「第1回:『発表』が大スキ。」はこちら>
「第2回:筋金入りの『発表体質』。」はこちら>
「第3回:オーディエンスがいる幸福。」はこちら>
「第4回:伝えたいことだけを伝える。」
※本記事は、2021年12月3日時点で書かれた内容となっています。
とにかく発表がスキでこれまで僕は生きてきたわけですが、世の中には発表が得意でないという人もいます。そういう人に向けて、プレゼンテーションのスキルや文章術を指南する本が次々と出版されています。
発表主義者に言わせれば、どうやってプレゼンテーションをすれば上手くいくのか、どういう文章を書けば上手く伝わるのか、多くの方が発表を「How」の問題としてとらえ過ぎているように思います。ここにそもそもの勘違いがある。発表において「What」は「How」より何十倍も大切です。プレゼンテーションでも文章を書くにしても、重要なことは話したり書いたりすることが自分にとって面白いかどうか、自分がグッとくるかどうかなんです。
僕の今の仕事で言うと、伝えようとするものは「論理」になるわけですが、発表を通じて相手の方と自分の考えた論理を共有できると、自分にとってのグッとくる程度はさらに増大します。多少の体質や性格の違いはあっても、それは多くの人に共通する本能なのではないでしょうか。だとしたら、プレゼンテーションも文章も、どう発表するかではなく、何を発表するかの方がはるかに大切です。自分が面白いと思えること、自分にグッとくることでないと、他者と共有しても意味はありません。
僕は文章を書くときでも、そこにオーディエンスがいて、その人たちに話しかけるように書くことを心がけています。学術的な論文を書いている頃の僕の文章は、今読むと別の人が書いているんじゃないかというぐらい硬いんです。自分の考えている意味を正確に伝えるように言葉を選ぶところは、昔から凝っているのですが、凝れば凝るほど硬い文章になります。
例えば、「組織特殊性」なんていう言葉はふだんあまり使いません。でも学術的な論文だと「オーガニゼーション・スペシフィック」という英語は「組織特殊性」となる。「コンテクスト・ディぺンデンシー」は「文脈依存性」と訳される。こういう学術的な言葉は、それが意味しているものが明確です。僕はできるだけそうした言葉を使って硬質な文章を書いていました。
そういう仕事をして10年目ぐらいの時に、ある学会で僕の発表を聞いた同業の先輩である淺羽茂さんが、「君は文章と研究発表で話している言葉が全然違うね」「話し言葉の方が、ずっとわかりやすくていいよ」、そうアドバイスしてくださったんです。僕はこの言葉をきっかけに、話すように書いてみようと思い立ちました。この方針で書いたのが『ストーリーとしての競争戦略』なんです。
僕は聴いたことがないのですが、「SING LIKE TALKING」という音楽ユニットがあるそうです。この本を書くときの僕は「WRITE LIKE TALKING」でいくと決めていました。書いている自分の机の前に僕が知っている経営者の写真を貼って、その人たちに僕の考えを語りかけるつもりで書きました。ですから、文体も最初から最後まで「ですます」という話し言葉になっています。自分の言いたいことがうまく文章にまとまらないときには、写真の経営者に「僕はこういうふうに思うんですけどね」と、声に出して語りかけてみるんです。そこには僕しかいないので、これもまたはたから見ると不気味な光景なんですが、そういうことをしながら書いていきました。
文章を書くにしてもプレゼンテーションにしても、大切なことは、自分が面白いと思っていること、自分がどうしても人に伝えたいことがあるかないかです。文章だと構成とか抑揚とかリズム、プレゼンテーションだとMECE(※)といったスキル、こうした「How」に走ってしまいがちです。しかし、それでは、「What」が死んでしまう。
※ MECE:mutually exclusive and collectively exhaustive「相互に」「重複せず」「全体として漏れがない」という意味で、ロジカルシンキングの手法のひとつ。
僕は、「What」さえあれば、「How」はその人のスタイルとして自然についてくると思います。文章にしても、自分が面白いと思っていることだと自然にリズムも出てきますし、人にどうしても伝えたいと思っていれば、文章も自然に構成されるものです。
話すように書くというスタイルの利点は、「自分が面白くて人に伝えたいことだけを書く」という、文章にとってもっとも大切なことに意識を集中させられるということです。どうしても伝えたいことが自分の中にあるかどうか。これだけが問題なのです。どうしてもわかってもらいたいことが自分の中にある――これがプレゼンテーション力や文章力の正体だと僕は考えています。
