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「第4回:カットアウトか、フェードアウトか。」

※本記事は、2022年2月9日時点で書かれた内容となっています。

『週刊現代』との出会いから、僕は親世代よりは下だけれども自分よりひと回りほど年上の70代のG(爺)世代に興味を持つようになりました。最近では、意識的にG世代から学ぼうとしています。

そんな中で、テリー伊藤さんが書かれた『老後論』という本に出会いました。テリー伊藤さんにはお目にかかったことはありませんが、以前から僕がGのひとつの理想として注目している方です。テリーさんは70歳の時点でこの『老後論』を書いています。副題がまた冴えていて、「この期に及んでまだ幸せになりたいか?」――思わず手に取りました。

テリーさんはむちゃくちゃなことをやっているように見えて、実のところはとても上品な人です。やることなすことに原理原則がはっきりしていて、僕が言うのも僭越ですが、長年かけて錬成した自分の価値基準を持っている教養人とお見受けします。

『老後論』には共感したところが多々ありました。例えば、老人になって残るものは何かといえば、それは「感性」だという指摘。健康や体力などいろいろなものが衰え消えていく中で、感性だけは年を重ねることでますます研ぎ澄まされる。こういう面は確かにあるのではないかと、初期Gの僕も感じています。

白洲次郎や池部良などのロマンスグレーのG像に憧れる人たちがいる。ほとんどの人はそんな素敵な老人になんてなれっこない、という指摘も深く首肯しました。そもそも僕の場合には、グレーになる毛髪すらありません。

舘ひろしと矢沢永吉が老人ホームに入ったとして、周囲とうまくやれそうなのは舘さんのほうで、矢沢さんは自分の部屋から出てこない気がする――これもまた面白い洞察です。年を取るとその人の本質が出てくる。

死んだら千の風になるなんて、おこがましいことを言うな。風なんかではなく土に返れ。土に返れば、次の世代の役に立つ。風なんかになってのんきに飛び回っている場合ではない――その通り!

テレビの通販番組には往年の人気スターが出ていて、使いまわしの安っぽいセットの前で商品を売り込むトークをしています。テリーさんはそれこそがカッコいいと言います。例えば井上順さんという往年のアイドル。何のためらいもなく軽やかに通販番組で話をしている。飄々と自分の役割をこなしている。これがたまらなくカッコいい。そんなGこそ人生の勝利者だと指摘しています。

年を取って時間ができると、趣味やボランティアに生きがいを見つけようという話になりがちです。誰もがそういう方面に生きがいを見つけられるわけではありません。テリーさんは、何もしない人生もアリだと言っています。何もしないで生きていける人ほど、精神力が強い。ほかの人にはわからない深い喜びや達成感に満ちあふれている。これもまた知性と教養の問題です。G初心者としてはぜひこの境地をめざしたいものです。

『老後論』を読んで感じたのは、テリー伊藤さんと、僕が年来尊敬している高峰秀子さんとの共通点です。それは、ひとことで言えば潔さ(いさぎよさ)。現役のときもほどほどに幸せだったのに、リタイアしてからもっと幸せになろうというのは、潔くなくてカッコ悪い。これまでも、潔さこそが人間の価値だと思ってきましたが、年を取るほどにそれがさらに重要になることを再確認しました。

潔さは何かを捨てるということです。それは「断捨離でものを整理しましょう」という話ではありません。「自分の土俵に集中する」ということです。自分にとって意味のある仕事の土俵がわかってくる。そこにGの絶対的なメリット、強みがある。自分の土俵の外にあることはどんどん捨てていく。これからは、やることの種類を減らしながら、土俵にはまることだけを厳選してやっていきたいと考えています。

若いころは、「迷ったらやる」というのがいいと思っていましたし、実際にそうしてきたつもりです。しかし、今は迷ったらやらないことにしています。自分の強みも弱みも、好きも嫌いも、得手不得手もイヤというほどわかるようになりました。迷う時点で、自分の土俵から外れているのがほとんどです。

『老後論』の中でテリー伊藤さんは、「終活」なんてシケたことをするな、家族への感謝の手紙なんて書きたくない、きれいにフェードアウトするよりカットアウトの人生でいい、とおっしゃっています。私生活についてはその通りと共感するのですが、仕事に関しては最近少し考えが変わってきまして、フェードアウトで終わりたいと思うようになりました。

以前は引退するときを決めて、それ以降はもう仕事をしないというカットアウトを考えていました。でも僕の仕事の場合、引退のタイミングは自分で決めるまでもなく、お客さまが決めてくださいます。世の中から相手にされなくなるときが、いつか必ずやってくる。業界の諸先輩方を見ていても、物理的な死の前に、才能や能力の枯渇が訪れるのが普通です。

そうなっても、絶対にあがくことだけはすまいと心に決めています。これまでとは別のことをもう一度やろうとか、新しい何かに挑戦するのもまっぴらごめんです。僕は僕なりに頼りない才能と芸風だけを頼りにやってきました。これからもこの芸と心中するしかないと割り切っています。それまでは、いまの道を行けるところまで行くつもりです。

高峰秀子さんはおっしゃっています。「引退です、なんていうのはおこがましい。そのうち誰からも必要とされなくなるんだから、そうしたら煙のように消えてなくなればいいじゃない」――今の僕が考える理想の仕事の終わり方です。

画像: 初老の老後―その4
カットアウトか、フェードアウトか。

楠木 建
一橋ビジネススクール教授
1964年東京生まれ。幼少期を南アフリカで過ごす。一橋大学大学院商学研究科博士課程修了(1992)。一橋大学商学部専任講師、一橋大学商学部助教授、一橋大学イノベーション研究センター助教授、ボッコーニ大学経営大学院(イタリア・ミラノ)客員教授、一橋大学大学院国際企業戦略研究科准教授、2010年より現職。

著書に『逆・タイムマシン経営論』(2020,日経BP社)、『室内生活 スローで過剰な読書論』(2019、晶文社)、『すべては「好き嫌い」から始まる』(2019、文藝春秋)、『「好き嫌い」と才能』(2016、東洋経済新報社)、『好きなようにしてください:たった一つの「仕事」の原則』(2016、ダイヤモンド社)、『「好き嫌い」と経営』(2014、東洋経済新報社)、『戦略読書日記』(2013、プレジデント社)、『経営センスの論理』(2013、新潮新書)、『ストーリーとしての競争戦略:優れた戦略の条件』(2010、東洋経済新報社)などがある。

楠木教授からのお知らせ

思うところありまして、僕の考えや意見を読者の方々に直接お伝えするクローズドな場、「楠木建の頭の中」を開設いたしました。仕事や生活の中で経験したこと・見聞きしたことから考えたことごとを配信し、読者の方々ともやり取りするコミュニティです。
この10年ほどTwitterを使ってきて、以下の3点について不便を感じていました。

・140字しか書けない
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・考えごとや主張をツイートすると、不特定多数の人から筋違いの攻撃を受ける

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不定期ですが、メンバーの方々と直接話をする機会も持ちたいと思います。
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※グレート・リセット:2021年夏に開催される予定の次回世界経済フォーラム年次総会、通称ダボス会議におけるテーマ

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