「第1回:『発表』が大スキ。」はこちら>
「第2回:筋金入りの『発表体質』。」
「第3回:オーディエンスがいる幸福。」はこちら>
「第4回:伝えたいことだけを伝える。」はこちら>

※本記事は、2021年12月3日時点で書かれた内容となっています。

「発表」が大好きな僕にとって、今の学者の仕事は非常にありがたいものです。どういう仕事かというと、まずは考える。ただ考えているだけでは仕事にならないので、それを自分以外の誰かに発表する。大学院での講義はもちろん、本を書いたり、論文を書いたりします。それ以外にもこのEFOを含めたWebや雑誌、新聞などさまざまなメディアに記事を書く、セミナーや講演、対談で話をする。「発表」という行為であることはすべてに共通しています。

発表は、本来はオーディエンスに向けてするものです。オーディエンスがいないと発表は成立しません。オーディエンスがいない状況でどうやって発表するか、という問題に直面します。ここで発想の転換が起こりました。それでも自分というオーディエンスがいる――子どもの頃は「セルフ発表」という自分に向けた発表活動に熱心に取り組んでいました。

僕は小学生のとき南アフリカにいましたが、そこで何冊も本を出版しています。もちろんセルフ出版です。昭和40年代の南アフリカ暮らしというのは、物理的に遠いだけではなく、情報という意味でも日本から隔絶していました。最大の楽しみは、日本にいる祖父母が船便で送ってくれる本でした。ところが、量に限りがあるので、すぐに読み終わってしまいます。でも、他に本がないので、同じ本を繰り返し読むしかない。いずれ飽きてしまいます。

仕方がないので、お話の続きを想像して、読んだ本の続編を自分で書くようになりました。これが僕の最初の執筆活動です。自分で書いて自分で読むという読書の自給自足。シンガーソングライターならぬリーダーストーリーライターとして、僕は結構な数の本をセルフ出版していました。

はじめはお話の続きを想像して書いたフィクション、物語でした。それが次第にノンフィクションへと活動の幅を広げていきます。例えば、家族で旅行に行くと、帰ってきてすぐに旅行記を書いて出版する。当時は原稿用紙というものを知らなかったし、そもそも南アフリカにはそういうものはなかったので、普通の画用紙に書いていました。表紙も自分で作って装丁し、本棚に並べていました。

高校生の頃はセルフ授業をやっていました。学校の授業では、発表者は先生であり、生徒の僕はオーディエンスです。オーディエンスの側にいるということが、僕にとってはあまり面白くない。そこで自分で授業をやることにしました。歴史がスキだったので、山川出版社の教科書を使って、自宅の自分の部屋で日本史の授業をしていました。もちろん僕のほかに生徒はいません。一人だけの部屋で自分に向けて自分で大声で授業をするという、はたから見ると不気味な行為に明け暮れていました。

でもこれがすごく楽しかったんです。学校の本物の授業は、同業者(本物の歴史の先生のこと)の授業を視察するような気分で眺めていました。それよりもいい授業をしようと努力しました。結果として、日本史が得意になりました。振り返って、セルフ授業は中高生の勉強法としても良いのではないかと思います。おすすめです。問題は、家族がその光景を目にしたときに「うちの子どもは大丈夫だろうか」という戦慄が走ることです。

このように、僕の場合、常に発表が先、オーディエンスが後なんです。何かの需要があってやっている活動ではない。供給側が盛り上がってやむにやまれず発表する。大スキな音楽でもそうでした。楽器を弾けなかったころから、聴いているだけだとどうも面白くない。リズムがスキだったので、ベースで参加することにしました。レコードに合わせて「ボンボンボンボン」とクチでベースをやる。これもすごく楽しくて、誰もいない部屋でレコードに合わせて毎晩コンサートをやっていました。

クチベーシストとして、自分のイマジネーションの中でいろいろバンドに加入しました。クイーン、キッス、ベイ・シティ・ローラーズ……。ただ、これも客観的に見ると、誰もいない薄暗い部屋でレコードに合わせてボンボンボンボン言っているだけ――薄気味が悪いものがあります。

そのうちに自分でも楽器が弾けるようになりました。当然発表したいので、バンドを組んでライブということになります。それが今の、再三この場をお借りして宣伝している僕の所属するバンド「BLUEDOGS」の活動です。これにしても、発表が先で、オーディエンスが後。当然の成り行きとして、結成30数年、BLUEDOGSは常に無人ライブの危機に瀕しています。

なぜそんなに発表がスキなのか。発表の楽しさとは何なのかを考えてみますと、それは自分の考えや感情を他者と共有する喜びにある。音楽にしても自分が考えたことにしても、何かグッときたものを他者と共有すると、シビれはさらに増幅する。共有する他者がいないとき、オーディエンスがゼロのときには自分を他者に見立てたセルフ発表にならざるを得ない。それでも自分と自分が共有(?)することによって、喜びは倍加します。