楠木 建
一橋ビジネススクール教授
1964年東京生まれ。幼少期を南アフリカで過ごす。一橋大学大学院商学研究科博士課程修了(1992)。一橋大学商学部専任講師、一橋大学商学部助教授、一橋大学イノベーション研究センター助教授、ボッコーニ大学経営大学院(イタリア・ミラノ)客員教授、一橋大学大学院国際企業戦略研究科准教授、2010年より現職。
著書に『逆・タイムマシン経営論』(2020,日経BP社)、『室内生活 スローで過剰な読書論』(2019、晶文社)、『すべては「好き嫌い」から始まる』(2019、文藝春秋)、『「好き嫌い」と才能』(2016、東洋経済新報社)、『好きなようにしてください:たった一つの「仕事」の原則』(2016、ダイヤモンド社)、『「好き嫌い」と経営』(2014、東洋経済新報社)、『戦略読書日記』(2013、プレジデント社)、『経営センスの論理』(2013、新潮新書)、『ストーリーとしての競争戦略:優れた戦略の条件』(2010、東洋経済新報社)などがある。
楠木教授からのお知らせ
思うところありまして、僕の考えや意見を読者の方々に直接お伝えするクローズドな場、「楠木建の頭の中」を開設いたしました。仕事や生活の中で経験したこと・見聞きしたことから考えたことごとを配信し、読者の方々ともやり取りするコミュニティです。
この10年ほどTwitterを使ってきて、以下の3点について不便を感じていました。
・140字しか書けない
・オープンな場なので、仕事や生活経験の具体的な中身については書きにくい
・考えごとや主張をツイートすると、不特定多数の人から筋違いの攻撃を受ける
「楠木建の頭の中」は僕のTwitterの拡張版というか裏バージョンです。もう少し長く書ける「拡張版」があれば1の問題は解決しますし、クローズドな場に限定すれば2と3の不都合を気にせずに話ができます。加えて、この場であればお読みいただく方々に質問やコメントをいただき、やりとりするのも容易になります。
不定期ですが、メンバーの方々と直接話をする機会も持ちたいと思います。
ビジネスや経営に限らず、人間の世の中について考えることに興味関心をお持ちの方々のご参加をお待ちしております。DMM社のプラットフォーム(月額500円)を使っています。
お申し込みはこちらまで
https://lounge.dmm.com/detail/2069/
ご参加をお待ちしております。
シリーズ紹介
楠木建の「EFOビジネスレビュー」
一橋ビジネススクール一橋ビジネススクールPDS寄付講座特任教授の楠木建氏の思考の一端を、切れ味鋭い論理を、毎週月曜日に配信。
山口周の「経営の足元を築くリベラルアーツ」
山口周氏をナビゲーターに迎え、経営者・リーダーが、自身の価値基準を持つための「リベラルアーツ」について考える。
協創の森から
社会課題の解決に向けたビジョンの共有を図る研究開発拠点『協創の森』。ここから発信される対話に耳を傾けてください。
新たな企業経営のかたち
パーパス、CSV、ESG、カスタマーサクセス、M&A、ブロックチェーン、アジャイルなど、経営戦略のキーワードをテーマに取り上げ、第一人者に話を聞く。
Key Leader's Voice
各界のビジネスリーダーに未来を創造する戦略を聞く。
経営戦略としての「働き方改革」
今後企業が持続的に成長していくために経営戦略として取り組むべき「働き方改革」。その本質に迫る。
ニューリーダーが開拓する新しい未来
新たな価値創造に挑む気鋭のニューリーダーに、その原動力と開拓する新しい未来を聞く。
日本発の経営戦略「J-CSV」の可能性
日本的経営の良さを活かしながら利益を生み出す「J-CSV」。その先進的な取り組みに迫る。
ベンチマーク・ニッポン
日本を元気にするイノベーターの、ビジョンと取り組みに迫る。
デジタル時代のマーケティング戦略
マーケティングにおける「デジタルシフト」を、いかに進めるべきか、第一人者の声や企業事例を紹介する。
私の仕事術
私たちの仕事や働き方の発想を変える、膨らませるヒントに満ちた偉才たちの仕事術を学ぶ。
EFO Salon
さまざまな分野で活躍する方からビジネスや生活における新しい気づきや価値を見出すための話を聞く。
禅のこころ
全生庵七世 平井正修住職に、こころを調え、自己と向き合う『禅のこころ』について話を聞く。
岩倉使節団が遺したもの—日本近代化への懸け橋
明治期に始まる産業振興と文明開化、日本社会の近代化に多大な影響を及ぼした岩倉使節団。産業史的な観点から、いま一度この偉業を見つめ直す。
八尋俊英の「創造者たち」~次世代ビジネスへの視点~
新世代のイノベーターをゲストに社会課題の解決策や新たな社会価値のつくり方を探る。