作戦。

楠木 建
一橋ビジネススクール教授
1964年東京生まれ。幼少期を南アフリカで過ごす。一橋大学大学院商学研究科博士課程修了(1992)。一橋大学商学部専任講師、一橋大学商学部助教授、一橋大学イノベーション研究センター助教授、ボッコーニ大学経営大学院(イタリア・ミラノ)客員教授、一橋大学大学院国際企業戦略研究科准教授、2010年より現職。

著書に『逆・タイムマシン経営論』(2020,日経BP社)、『室内生活 スローで過剰な読書論』(2019、晶文社)、『すべては「好き嫌い」から始まる』(2019、文藝春秋)、『「好き嫌い」と才能』(2016、東洋経済新報社)、『好きなようにしてください:たった一つの「仕事」の原則』(2016、ダイヤモンド社)、『「好き嫌い」と経営』(2014、東洋経済新報社)、『戦略読書日記』(2013、プレジデント社)、『経営センスの論理』(2013、新潮新書)、『ストーリーとしての競争戦略:優れた戦略の条件』(2010、東洋経済新報社)などがある。

楠木教授からのお知らせ

思うところありまして、僕の考えや意見を読者の方々に直接お伝えするクローズドな場、「楠木建の頭の中」を開設いたしました。仕事や生活の中で経験したこと・見聞きしたことから考えたことごとを配信し、読者の方々ともやり取りするコミュニティです。
この10年ほどTwitterを使ってきて、以下の3点について不便を感じていました。

・140字しか書けない
・オープンな場なので、仕事や生活経験の具体的な中身については書きにくい
・考えごとや主張をツイートすると、不特定多数の人から筋違いの攻撃を受ける

「楠木建の頭の中」は僕のTwitterの拡張版というか裏バージョンです。もう少し長く書ける「拡張版」があれば1の問題は解決しますし、クローズドな場に限定すれば2と3の不都合を気にせずに話ができます。加えて、この場であればお読みいただく方々に質問やコメントをいただき、やりとりするのも容易になります。
不定期ですが、メンバーの方々と直接話をする機会も持ちたいと思います。
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