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KGIとデータの間のギャップをKPIで埋める
渡辺薫(以下、渡辺)
カスタマーサクセスを推進する上では、ユーザーの行動の変容が欠かせません。ただ、行動を変える、変えさせるのはとても難しいことでもあります。そこで注目されるのが行動変容デザインですが、前回、上垣さんから、この行動変容デザインの研究を6年ほど前から手がけていると伺いました。これまでにどのような成果が得られていますか。
上垣映理子(以下、上垣)
たとえば、業務システムの入力の事例があります。とある業務システムの入力は、本当は毎日行ってほしい。でも、実際は月末にまとめて行われている。その行動を変えるために、スタンプラリーの要素を入れたUIを導入して、ユーザーが毎日入力したくなるようにした、というケースです。また、面倒だから毎日入力しないのではなく入力の必要性を感じていないからという人に対しては、入力しなかったことで過去に損失を被った人のエピソードを表示しました。このような取り組みで、意識と行動は変わるという結果が出ています。
徳永和朗(以下、徳永)
「データを分析した結果、このように行動を変えると、売上がこのように上がることがわかりました」とだけ伝えても、現場は行動を変えてくれません。なぜなら、行動変容デザインができていないからです。たとえば、データ分析結果はA社よりもB社に先に営業に行くべきだと示していても、「A社を後回しにするのは失礼だ」といった声が現場から聞こえてくることがあります。こういったことが起こるのは、現場にはB社よりもA社に先に行くべき理由があるという情報を、我々データ分析側が取得できていなかったためです。そこを一緒にやり直しながら、新しい知見が得られれば、お客さまの強み、価値につながると考えています。
渡辺
興味深いですね。上垣さんから前回、行動変容のデザインにリアルなデータを使うと伺いました。具体的にはどのようにデータに向き合っているのですか。
上垣
行動変容デザインでは、KPI(Key Performance Indicator)の設定がカギを握ります。お客さまの経営的なKPIと、エンドユーザー側の行動のKPIをつないで見せるためにはどのようなデータ分析が必要なのかといった判断は、やはりデータサイエンティストと一緒に行っています。
徳永
我々はつい、データ起点でモノを言ってしまうので、お客さまのKGI(Key Goal Indicator)との間にギャップが生じることもあります。ただ、そのギャップはひとひねりふたひねりすれば、具体的には、間にいくつかのKPIを挟めば、埋めることができます。そこを埋めるときに、デザイナーやコンサルタントの力が必要です。逆に、「それをKGI、KPIとするならばこうしたデータを取得した方がいいですね、このデータとこのデータを組み合わせたら擬似的なデータが作れますね」という提案は、我々の仕事だと思っています。
共感して、妄想して、つくって、壊す
渡辺
デザイナーとデータサイエンティストの協業の成果を教えていただけますか。
上垣
カスタマーサクセスに関する例を挙げると、プロモーションを経て、お客さまに実際に導入(オンボーディング)していただき、サポートを行い、お客さまに適応・熟達(アダプション)していただく、といったプロセスをたどります。各段階においてデータが必須であり、最初はユーザーに紐付くデータが無いところから、仮説に基づいて運用プロセスを設計し、ある程度データが溜まったら、仮説の代わりにその実データを使うことになります。あらかじめプロセスをデータサイエンティストと共有することで、「そうであればこの段階でこのデータを取得しておいた方がいい」というようなアドバイスが得られ、手戻りがなくなります。全体の運用プロセスの設計に関するより良い発想は、一緒に議論する中から生まれるのです。
渡辺
上垣さんの話には、対話や議論という言葉が多く登場します。いろいろな人とのつなぎ役もデザイナーの仕事なのでしょうか。
上垣
確かに、対話は大切にしています。話をしていると「そもそも、そんなものつくらなくてもいいのでは」となってしまうこともあります。でもデザイナーとしては、アイデアは形にしたい、最後にはモノに落とし込みたいと思っています。このあたりのプロジェクトマネジメントはSEの仕事という思い込みがあった時期もありますが、今はむしろ最終的なアウトプットのイメージを思い描いているデザイナーの得意領域と言いますか、そこに関わる意味があると感じています。
渡辺
いろいろな人から話を聞いてまとめていくには、質問する力だけでなく、関わるすべての人から共感を得る力なども問われそうです。どのようにしているのですか。
上垣
まずはこちらが共感することだと思います。クライアントやユーザー、プロジェクト関係者の声を傾聴して、なるほどと共感して、「ということはこういうことなのかな」と妄想して、価値に昇華させる。一度、目に見える形で描く、可視化するんですね。それに対して意見をもらいながら、また「ということは……」と、つくっては壊し、を繰り返しています。
渡辺
なるほど。可視化は重要なポイントですね。日立ではデザイナーとデータサイエンティストの協業もあって、自社内にカスタマーサクセスを実現するノウハウが溜まってきています。今はそのノウハウを広めることで、お客さまとの協創を実現しようとしています。次回はその試みについて探っていきたいと思います。
上垣映理子(うえがき・えりこ)
株式会社日立製作所 研究開発グループ 社会イノベーション協創統括本部 東京社会イノベーション協創センタ サービス&ビジョンデザイン部 SVD3ユニット リーダ主任デザイナー。
2001年日立製作所入社。UI/UXデザイナーとして金融・公共・産業・医療などの分野で業務改革やシステム構築のプロジェクトに従事したのち、新しい事業やサービスを通じて得られる経験価値をお客さまと共に協創する「Exアプローチ」手法の確立に貢献。2017年からは人の主体的な行動変容をデジタルの力でサポートする行動変容デザインの手法研究に従事。
徳永和朗(とくなが・かずあき)
株式会社日立製作所 システム&サービスビジネス サービス&プラットフォームビジネスユニット Lumada CoE AIビジネス推進部 担当部長。
日立製作所に入社後、半導体のプロセス技術者として、LSI(大規模集積回路)の技術開発や量産を手掛ける。2013年からAIやビッグデータを活用したデータ分析を担当。製造業、IoT、マーケティング分野のデータ分析、プロジェクトマネジメントの経験を有するデータサイエンティスト。2020年4月Lumada Data Science Lab.立ち上げに従事。
渡辺薫(わたなべ・かおる)
株式会社日立アカデミー講師(DX、カスタマーサクセス担当)。
ハイテク企業で経営企画&マーケティングを経験したのち、90年代のデジタルマーケティングの黎明期にはエバンジェリスト&コンサルタントとして活動。その後、外資系ITサービス企業等でITサービスのマーケティング、コンサルティング等に従事し、2010年日立製作所に入社。超上流工程のコンサルティング手法の開発と指導にあたる。社会イノベーション事業推進本部 エグゼクティブSIBストラテジストとして、日立グループのデジタルトランスフォーメーションの戦略策定・実行のサポートと人財育成に注力。現在は、株式会社日立アカデミー講師のほか、株式会社ゴールシステムコンサルティング チーフカスタマーサクセスオフィサーなどを務める。
シリーズ紹介
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一橋ビジネススクール一橋ビジネススクールPDS寄付講座特任教授の楠木建氏の思考の一端を、切れ味鋭い論理を、毎週月曜日に配信。
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社会課題の解決に向けたビジョンの共有を図る研究開発拠点『協創の森』。ここから発信される対話に耳を傾けてください。
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