面白い映画を見てグッときたとします。何か自分だけでグッときているのが我慢できなくて、「この映画見た?」「僕はここがグッときたんだけどさ」と、友達や家族に話したくなる。そしてそれを共有すると、実は自分の喜びも倍増する、そういう経験は多くの人にあるでしょう。

子どもの頃、「熟聴会(じゅくちょうかい)」ということを弟とよくやっていました。自分がグッときた音楽を、5曲ぐらい選んでそれをカセットテープやレコードで弟に聴かせる。「ここがグッときたんだよ」と弟に伝えると、ますますその音楽を聴くときのシビれが増幅する。お互いに5曲持ち寄ってお互いのグッときた曲を聴き合いっこするというのが「熟聴会」です。これも、僕にとってはある種の発表で、他者との共有を通じて自分の喜びを増幅させるという活動です。

今でもYouTubeで誰かが歌っているミュージックビデオを見てグッとくると、聴いているだけでは我慢できなくて、自分で歌ってみざるを得ない。今はインターネットの恩恵で、いくらでも楽譜は出てくるので、一人の部屋でギターを弾いてとりあえず発表します。カラオケの音源もすぐに出てくる。僕はしょっちゅう1人でコンサートをやっています。

問題は、大きな声で歌っていると近所迷惑になるということです。ちょっと声を落としてやる。これが結構つらい。軽井沢の別荘に行ったときには、周りに誰もいないので、好きなだけ声を出してセルフ・コンサートができます。セットリストを組んで、1時間ほどのショーを開催します。先週もやりました。もちろんオーディエンスは僕の他にはいません。家人は迷惑がるので、一人のときを見はからってやっています。ときどき犬がいることがありますが、彼女からも黙殺されています。

僕にとっての発表は、本当に子どもの頃から現在に至るまで、誰にも頼まれていない、内発的欲求に突き動かされた行為です。ようするに、僕は筋金入りの「発表体質」なのです。(第3回へつづく)

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画像: 発表-その2
筋金入りの「発表体質」。

楠木 建
一橋ビジネススクール教授
1964年東京生まれ。幼少期を南アフリカで過ごす。一橋大学大学院商学研究科博士課程修了(1992)。一橋大学商学部専任講師、一橋大学商学部助教授、一橋大学イノベーション研究センター助教授、ボッコーニ大学経営大学院(イタリア・ミラノ)客員教授、一橋大学大学院国際企業戦略研究科准教授、2010年より現職。

著書に『逆・タイムマシン経営論』(2020,日経BP社)、『室内生活 スローで過剰な読書論』(2019、晶文社)、『すべては「好き嫌い」から始まる』(2019、文藝春秋)、『「好き嫌い」と才能』(2016、東洋経済新報社)、『好きなようにしてください:たった一つの「仕事」の原則』(2016、ダイヤモンド社)、『「好き嫌い」と経営』(2014、東洋経済新報社)、『戦略読書日記』(2013、プレジデント社)、『経営センスの論理』(2013、新潮新書)、『ストーリーとしての競争戦略:優れた戦略の条件』(2010、東洋経済新報社)などがある。

楠木教授からのお知らせ

思うところありまして、僕の考えや意見を読者の方々に直接お伝えするクローズドな場、「楠木建の頭の中」を開設いたしました。仕事や生活の中で経験したこと・見聞きしたことから考えたことごとを配信し、読者の方々ともやり取りするコミュニティです。
この10年ほどTwitterを使ってきて、以下の3点について不便を感じていました。

・140字しか書けない
・オープンな場なので、仕事や生活経験の具体的な中身については書きにくい
・考えごとや主張をツイートすると、不特定多数の人から筋違いの攻撃を受ける

「楠木建の頭の中」は僕のTwitterの拡張版というか裏バージョンです。もう少し長く書ける「拡張版」があれば1の問題は解決しますし、クローズドな場に限定すれば2と3の不都合を気にせずに話ができます。加えて、この場であればお読みいただく方々に質問やコメントをいただき、やりとりするのも容易になります。
不定期ですが、メンバーの方々と直接話をする機会も持ちたいと思います。
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破壊の先にある創造へ――。「グレート・リセット」後に求められる社会とビジネスのあり方を、各界の有識者の言葉から探ります。
※グレート・リセット:2021年夏に開催される予定の次回世界経済フォーラム年次総会、通称ダボス会議におけるテーマ

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山口周氏をナビゲーターに迎え、経営者・リーダーが、自身の価値基準を持つための「リベラルアーツ」について考える。

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八尋俊英日立コンサルティング社長を導き手とし、新世代のイノベーターをゲストに社会課題の解決策や新たな社会価値のつくり方を探る。

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