「第1回:『予測不能な時代』に、いままでの常識を捨てるべき」はこちら>
「第2回:幸せとは『楽でゆるい状態』ではない」はこちら>
「第3回:幸せな集団に見られる『FINE』とは」
「第4回:個人と組織にとっての幸せの本質とは」はこちら>
「第5回:仕事は複利計算を意識する」はこちら>
「第6回:『易』をベースに、ウェルビーイングな1日をつくりだす」はこちら>
組織の柔軟性を削ぐ“ルールの罠”とは
1回目で述べたように、PDCAサイクルは、これまでのやり方、つまり「既知のことを仕事に活用する」ために必要な仕組みでした。ですが、予測不能な「変化に適応する」ためには、加えて、新たな仕組みが必要なのです。
世の中は今も、特に日本は20世紀のイナーシャ(慣性)をひきずっているように思います。技術者にして経営者だったアメリカのフレデリック・テイラーが20世紀初頭に始めたのが、業務を最適化・標準化する仕組みです。そのとおりに実践することで、能力がある人や熱意のある人に頼らずとも、仕事が回るように社会や企業をつくってきました。属人的な仕事は「よくない」ことで、仕組みで回すのが「いいこと」という考え方があったと思います。
それは大量生産・大量消費、特に高度成長期の標準品をつくれば世界においてともかく需要があった時代には即していました。実際、日本はこのテイラーモデルで大きく成長しました。ただ、副作用もありました。まさに狙い通りに、熱意もなく、特別な能力もない人たちが、昨日つくった仕組みで、今日も仕事を回す組織が増えてしまったのです。それが、変化が激しくなった中で日本の企業が成長できなくなった大きな要因だと考えています。世界が予測不能であることを前提にしたときに、20世紀にうまくいったやり方には限界やマイナス面もあることをみなが認識をする必要があります。状況が変化すると、仕組みをつくったときには想定していなかったことが、つぎつぎに起こります。既存の仕組みに従うだけでは、状況に適応できず、変化を無視する結果になってしまうのです。
格差や孤立のない組織こそ「幸せ」への第一歩
ルールや計画、標準化と横展開、さらに内部統制だけを追求すると組織は硬直化し、予測不能な変化に適応できなくなります。では、硬直化した組織を活性化するためにどうすればよいか。私たちはこれまでに計測した大量のデータと幸せに関する質問尺度を解析した結果、生産的で幸せな集団には、「風通しのよい関係」があることがわかりました。この集団には以下の、「FINE」という具体的で明確な特徴が実現されていたのです。それは、以下に挙げる項目の頭文字をとったものです。
FLAT(フラット)=均等
人と人とのつながりが特定の人に偏らず均等である。つまり、格差や孤立がない。
IMPROVISED(インプロバイズド)=即興的
5分から10分の短い会話が高頻度で行われている。人と人との会話においては、大は小を兼ねない。
NON-VERBAL(ノンバーバル)=非言語的
会話中に身体が同調してよく動く。
EQUAL(イコール)=平等
会議出席者の発言権が、職制に左右されず平等である。
幸せでない組織・集団はその逆の特徴を持っています。
(1) 人と人の繋がりに格差があって特定の人に偏っている。
(2) 5分から10分の短い会話が少ない。あらかじめ設定された会議や会話が多い。
(3) 会話中に身体が同調せず動きも少ない。
(4) 会議や会話での発言が特定の人に偏っていて、発言権に格差がある。
そして、2回目でも触れていますが、FINEが実現されている集団は、幸せで、生産性・創造性が高く、心身が健康に保たれ、離職率も少ないのです。そこから導き出されたのは、以下の4つの条件を整えることでした。
(1)組織図にとらわれずに繋がりあう。
(2) 予定表にとらわれないタイミングで会話しあう。
(3) 立場の違いにとらわれずに会話を身体で盛り上げる。
(4) 役職や権限にとらわれずに発言しあう。
データを解析してみると、幸せには「よい幸せ」と「悪い幸せ」があることも判明しました。そうした幸せの格差は、一緒に仕事をしている会話の相手との間に生じていることが多いのです。つまり、人の幸せを犠牲にして、自分だけが幸せになっている人が組織には相当数いることがわかりました。例えば、ストレスのかかる仕事を周りに押し付けて、自分だけストレスから逃れている人などが考えられます。組織の幸せは、メンバーが周囲を元気に明るくしているかで決まるのです。
古典や宗教も「自分から周囲へ」ベクトルが向いている
例えば、古典や宗教の教えでも、「自分の幸せを追求せよ」という教えは不思議なほど聞かないと思いませんか。むしろ、幸福論において強調されるのは「周囲を幸せにすること」ではないでしょうか。キリスト教では「汝の隣人を愛せ」といいます。仏教では「慈悲」。儒教では「仁」という言葉で表されます。いずれも「自分がどうやったら幸せになるか」ではなく「自分から周囲へ」のよい働きかけを強調するもので、ベクトルの向きは共通です。
そうしたさまざまな分析結果を総合すると、「幸せとは、自分が関わる周囲の人たちと与えあうものだ」という事実に行きつきます。あなたは、会話の相手からエナジャイズされる(元気をもらう)ことで幸せになり、あなたも周りをエナジャイズする必要があるのです。
あなたが幸せになるための法則は、じつにシンプルです。「人に元気を与え、そして人から元気をもらえる人になること」。それは人を応援し、そして応援される人になることともいえます。日本語の「しあわせ」は「仕合う」「仕合い」という言葉と同じ語源といわれています。この言葉には、人と人とが交わることで得られる幸せというニュアンスがあります。古代の日本人は、人の幸せを、人と人との交わりの中に求めていたということではないかと、私は思っています。その意味でも、人に幸せを与える行動というのは合理性があると思うのです。(第4回へつづく)
矢野 和男(やの・かずお)
1959年、山形県酒田市生まれ。1984年、早稲田大学大学院で修士課程を修了し日立製作所に入社。同社の中央研究所にて半導体研究に携わり、1993年、単一電子メモリの室温動作に世界で初めて成功する。同年、博士号(工学)を取得。2004年から、世界に先駆けて人や社会のビッグデータ収集・活用の研究に着手。著書に『データの見えざる手 ウェアラブルセンサが明かす人間・組織・社会』(2014年)、『予測不能の時代 データが明かす新たな生き方、企業、そして幸せ』(2021年)。論文被引用件数は4,500件にのぼり、特許出願は350件超。東京工業大学 情報理工学院 特定教授。
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