「第1回:『予測不能な時代』に、いままでの常識を捨てるべき」はこちら>
「第2回:幸せとは『楽でゆるい状態』ではない」はこちら>
「第3回:幸せな集団に見られる『FINE』とは」はこちら>
「第4回:個人と組織にとっての幸せの本質とは」はこちら>
「第5回:仕事は複利計算を意識する」はこちら>
「第6回:『易』をベースに、ウェルビーイングな1日をつくりだす」
朝に20文字以上で前向きな目標を設定する
最後に、「幸せの本質」をつくるための、仕事を通じた前向きな1日を始める方法についてお伝えしたいと思います。
前回お話ししたように、私は「易」の体系化された変化への向き合い方を、現代の視点でまとめ直してみました。人生や仕事の中で、どんな人にも必要な前向きな要素を体系化したのです。それが、「易」に示された64個の変化に向き合うパターンを集約した、16個の「前向きさ」を示す表です。この16個の前向きさは、どれもすべての人に必要なものです。しかも、表の中から毎日1つランダムに選んで実践することで、仕事のなかで柔軟な思考や判断を強化できます。どんな状況にあっても、前向きなストーリーをつくり出せることこそ、幸せの根幹にあるスキルです。毎日この16個から前向きさをランダムに選び、実行していただきたいのです。私も毎日実践しています。以下がその具体的なやり方です。(ハピネスプラネットのアプリを活用いただければ、アプリ上でそれぞれのアートに刺激を受けながら楽しむことが可能です)
(1)スマホの時計アプリを開く。
(2)ストップウォッチのメニューをタップして開く。開始ボタンを押して、次に停止ボタンを押す。
(3)末尾が奇数ならば1、偶数ならば0を記録する。それを4回繰り返して、4桁の1/0の数列を元に表の中から今日の「前向きさ」を得る。
(4)その「前向きさ」をその日の状況に合わせてどう活用できるか考える(正解はないので自分なりに)。
(5)本日の前向きな取り組みを、20文字以上を目安に具体的に書き出し(仲間と共有することがお勧め)、それを実践する。
これを毎朝継続しましょう。朝の1分のよい習慣として、前向きな自分のストーリーを作るのです。これは幸せを高める能力を鍛えるための、物語作りの訓練です。私は、人を人たらしめているものは、物語を作る力だと思っています。これにより、どんな困難な状況にあっても自分の前向きな物語を毎日作る力を高めることができます。
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コロナウイルスは、幸福を求める人類の本能につけこんでいる
これまでの研究により、周りにクラスター(かたまり)ができているほど、その人は幸せになりやすいことがわかっています。クラスターこそ、人が幸せになる源泉なのです。逆に、クラスターがなくなると、人は孤独感やうつ傾向を示し、全般に幸せ度が下がります。コロナウイルスは、人が幸せを求める本能につけこんで拡散するという、大変いやらしい性格を持っているともいえます。つまり、感染症対策というのは、人間関係のクラスター化を妨げ、人の幸福感を必然的に下げているのです。いずれにせよ、在宅ワークが増え、人と人が集まったクラスターを作りにくい時代ですから、職場の仲間と「前向きな1日」を応援し合う支援ができればと考えています。ここにデジタルの力を活かすのが、われわれが開発し、提供しているHappiness Planetというアプリです。
「ウェルビーイング」は政府の骨太の方針に
ここまでみてきた「人と組織の幸せ度を高めるために、どの組織でも守らなければならない原則」は、さまざまな人たちが心血を注いできた20年に渡る研究で検証されています。そして、特殊な人や状況にだけ合うようなことではなく、誰にでも通用する骨太な知見です。ひとつひとつは当たり前と思われる話も多いのですが、データによって検証されたことにより、その意味づけが大きく変わったと思います。講演の機会も増えていますが、講演後に、皆さんから大いに共感をいただいて、今日から実践しますという言葉をいただくことが、本当に多くなりました。
機をひとつにするというと、我田引水かもしれませんが、政府も骨太の方針と成長戦略に「ウェルビーイング」という言葉を公式に入れました。かつ、省庁の基本計画にもこの言葉が入り、2021年11月には内閣府が国民の満足度・生活の質を表す指標群として「Well-being ダッシュボード」の公開を始めています。公式の場で「幸せ」が語られることも多くなりましたし、やはりその背後には、世の中全体に私たちが主張してきたことに対する関心や必要性の高まりがあることを感じます。
個人が持つ4つの責任と権限を考えよう
最後にお伝えしたいのは、幸せの力を「市民」として生かすことです。実は私たちは社会において4つの顔を持っています。それは、納税者、有権者、顧客、そして年金・保険を積み立てている資産保有者です。
私たちは納税者として国や自治体に対して発言する権限がありますし、有権者として政治や行政に影響を与えることができます。また、さまざまな商品やサービスを購買する顧客として、企業を評価・監視できます。さらに年金・保険を積み立てている資産保有者として、皆さんはあまり意識されていないかもしれませんが、機関投資家の投資運用にも影響力を持ち、結果として、企業経営にも影響力を持っています。ですが、多くの人はこうした自由を活用せず、社会への責任を果たしていないのが実情です。
もし私たちが、より前向きになって、われわれの選択が社会を動かしていることを強く認識し、例えば、行動や判断に地球環境保全への思いを反映させれば、政治も行政も投資家も経営者も環境問題に積極的にならざるをえません。企業はカーボンニュートラルな製品づくりを進めるしか選択肢がなくなります。年金資金の投資はエシカルな企業中心にならざるをえません。つまり、前向きさが広がることによって、多くの人々が行動を選択する自由をもっと活用し、よりよき社会への責任を果たすことにつながるのです。私はこれからも、企業と社会をよりよくしていくために、自由を活用し、責任を果たす前向きな人たちを増やす活動を進めたいと考えています。
矢野 和男(やの・かずお)
1959年、山形県酒田市生まれ。1984年、早稲田大学大学院で修士課程を修了し日立製作所に入社。同社の中央研究所にて半導体研究に携わり、1993年、単一電子メモリの室温動作に世界で初めて成功する。同年、博士号(工学)を取得。2004年から、世界に先駆けて人や社会のビッグデータ収集・活用の研究に着手。著書に『データの見えざる手 ウェアラブルセンサが明かす人間・組織・社会』(2014年)、『予測不能の時代 データが明かす新たな生き方、企業、そして幸せ』(2021年)。論文被引用件数は4,500件にのぼり、特許出願は350件超。東京工業大学 情報理工学院 特定教授。
シリーズ紹介
楠木建の「EFOビジネスレビュー」
一橋ビジネススクール一橋ビジネススクールPDS寄付講座特任教授の楠木建氏の思考の一端を、切れ味鋭い論理を、毎週月曜日に配信。
山口周の「経営の足元を築くリベラルアーツ」
山口周氏をナビゲーターに迎え、経営者・リーダーが、自身の価値基準を持つための「リベラルアーツ」について考える。
協創の森から
社会課題の解決に向けたビジョンの共有を図る研究開発拠点『協創の森』。ここから発信される対話に耳を傾けてください。
新たな企業経営のかたち
パーパス、CSV、ESG、カスタマーサクセス、M&A、ブロックチェーン、アジャイルなど、経営戦略のキーワードをテーマに取り上げ、第一人者に話を聞く。
Key Leader's Voice
各界のビジネスリーダーに未来を創造する戦略を聞く。
経営戦略としての「働き方改革」
今後企業が持続的に成長していくために経営戦略として取り組むべき「働き方改革」。その本質に迫る。
ニューリーダーが開拓する新しい未来
新たな価値創造に挑む気鋭のニューリーダーに、その原動力と開拓する新しい未来を聞く。
日本発の経営戦略「J-CSV」の可能性
日本的経営の良さを活かしながら利益を生み出す「J-CSV」。その先進的な取り組みに迫る。
ベンチマーク・ニッポン
日本を元気にするイノベーターの、ビジョンと取り組みに迫る。
デジタル時代のマーケティング戦略
マーケティングにおける「デジタルシフト」を、いかに進めるべきか、第一人者の声や企業事例を紹介する。
私の仕事術
私たちの仕事や働き方の発想を変える、膨らませるヒントに満ちた偉才たちの仕事術を学ぶ。
EFO Salon
さまざまな分野で活躍する方からビジネスや生活における新しい気づきや価値を見出すための話を聞く。
禅のこころ
全生庵七世 平井正修住職に、こころを調え、自己と向き合う『禅のこころ』について話を聞く。
岩倉使節団が遺したもの—日本近代化への懸け橋
明治期に始まる産業振興と文明開化、日本社会の近代化に多大な影響を及ぼした岩倉使節団。産業史的な観点から、いま一度この偉業を見つめ直す。
八尋俊英の「創造者たち」~次世代ビジネスへの視点~
新世代のイノベーターをゲストに社会課題の解決策や新たな社会価値のつくり方を探る。